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【WAmazing社長・加藤史子1】観光スタートアップの先頭ランナー。コロナのピンチに挑む

加藤史子

撮影:伊藤圭

新型コロナウイルスが世界中の人の移動に影響を及ぼしている。今後の訪日観光にどれほどの長期的なダメージを及ぼすのか、状況は見通せない。

いよいよ社会の混乱してきた3月1日、加藤史子(44)はこんなメッセージをFacebookにアップした。

〈観光産業は必ずピンチをチャンスにできます。がんばりましょう!

そして今がまさにチャンスのときだな。できること全てやりたい。〉

インバウンド旅行者のための旅行総合プラットフォーム「WAmazing」の創業CEOだ。社名は「輪」「和」「環」と「Amazing」を組み合わせた造語だ。

外国人だけ対象の旅行プラットフォーム

加藤が新卒で就職したリクルートから独立起業したのは39歳。ある企業との打ち合わせで初めて新しい名刺を差し出したとき、気後れのあまり足が震えた。

無理もない。加藤の描くビジョンは、登山に例えればエベレストを目指すような途轍もないスケールなのだ。

西新橋のマンションの一室で起業した。2016年7月1日だ。海外からの個人旅行者が、日本国内での宿泊、移動、観光、アクティビティ、買い物をワンストップで予約購入することができるプラットフォームの構築を目指して、4人の仲間と始めた。ターゲットは外国人のみ。中国語(台湾繁体字、香港繁体字、中国本土簡体字)、英語に対応している。

創業からわずか1年半で加藤は未上場有力スタートアップ企業のリストに名前が挙がる、女性が少ないスタートアップ界の先頭ランナーとなった。

子育てしながら「ゼロ→イチ」繰り返す

プロフィール

撮影:伊藤圭

構想のタネは、前職・リクルート時代に深く関わった観光事業にある。1998年に入社すると、同社の旅行メディア「じゃらんnet」の発足に携わった。30代は娘2人を育てながら男性社員とは違う働き方で成果を出した。

加藤が開発に携わった事業でその後に「お取り潰し」になったものはない。女性には珍しい、ゼロ→イチが得意なタイプ。

新型コロナウイルスは、創業4年を迎えようとするWAmazingにとって、これまでで一番困難な「外圧」だ。

にもかかわらず、「ピンチをチャンスに」と加藤が書いたのは、リクルート時代、東日本大震災直後にスノースポーツの復権をかけたキャンペーン「雪マジ!19」に踏み切った経験に基づいている(詳しくはvol.3で)。

国家戦略に関わるインバウンドプラットフォーム

shutterstock

「観光立国」を目指し日本。海外からの観光客は順調に伸びていたが…。

StreetVJ / Shutterstock.com

WAmazingのビジョンは「日本中を楽しみ尽くす、Amazingな人生に。」だ。これは観光立国を目指す日本の国家戦略にも関わりがある。

私たちが個人で国内旅行をする際、旅の手続きは旅行サイトで移動と宿をまとめて手軽に予約するだろう。

ところが1月、新橋のオフィスでの取材で、加藤は驚くべきことを話した。

「海外からの旅行者の多くは、ブッキングドットコム、エクスペディア、アゴダなど、外国資本の旅行サイトで日本での宿泊先や移動チケットを購入しているんです」

加藤によれば、外国人個人旅行者に特化した事業を展開している大手の旅行サイトは、日本の企業にはない。もちろん、日本人向け旅行サイトの英語版はあるものの、海外市場の開発に日本市場ほどには力を入れてはいない。

インバウンド観光は2030年に市場規模15兆円を見据える成長産業だ。ところが実際には宿泊や移動など、旅のゲートウェイである旅行プラットフォームは海外資本に抑えられているというのだ。日本の大手旅行サイトはこのようなインバウンド市場の主戦場から手を引いているという。

オフィス

地方創生・移住定住と観光地は相関性が高い。

撮影:伊藤圭

観光立国を目指しながら、実際には日本のインバウンド市場に海外資本が深く関わっていて、日本国内に利益がもたらされていない。この構造に対して、加藤は日本発のプラットフォームをつくり、日本経済を潤すようになることを目論んでいる。

短期的にはインバウンドプラットフォーム事業を、中長期的には、その先の外国人移住者が増える時代まで視野に入れる加藤のビジョンは、高齢化と少子化が進むなか、生き残りを賭けた国家戦略とも相互に関わる。

現場を踏まえた提言は信頼を集め、国土交通省など複数の省庁・自治体の政策委員を務める。

「ジェンダーバイアスをハックする」

加藤史子

2019年2月には受講生として成果発表をしたAPT Womenで、今年は基調講演を務めた。

加藤史子さん提供

2月20日、加藤は基調講演の壇上にいた。東京国際フォーラムの会議場だ。50人ほどの女性起業家が集まり、席は前列から埋まっている。新型コロナウイルスの感染が全国に広がる運の悪いタイミングだったが、定刻に始まった。

加藤は、東京都が2016 年度に始めたこの女性限定のスタートアップ経営者支援プログラムの2018年度(第3期)の受講生だ。

この日、加藤は第4期成果報告会にスピーカーとして招かれていた。プログラムの卒業生の中でも加藤の躍進は突出している。

壇上でビジネスモデルの組み立てや資金調達について講演する加藤は、論理を積み重ねていく過程にあいまいな表現を一切はさまない。ロジックを支えているのは、リクルートの「じゃらんリサーチセンター」という調査研究部門に所属していた時期に、現場で得た知見を論に昇華した経験だ。

講演の最後、「女性であるということ」について、加藤が攻めワードを繰り出した。

「『性差より個体差のほうが大きい』を前提にする」

「ジェンダーバイアスをハック(突破)する」

「男性脳をハックする」

戦術を持って起業に挑もうと呼びかけるパンチの効いたフレーズは、どちらかというと童顔の外見とのコントラストでさらに熱を帯びて刺さる。

APT

APT Womenは、起業家同士、仲間に会える場所という。

加藤史子さん提供

スタートアップの女性経営者は世界でもわずか14.7%にとどまる。女性起業家の多い都市トップ10は1位のシカゴから順に、ニューヨーク、クアラルンプール、上海、ヒューストン、デンバー、シドニー、マイアミ、ロサンゼルス、釜山と続く。東京は圏外だ。

東京都が自治体として「女性限定」で予算を割いているのも、女性起業家が少ないという問題意識の裏返しだ。多様性が重視される時代になり、女性の発想や課題解決の視点が求められているということでもある。

資金調達の面でも加藤の集めた額は突出している。女性起業家の5割強が外部からの資金調達を難しく感じているという調査結果(会計コンサルティングEYジャパン、2018年5月発表)があるが、起業時にはファイナンス用語のわからなかった加藤が、すでに総額19.9億円の資金を調達し、現在はシリーズBダッシュに取り組んでいる。

加藤史子

撮影:伊藤圭

好きな言葉は稲盛和夫の「動機善なりや、私心なかりしか」。

険しいエベレストに挑む加藤は、まるでドン・キホーテだ。

だが、加藤は「こんなチャレンジができるなんて贅沢なこと」と言い、ドン・キホーテの一途さと抜群の論理は、大組織も動かす。創業3年半の間に、東急電鉄(当時、現・東急)、JR東日本、JR西日本が、相次いでWAmazingと事業提携を発表した。

順風満帆だったわけではない。28歳でうつ病になった。起業3年目の2018年には、スタートアップ業界のオシドリ夫婦と言われたパートナーとの別れがあった。事業の成長スピードは当初のシナリオよりだいぶ遅れている。

それらの経験を含めて、WAmazingと自分が命をつないで今を生きていられることに感謝している、そして不確実だから未来はおもしろい、そう加藤は言う。

その思いは、加藤のいたずらっ子のような言い回しに倣えば、こうなる。

「紛れもない事実として、今、オレたちは生きてるぜ」

次回は「暗闇を匍匐前進するような」(加藤)奮闘を追う。

(敬称略・明日に続く

(文・三宅玲子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)

三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ『BillionBeats』運営。近著『真夜中の陽だまり——ルポ・夜間保育園』で社会に求められる「子育ての防波堤」を取材。

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