スイスのベルン大学付属病院で進められている新型コロナウイルスのワクチン研究。臨床試験にたどり着くまでも相当な労力と資金が必要になる。
REUTERS/Arnd Wiegmann
(更新:5月18日、アメリカでヒトを対象とする初期臨床試験を行っていたモデルナが成功を発表。7月にも600人規模の第Ⅱ相試験を開始する)
- 現在、100を超える組織・チームが新型コロナウイルスのワクチン開発に取り組んでいる。
- ジョンソン・エンド・ジョンソンやサノフィのような製薬大手からバイオテクノロジー分野のベンチャー、大学の研究室まで、多様な主体がワクチン開発を進めている。
- 8つの候補ワクチンについてはすでに臨床試験が始まっていて、他の12以上の開発プログラムも年内に臨床試験にたどり着きそうだ。
- ワクチンの開発は史上かつてないスピードで進められているが、人体に投与したときに安全性と効果を担保できるかが最大の課題となる。
世界保健機関(WHO)などによると、世界中で100以上のワクチン開発プロジェクトが進められている。
臨床試験にたどり着くまでのスピードは史上かつてないほどで、アメリカ、中国、イギリス、ドイツではすでにヒトへの投与試験が始まっている。
ワクチン開発は従来、市場投入までに長い年月を必要とするのが一般的だった。何百万人という健康な被験者に投与する前に、候補ワクチンの安全性と効果を確実にしなくてはならないからだ。
ここまで過去に例を見ない速さで進んできた新型コロナのワクチン開発だが、ここから先、ヒトに投与したときどんな作用を示すのか、データを集めるのが一番骨の折れる山場だ。
米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長(左)とトランプ米大統領。
REUTERS/Leah Millis
感染症のトップエキスパートである米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長はじめ保健当局は、どの候補薬についても、臨床試験を経て市場投入に至るまで少なくとも12〜18カ月はかかるとみている。一部の専門家はそのスケジュールですらも「実現にはきわめて懐疑的」としている。
想定される2020年から21年にかけての開発ロードマップを詳しくみていこう。
【2020年春】最初の臨床試験開始。ただし、多くはまだ研究段階にとどまる。
100件超のワクチン開発プロジェクトは大多数がまだ実験室の段階だ。ヒトを対象にした臨床試験が始まっているのは8件、今春中にも12件がそれに追随するとみられる。
アメリカで臨床試験を行っているのはモデルナとイノビオ・ファーマシューティカルズの2社。両社とも遺伝子工学プラットフォームを用いた開発を行っており、ウイルスの遺伝子情報だけを使ってワクチン候補物質を短期間でつくり出せるのが特徴。ただし、この手法は未認可で、米食品医薬品局(FDA)の使用許可を受けたワクチンは現時点では存在しない。
米マサチューセッツ州に本拠を置くバイオテック企業モデルナのウェブサイト。すでに臨床試験を開始している。
Screenshot of Moderna website
世界をリードしているのは中国で、すでにヒトを対象とした臨床試験が4件始まっている。最も進んでいるのはカンシノ・バイオロジックスで、サウスチャイナ・モーニング・ポストの報道によれば、4月の段階で第Ⅱ相試験(臨床開発の中期)が始まっている。
イギリスでは、オックスフォード大学の研究チームが、半数に候補ワクチンを接種して実験群とし、残り半数に別ワクチンを接種して対照群とする第Ⅰ相試験(臨床開発の初期)に着手している。
製薬大手ファイザーとドイツのバイオテック企業バイオンテック(BioNTech)は、mRNAワクチンの共同開発を行っている。モデルナなどと同様の遺伝子工学プラットフォームを用いて開発時間を短縮する手法で、ドイツでは4月下旬に規制当局の承認を得て第Ⅰ相、第Ⅱ相試験を開始。アメリカでも承認が下り次第、臨床試験を始めるという。
mRNAワクチンの研究開発を進めるキュアバックの研究施設(独テュービンゲン)。
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同じくmRNAワクチンの開発を進める企業がドイツにもう1社ある。キュアバック(CureVac)だ。
同社が開発するワクチンの独占権(あるいは同社そのもの)をトランプ政権の高官が買収しようとしていると報じられてから、ここ数週間何の音沙汰もない。
キュアバック側は報道を否定しているものの、わずか1週間で入れ替わりに3人のCEOが就任するという不可解な動きが折しも明るみに出て、疑惑は深まっている。
キュアバックの最新発表では、6月にヒトを対象とする臨床実験を開始するとしているが、1カ月以上情報のアップデートがない状態が続いている。
また、米メリーランド州の小規模なバイオテック企業ノババックス(Novavax)も5月半ばに臨床試験を始める計画を発表。130人の健康な被験者を対象に、プラセボ投与の対照群を置いて比較試験を行うとのアウトラインを示している。
モデルナはこの春にも、臨床試験による初期安全性の検証結果を発表するとみられる。良い結果が得られれば、次の段階の臨床実験をすぐに始める。第Ⅰ相試験と同様、プラセボ対照群を置き、600人を対象とする第Ⅱ相試験を行う計画だ。
【2020年夏】臨床試験の結果が続々、早期参入組にとっては分岐点。
モデルナの株価の推移。新型コロナウイルス感染拡大の本格化と同時に右肩上がりが続く。
Markets Insider
モデルナは、免疫応答を誘発する有効性の度合いを示す免疫原性のデータも夏の早い段階までに得る計画だ。ただし、その結果を待たずしてワクチン製造能力の拡大を前倒しで進める予定で、米政府とはすでに5億ドル(約540億円)弱の買い上げ契約にサインしている。
同社はスイスの製造業者との10年契約を結び、7月初旬にもバッチ(製造単位)を強化し、最終的に10億ドーズ(1ドースは1回分の接種量)まで製造能力を増やすという。
同じくアメリカで臨床実験実施中のイノビオ・ファーマシューティカルズは、夏の終わりまでに初期安全性のデータを取得する予定。結果次第では、今夏中にも免疫原性にフォーカスした試験を始めるという。
オックスフォード大学の研究チームは安全性および免疫原性のデータを5月中、遅くとも6月前半には取得できる予定。同研究はアダプティブ・デザイン(=臨床試験の途中で投与量を変更するなど安全性や有効性を高める調整を行い、試験期間を短縮する手法)を採用しており、2020年中には5000人を対象とする第Ⅲ相試験に移行する。
ファイザーとバイオンテックも5月後半から6月前半には第Ⅰ相試験の結果が出る。
夏の間に世界中でさらに多くの臨床試験が始まる見通しで、3月にオーストラリア連邦政府や州政府から最大1700万豪ドルの資金を獲得したクイーンズランド大学の研究チーム(下のツイート参照)も、7月には臨床試験を始める。
また、シンガポール政府は米カリフォルニア州サンディエゴの小規模なバイオテック企業アークトゥルス・セラピューティクス(Arcturus Therapeutics)とワクチン共同開発を進めており、今夏中に76人の健康な被験者を対象とした臨床試験に着手する計画。
アークトゥルスが米証券取引委員会(SEC)に提出した開示資料によると、同社はFDAへの承認申請を検討しておらず、一義的にはシンガポールでの承認を目指すという。
米カリフォルニア州サンディエゴを本拠とするバイオテック企業アークトゥルス・セラピューティクスのワクチン開発現場。
REUTERS/Bing Guan
【2020年秋冬】早期参入組に緊急使用許可が降りる可能性。
モデルナの臨床試験が順調に進めば、秋にも、感染リスクの高い医療従事者などを対象とする緊急使用が認められる可能性がある。どうなるかは米政府の規制当局次第だ。これまでにFDAが緊急使用許可を出したことは一度もない。今回それが必要になるのかどうか、現時点でははっきりとしない。
オックスフォード大学の研究チームは、ベストケースで秋にもワクチンを使用できる状態までもっていけるとしているが、あくまで「きわめて野心的な、最速スケジュール」が実現した場合の話で、ブレる可能性もある。いずれにしても、同研究チームはワクチン完成後の製造能力を拡大するため、すでに製薬大手アストラゼネカと製造販売契約を結んでいる。
ファイザーとバイオンテックも秋にワクチンを完成させる可能性がある。同社の臨床試験は、早ければ10月には緊急使用許可あるいは使用承認に対応できるよう、迅速に製造能力を拡大できるようデザインされているという。
また、上記以外の世界の大手製薬企業も、2020年中には臨床試験に着手したいと考えている。
例えば、仏サノフィと英グラクソ・スミスクラインによる共同開発の取り組みがそれだ。サノフィの(遺伝子組換え技術を使った)タンパク質ベースの抗原に、グラクソ・スミスクラインの免疫応答を高める(実証済みの)アジュバントを添加するワクチンで、2020年後半にもヒトを対象とする臨床試験が始まる。両社によると、2021年後半には広く一般に使用できるようになる見通しだ。
サノフィとの「前例のない提携」について語るグラクソ・スミスクラインのエマ・ウォルムズリー最高経営責任者(CEO)。
GSK Official YouTube Channel
ちなみに、サノフィは米マサチューセッツ州の小規模なバイオテック企業トランスレート・バイオともmRNAワクチンの共同開発を行っており、2020年後半から2021年前半にかけて臨床試験を行うとしている。
世界最大のヘルスケア企業であるジョンソン・エンド・ジョンソンは、9月にヒトを対象とする臨床試験を始める予定だ。同社のチーフサイエンティスト、ポール・ストッフルズ博士によると、数百人を対象とした第Ⅰ・第Ⅱ相試験からスタートし、2020年末までに結果を得たいという。
最後に、いくつかの小規模なバイオテック企業が2020年後半に臨床試験を始めることも紹介しておこう。
オルティミュン(AltImmune)は鼻腔内投与のシングルドーズ(=1回分使い切り)ワクチンを開発中。サンフランシスコの本拠を置くワクスアート(VaxArt)は従来の注射器による接種ではなく、錠剤による経口投与型のワクチンを開発している。イタリアのタキス・バイオテックも今秋に臨床試験を始める計画だ。
2021年、そしてそれ以降
世界最大のヘルスケア企業ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)だからこその壮大なドキュメンタリー「The Road to a Vaccine(ワクチンへの道)」。現場の医師やJ&Jの科学者たちが次々と登場する。
Johnson and Johnson Official YouTube Channel
2021年が始まるまでには、少なくとも20種類以上のワクチンが臨床試験の実施中ということになる。
ヒトに投与したときに効果を得られるのか、それは安全なのか、現時点ではまだよくわからないことが多い。眼前のパンデミックに際して、どれだけの臨床試験データを担保できれば使用承認を出せるのか、規制当局も難しい判断を迫られるだろう。
ジョンソン・エンド・ジョンソンは2021年前半にも緊急使用向けのワクチンを完成できるとしている。クイーンズランド大学の研究チームも、2021年前半には、医療従事者や高齢者など感染リスクの高い人向けに使えるようになると見込んでいる。サノフィとグラクソ・スミスクラインの「前例のない」共同開発ワクチンは、2021年後半に使用可能になる見通しだ。
(※本記事の記述以外に、スイスのベルン大学も2020年秋に予防接種を実現できる可能性を示唆している)
(翻訳・編集:川村力)