4月に予定されていた習近平氏の訪日。当初は日中双方、延期を否定していた…。
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習近平・中国国家主席の日本国賓訪問が延期された。新型コロナウイルスの「感染拡大防止を最優先する」のが理由。
だが、安倍政権のコアな支持層からの訪日反対に加え、政権が東京オリンピック・パラリンピックの実施を最優先していることが、延期の流れを決定づけたようだ。
日米同盟を優先し、対中政策の腰が定まらない安倍政権下で、対中関係の改善は果たして可能だろうか。
マスクをし北京首都国際空港を歩く男性。日本が中国と韓国からの入国を制限したタイミングについては、効果を疑問視する声も多い。
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コロナウイルス感染は世界に拡大し、世界保健機関(WHO)はついに3月11日、「パンデミック」であることを認めた。
習近平国家主席が感染を「封じ込めた」武漢を訪問するなど、中国では流行は終息を迎えつつあるが、日本では感染拡大の勢いは止まらない。訪問延期は当然で、決断は遅すぎたほどだ。
習氏の訪日をめぐる安倍政権の対応をみると、腰が据わらないスタンスが目立つ。
とりわけ訪問延期の直後に導入した中国・韓国全土からの入国制限強化には、疑問符を付けざるを得ない。
右派支持層向け「アリバイ」作りか
すでに中国からの旅行客は激減していたが……。
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すでに両国からの旅客は激減しており、この時期での入国制限強化には、政治的な意図すら感じる。
韓国側は「事前協議もない一方的措置」と反発、日本からの入国者に対し同様の対応をとる対抗措置を発表した。入国制限強化の有効性については、多くの感染症の専門家が「ほとんど期待できない」とみる。
中国に対する入国制限を湖北省などの地域限定にしたことについては、自民党議員から「中国全土に入国制限をかけないのは、来日する習主席への遠慮や忖度から」と批判が噴出、安倍氏は「訪日への配慮は全くない」と否定に追われていた。
訪日延期直後のタイミングから考えれば、右派支持層に対し中国に強い姿勢を見せる「アリバイ作り」の意味もあるのだろう。この対応の変化は、対中関係改善に対する安倍政権の真剣度を疑わせるに十分だ。
信頼欠如から遅れた延期発表
習氏の訪日延期が、今後の日中関係にどんな影響を与えるのか(2019年12月23日撮影)。
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「外交の安倍」にとって対中関係改善は、対ロシア、対北朝鮮外交が行き詰まる中で、五輪成功と並び成果が望める外交だった。しかし、中国での爆発的な感染拡大に加え、日本側も大型クルーズ船での感染処理に忙殺され、訪問実施の環境は遠のいていった。
中国政府も2月25日、全国人民代表大会(全人代=国会)の延期に追い込まれた。国権の最高機関がそうした状況に置かれる中で、外遊だけを「例外」として強行するのは、いくら一身に権力を握る指導者でも簡単ではない。
中国の官製メディアは3月に入ると、習政権が封じ込めに成功したことを大々的に宣伝するキャンペーンを開始したが、SNSを通じた強い反発を受けて、ブレーキをかけたほど。習政権が世論にいかに神経質になっているかが分かる。
安倍氏と習氏に信頼関係があれば、より早い段階での延期決定は可能だったはずだ。しかし、それは国賓訪問反対の声に屈したという印象を与えかねない。
緩い対応は経済と五輪への配慮か
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安倍政権が初期段階で、入国制限で緩やかな対応をした理由は何か。習氏訪日を前に、厳しい制限に踏み切りづらかった事情は否定できない。
だがより重要なのは、「武漢封鎖」でサプライチェーン(部品供給・生産網)が目詰まりを起こし、中国からの部品供給が停滞し、日本の製造業の生産にも悪影響が及んだことだ。これ以上、入国を厳しくすれば、武漢や湖北省以外との物流にも影響が及ぶことを考えたのだろう。
さらに中韓全土からの入国制限をすれば、訪日外国人の約半分を占める両国の旅客が途絶える。インバウンド需要に支えられてきた観光・小売業への打撃は計り知れない。
その視線の先には、東京五輪の成功という至上命題がある。
初期の緩い対応の理由は、対中経済関係への影響と、五輪開催に向けた安倍氏の執念ではないか。
「荒療治」転換の理由
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その執念は2月末、小中高の一斉休校などの「荒療治」に方針転換したことにも表れている。
国際オリンピック委員会(IOC)の最古参委員ディック・パウンド氏がAP通信に五輪開催の判断について、「引き延ばせて5月下旬」とデッドラインを引いたのは2月25日。これが日本に伝わったのが26日だった。
25日の政府対策会議では、「(イベントについて)全国一律の自粛要請を行うものではない」と決定したものの、安倍氏は26日になるとその決定を覆し、「イベントの一斉自粛」を求め、27日には小中高の一斉休校を発表した。
五輪を予定通り開催するには、5月下旬までに感染を沈静化させねばならない「新事情」が生まれたことが「荒療治」転換の背景であり、訪日延期の決断につながった。
外交のプライオリティは東京五輪の成功であり、もはや習氏訪日ではない。安倍氏は28日に来日した中国外交トップの楊潔篪・政治局員との会談で、延期の意思が伝わるよう発言した。
中国を「敵対国」と呼んだ外務副大臣
鈴木馨祐・外務副大臣はブログ(2月24日)に「外務副大臣として、支援には賛同しない」と書いた。
鈴木馨祐・外務副大臣のブログ(2月24日)より
習氏訪日ほど「ケチ」がついた中国首脳の訪問はない。
自民党右派議員グループは2019年11月、
- 北海道大学教授の拘束
- 尖閣諸島周辺への中国公船の侵入
- 香港での自由・権利の抑圧
を理由に、国賓来日に反対する決議文を首相に提出した。
さらに、鈴木馨祐外務副大臣はブログ(2月24日)に、自民党が議員に募った中国への支援金について「外務副大臣として、支援には賛同しない」と書いた。「敵対的な行動を行っている国に支援を行うことになる」が理由。招待側の所管部門の高官が、訪問直前に相手国を敵視する発言をする例を筆者は知らない。
中国側は口をつぐんだが、訪日に向けて中国国内では新型肺炎への日本の対応を絶賛するキャンペーン展開中だっただけに、副大臣発言は政府・自民党内の訪問への冷たい空気を習政権に感じさせたはずだ。
釣り合わない日米基軸との整合性
2019年12月25日に行われた中国と日本の二国間会議。
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対中政策で安倍氏の腰が据わらない最大の理由は、日米同盟を基軸にする政策との整合性が取れないことにある。安倍氏は2017年11月、中国を軍事的に封じ込めるための「インド太平洋戦略(構想)」(FOIP)を日米共同戦略とすることでトランプ大統領と合意した。
だが、中国を敵視したままでは関係改善は望めない。そこで安保と経済の「政経分離」を図り、改善の道を探ってきた。
パンデミック宣言に続く株価大暴落、経済活動の世界的な収縮の兆しが出て、「コロナ大恐慌」の足音すら聞こえる。「衰退期」に入った日本にとって、習氏訪日と日中関係改善は重要だ。
関係改善にはまず、この10年で経済規模の差が3倍近く広がった事実を我々が受け入れること。その上で、工業社会から情報社会へと移行する構造変化の中で、双方の利益になる分野での協力を進め、「衰退ニッポン」の生存空間を模索、拡大することだ。
「アメリカかそれとも中国か」の二択論の落とし穴にはまってはならない。
対中政策での「政経分離」という小手先の戦術転換は、身内の造反というハレーションを引き起こし、関係改善の機運は失速した。安倍政権下での関係改善は、やはり難しいのだろうか。
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。