1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、リクルート入社。「雪マジ!19」キャンペーンなどで頭角を現す。2016年にWAmazingを起業。
撮影:伊藤圭
日本発のインバウンド観光プラットフォームをつくるため、39歳で起業した加藤史子(44)が、28歳の自分に今声をかけるとしたら……。
28歳のとき、うつ病になりました。
女としての人生はこんなことでいいんだっけ?というのがよくわからなくなって、人生の悩みのドツボに入ってしまいました。
何も困ったことはないのに、子どもをどうするか、仕事と子育ての両立はできるんだろうかとか悩んでしまったのと、新しい部署に適応できなかったことが重なりました。
28歳は外圧が吹きすさぶ時期
仕事って28歳ぐらいまでは、上司や先輩に頼まれたことに応えるとか、期待を超えるとか、他者からの評価で自分の価値が定められていくような時期ですよね。
新人と呼ばれる時期が過ぎ、何によってプロになるか、何を強みに組織の役に立てるか、考える時期に差しかかる。それが28歳ぐらいでしょう。
プライベートでもそろそろ結婚や子どもをどうするかなど、周囲からの圧力も強まる頃でしょう。
つまり、28歳という年齢は外圧が吹きすさぶ時期だと思います。
でも、実は周りの人たちは自分が思うほどには私のことを気にしてないんですよね。
だから、28歳ぐらいからは、人生を自分でデザインしていくのが大事かなあと思います。
内発的な思いや自分の情熱に従い、誰かの期待に応える人生から脱皮する時期、それが28歳です。
内発的な自分の思いや情熱に気づこう
生まれ持ってタフなタイプではないのかもしれないが、強くありたいという意思の強さを感じさせる。
撮影:伊藤圭
他者の依頼や期待に応えることを優先する時期があまり長く続くと、自分の内発的な思いや情熱に気づけなくなってしまいます。
もし、自分の置かれた環境に不満や悩みがなかったとしても、あえて自分で転機をつくるぐらいのことがあってもいいかもしれません。
新卒で入社したリクルートに、私が本質的に向いていたのかどうかというと、わからなくて。実は私は自分がないというか、意外と適応能力が高いというか。
もしリクルートで働き続けていたら、年収はそれなりに高いしポジションも確保されているし、仕事もおもしろい。おまけにある程度の年次になれば、もう誰からも指図されず、楽なんですよ。
そんな私が39歳で独立した理由のひとつには、あえてステージを変えていかなきゃという気持ちがありました。そうでないと自分が腐ると思いました。
人間は弱いものですから、ある程度外圧によって自分の身を置く場所を変えることもしないと、ダメになってしまうんじゃないかなと思います。
変わり続けることの大切さ
APTWomenで加藤の基調講演を聴いた4期生には、元WAmazingのインターン生も。
加藤史子さん提供
「赤の女王仮説」という生物進化の仮説があります。
小学校の頃、生物学者になるのが夢でした。『ファーブル昆虫記』に影響されたとか、その類の動機にすぎないと思いますが、生物を勉強するのは好きでした。
生物や進化についての理論は、ビジネス社会にも共通する部分が多いように思います。「赤の女王仮説」の赤の女王は、『鏡の国のアリス』に出てくる人物です。女王はアリスに「いいかい。ここでは力の限り走らなきゃいかんのだよ、同じ場所に留まるためにはね。もし他のところへ行きたいのなら、その2倍の速さで走らなくてはならんのだ」と言います。
生物理論では、ある生物種を取り巻く生物的環境は、その環境の構成に加わる多種の進化的変化などによって平均的に絶えず悪化しているため、その種も持続的に進化していなければ絶滅に至る、という仮説です。
私たちの人生も「赤の女王仮説」があてはまるのではないかなと思います。変わり続けることの大切さを考えるとき、いつもこの「赤の女王仮説」が頭に浮かびます。
撮影:伊藤圭
でも本音を言えば、起業に関しては、パートナーがスタートアップの育成や投資に関わる人でなかったら、どうだっただろうとは思います。彼(元夫)は天才的な投資家なんです。彼が投資家として私の背中を押したというところはあったと思います。
スタートアップの経営では、厳しい局面にしょっちゅうぶち当たります。それはとても恐ろしいことでもあるし、孤独を感じることもあります。いろいろな出来事や事業や挑戦があって、成功もあれば失敗もトラブルもあります。
日々、笑って泣いて悔しがって、気持ちが燃えるものがあります。新型コロナウイルスという外圧に立ち向かっている今も、観光産業はこのピンチをチャンスにできる!と燃えているのかもしれません。
ビジョンや構想を共有して一緒に燃えられる仲間や協業する企業の皆様、投資家の方たちがいる。幸せだと思います。
今、オレたちは生きてるぜ
誰に頼まれたわけでもないのに、インバウンドの個人旅行者を対象にした観光プラットフォームをつくりたい、外資任せにしたくない、という構想に、いっときとはいえ、人の人生を巻き込み、投資をしていただく。こんなに贅沢なことはないと思っています。
最近特に「過去も未来もないなあ。生きているのは現在だけだなあ」と思います。
今生きていることに感謝して、1日1日を精いっぱい集中して生きていこうと思います。
今、オレたちは生きてるぜ。
(完)
(文・三宅玲子、写真・伊藤圭)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ『BillionBeats』運営。近著『真夜中の陽だまり——ルポ・夜間保育園』で社会に求められる「子育ての防波堤」を取材。