「学校機能のオンライン化」を即断し、普段の学校生活と変わらないペースを維持する方針を打ち出した静岡聖光学院。
提供:星野明宏
2月27日の夕刻、安倍首相から突如出された「全国一斉休校」の要請。その衝撃はあまりに大きく、各地の教育現場はいまだ揺れ動いている。
そんな中、「学校機能のオンライン化」を即断し、すでに実施15日目を迎えようとしている学校がある。静岡県静岡市にある1968年創立の私立中高一貫男子校、静岡聖光学院だ。
首相による要請発表の翌日、28日には、学校公式サイトに3月2日〜19日までを臨時休校として家庭学習日とすること、当該期間には「オンラインで学校機能を継続」することを発表した。
朝のHRの前には、Googleフォームを利用した11項目の健康チェックを毎日実施している。
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具体的には、授業や課題については「iTunesU」で映像・データを配信、ホームルーム(HR)や教師・生徒間の面談については「ZOOM」で実施。オンラインHRは朝と夕方の2回、毎日行い、普段の学校生活と変わらないペースを維持する方針を打ち出した。
また、Wi-Fi環境が整っていないなど、オンライン化に対応できない家庭に対しては、郵送・電話で個別対応することも併記した。
そのかたわら、この時点の前週には、約400人の在校生に対して自宅のネット環境について聞くアンケートを完了しており、要対応の10人に向けての準備もすでに進めていたという(その後、数日内ですべての家庭がオンライン環境を整備)。
発表と同時に、ICT担当チームの教師たちが丸一日会議室にこもって、配信のための各種設定を整備。週明けには、予定どおりスムーズに運用がスタートした。
2月中旬の時点で独自に休校準備
なぜこれだけ迅速な切り替えができたのか。
実は、一連の指揮を執った星野明宏校長は、日本国内でのコロナウイルス感染が連日報道され始めた2月中旬時点で、独自に休校準備を進めていたという。
「まず、生徒たちの命を守るという目的が第一義。さらに今回の未曾有のピンチに際して、ICT導入に本気で挑戦することは、新たな教育を開発する貴重な機会になると考えた」(星野校長)
静岡聖光学院の星野明宏校長。
提供:星野明宏
運用も2週目に入ったことで徐々に見えてきたのは、教育のオンライン化による効果と課題だ。
まず、効果について。星野校長が感じているのは、「教科指導の効率化」と「教師・生徒間のコミュニケーションの円滑化」だ。
運用1週目の授業形式は、「最初の5〜10分間で事前に教師が収録した解説動画を配信。続けて、その内容に即した課題を配信して、残りの30〜40分程度で生徒が解く」という構成で行ってみたという。
運用4日目の3月5日の時点で、使用感のアンケートを実施したところ、「満足」「とても満足」と回答した家庭は8割以上。
一方で、「解説動画の後にいきなり課題を解くのではなく、質問できる時間を設けてほしい」というリクエストが目立ったため、インタラクティブに会話できるZOOMも組みあわせた授業形式に移行した。
教室の中に閉じていた授業が開放された
ZOOMでの生徒との個別面談の様子。
提供:星野明宏
解説動画は事前収録することで、教師それぞれが工夫を凝らし、ポイントを絞ったレクチャーに練り上げられる。教室内の状況に左右されがちな通常授業と比べて、より短時間で効率的に教科教育を提供できる。
「録画した授業映像は校内のアーカイブに保存されるので、教師は他の教師の授業映像をいつでも閲覧できる。若手からは『ベテランの先生方の深い授業を“見学”できて勉強になる』という声も。普段は教室の中に閉じていた授業が開放されて、ノウハウ資産が共有化されることにも大きな価値を感じています」(星野校長)
さらにいえば、生徒が各家庭でオンライン授業を受けるときには、保護者も閲覧可能。学校のオンライン化は“学校のオープン化”とイコールであると、星野校長は認識を強めている。
「オンラインのほうが、生徒たちの様子がよく分かるかもしれないね」
そんな声も教師から上がるようになった。
ZOOMで行うHRでは、画面に生徒全員(各クラス27人前後)の顔が一覧できる。教師からは「目立つ生徒だけでなく、一人ひとり均等に様子を見渡せるのがいい」と好評だ。毎日のHRに加えて、週に1回5〜10分程度の生徒との個別面談も実施。「普段よりも、生徒と密に会話できているかもしれない」と話す教師も多いという。
「中には、“画面越し”のほうが積極的になる生徒もいる。ZOOMの背景設定を自由に変えてみたり、生徒たちのほうが格段に適応力が高いですね(笑)」。
何より、休校中も普段と変わらないペースで担任や同級生と顔を合わせられる場があることが、生徒たちのメンタル面のケアにつながるはずだと星野校長は考えている。
全教員向けに1on1、学校にチームビルディング
ICTチームは多世代・多科目の教師5〜6人で編成される。授業配信の作業に自信のない教師たちの補助も行う。
提供:星野明宏
スピーディーなオンライン化が進む同校だが、これを可能にした背景として、2019年4月の就任以来、星野校長が実施してきたマネジメント改革がある。
教科別・学年別など縦割り文化が浸透している学校運営に、プロジェクト型のチームビルディングの仕組みを導入。1年かけて、全教員向けに1on1(個別面談)を繰り返し、一人ひとりの強みや興味を聞き出していったという。
「専門は体育なのに異様にICTに詳しい教員がいたり。カフェ巡りが好きな理科教員に図書室改革を任せてみれば、素晴らしい空間に変わりました。得意・関心ごとにチームを編成して、『この分野での突発的な課題が起きたら、自分たちの出番だ』と意識を強められる組織に。今回の緊急事態に即対応できたのも、ICTを得意とするチームがすぐに動ける状態で編成されていたからなんです」
中には「デジタルは苦手だよ」と消極的だったベテラン教師もいたが、全国休校という非常時だからこそ足並みを揃えられた。「『分からないことは、このチームに聞けばいつでもサポートしますよ』という協力体制を整えることが重要。実際にやってみると、『思ったより難しくなかった』と安心した表情を見せてくれます」。
今後描いている3つのシナリオ
「学校の本質的な価値が問われる時代、生徒においても主体的に学ぶ姿勢が求められる時代になる」。
提供:星野明宏
今後のシナリオはどう描いているのか。
3月11日(水)の管理職会議で、星野校長は学校再開のシナリオを3つのパターンで伝えたという。年間計画通り、新学期が始まる4月7日(火)に再開するパターン、1〜2週間延期するパターン、ゴールデンウィーク明けまで延期するパターン。「3つのパターンそれぞれに対応するための具体策を練ってほしい」というお題を、各チームのリーダーに渡した。
「今回のオンライン化の試行の延長上には、未来の教育の姿があるものだと期待しています。つい数日前、生徒が『オンラインでこれだけできるのなら、学校いらないんじゃない?』とつぶやいていたんです。まさに学校の本質的な価値が問われる時代、生徒においても主体的に学ぶ姿勢が求められる時代になるでしょう。私たち教育者も、変化を恐れることなく、多様な教育のあり方に挑んでいきたいと思います」
ピンチにひるまず、トライアンドエラーを重ねて、教師たちが一丸となってチャレンジする姿。生徒たちにとっては、これが何よりもの教育的メッセージになっているに違いない。
星野明宏(静岡聖光学院校長。元広告マン)
電通で中部支社でキー局系列を担当した後、筑波大学大学院でスポーツ科学や心理学を学び、教育者へ転身。ラグビー指導者としても活躍しており、U-17日本代表監督も務める。部活動改革で、同校ラグビー部を初の花園出場に導いた実績も注目されている。
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。