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新型コロナウイルスによる肺炎が欧米で急拡大する一方、1月に感染が爆発した中国では、感染力や重症化リスクなどに関する研究が進んでいる。3月に入って日本でも注目を集めた3つの研究を、より詳細に紹介する。
⑴バスの集団感染で明らかになったこと
「新型コロナウイルス、4.5メートルの距離でも感染」という記事を最近見た人は少なくないだろう。
この研究は、湖南省の研究チームが中国の学術専門誌「実用予防医学」で3月5日に発表し、日本の主要メディアでも論文の一部が報道された。だが、同レポートは3月14日時点で、申請者の申し出により掲載が撤回されており、その理由については説明されていない。
ここでは、論文が削除されているという事実も明示した上で、内容を詳述する。
同研究は、武漢のある湖北省に隣接し1000人以上がウイルスに感染した湖南省で、1月22日にバスに乗車した劉さん(仮名)から13人に感染が広がった事例を報告し、「通常1~2メートル」という想定より遠くにウイルスが飛散する可能性を指摘した。
1人から13人に感染、感染者は誰もマスク付けず
空調の入ったバスでの集団感染について研究した論文が注目を集めた(3月5日、武漢で撮影)。
Reuters
劉さんは1月22日に新型肺炎の症状が出て、29日に確定診断を受けた。劉さんは1月16日に発症した知人と2度にわたって食事や仕事を共にしており、この知人経由で感染したと推定されている。
- 劉さんは1月22日12時、マスクを付けず空調付きの49人乗りバスに乗車した。劉さんが乗車したとき、車内には運転手を含め46人がいた。劉さんは午後2時にバスを降りた。
- その後、同乗していた8人が新型コロナウイルスに感染した(7人が発症、1人は無症状)。
- 劉さんは同日15時40分にも18人乗りの小型バスに1時間乗車。車内には劉さんを含め12人が乗っており、マスクをしていたのは1人だけだった。その後、同乗者のうち2人の感染が確認された。
- 劉さんが最初に乗った49人のバスは、終点で劉さんらを降ろした後30分停車(消毒せず)し、再び同じ道を戻った。復路で劉さんの座席に近い席に座っていた乗客1人が、24日に新型肺炎を発症した。この乗客は、劉さん以外の感染者との濃厚接触は認められず、車内で感染したと推定される。
研究によると、劉さんの濃厚接触者243人のうち感染が確認されたのは、いずれもバスの同乗者で11人だった。
また、劉さんが感染させたと推定される乗客2人が、それぞれ1人に感染させており、劉さんが起点の感染者は合計13人に上った。
ウイルスは30分間空気中を漂った?
乗り物内の感染リスクが懸念されている(2月21日、ベトナムで撮影)。
Reuters
劉さんとバスに同乗し、感染した人たちは必ずしも近くに座っていたわけではない。1番近くにいた感染者との距離は0.5メートルで、一番遠かったのは49人乗りのバスも18人乗りのバスも4.5メートルだった。車載カメラで確認した範囲では、劉さんと4.5メートル離れた場所にいた感染者が近距離で接触した様子はなかった。
これらの研究結果から、研究チームは以下のことを指摘している。
- 新型コロナウイルスの飛沫は密閉され空調がきいている空間で、最大4.5メートル飛ぶ。空調の温風で暖められた空気が上昇し、ウイルスを含んだ飛沫が通常の飛散距離である1メートルを超え、比較的遠くに行くと推定される。
- バスで感染した人は、劉さんを含め全員マスクを付けていなかった(筆者注:1月22日は武漢が封鎖される前日で、武漢以外ではそれほど危機感が高まっていなかった)。
- 劉さんが降りて30分経って乗車した人が感染したことから、車内のウイルスは少なくとも30分間は空気中を漂い、生存していた。感染力も相当強いと考えられる。
- 乗客は手洗いを徹底し、地下鉄、飛行機、車など閉鎖性の高い乗り物ではマスクをして、物の表面に触らない方がいい。
- 車両は頻繁に換気し、バスは終点で客を降ろした後、車内を消毒した方がいい。
⑵L型より古いS型が生き残った理由
北京大学生命科学学院生物情報センターの陸剣研究員と中国科学院上海パスツール研究所)の崔傑研究員による、新型コロナウイルスには2つの型が存在する可能性を示した論文「SARS-CoV-2の起源と持続的な進化」(On the origin and continuing evolution of SARS-CoV-2)は3月3日、中国科学院が発行する「国家科学評論」(National Science Review)に掲載された。
研究者は新型コロナウイルス感染者103例のウイルスのリボ核酸(RNA)を解析を行い、遺伝子を構成する塩基配列の違いから、ウイルスがL型とS型に分類できるとの結果を発表した。
縦軸は患者の数。グラフ左は、武漢(Wuhan)と武漢以外の患者の比較。右は1月7日以前と7日以降の患者の比較。
論文より
研究者は、L型はS型に比べ、感染力が高く、重症化しやすいと推測しており、比率でみるとL型が70%、S型が30%だった。
他のコロナウイルスと比較した場合、L型はコウモリが感染源のコロナウイルスと系統樹で近く、S型はL型より古く発生している。
また、L型は武漢でパンデミックが起きた早期の段階で多く見られ、2020年1月初旬を境に減少している。
論文は、「人間の関与がL型に対しより大きな選択圧(淘汰圧)を加えた。人間の関与がなければ、L型の拡散はさらに強力かつスピーディーになっただろう。一方で、系統樹ではより古く攻撃性が小さいS型は、人間による圧力が比較的小さかったため、生き残って増加した」との見方を示した。
分析の結果、103例の大部分がL型かS型のどちらかに分類できたが、武漢に渡航歴のある米国人感染者から採取したウイルス株は、L型とS型に同時に感染した可能性を示した。
⑶ウイルスは体内で最長37日生存
国際的に権威のある医学誌ランセットに3月9日に掲載された中日友好医院の曹彬教授チームの論文は、新型コロナコロナウイルス感染者から、ウイルスが最長37日排出され続けるとの研究結果を報告した。ブルームバーグが13日に紹介し、「現在は14日となっている隔離期間の指針に意味を持つ」と報じた。
研究チームは武漢の2病院に入院し、1月31日にまでに退院もしくは死亡した成人患者191人の医療記録や検査結果を分析した。191人のうち137人は退院し、54人は死亡した。
退院者137人のウイルスが排出される期間の中央値は20日。最短は8日、最長で37日だった。
死亡した患者に関しては、死亡当日まで陽性だったケースも複数あった。
曹彬教授は「ウイルスの増殖と排出期間は病人の予後と直接関係があることが示唆された。患者を救うためには迅速かつ有効な治療が必要だ」としている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。