2020年3月10日、イタリア・ブレシアの病院で処置を容易にするために設置された緊急病室で働く医療関係者。
Claudio Furlan/LaPresse via AP
- イタリアの医療システムはコロナウイルスの大流行によって、崩壊しつつある。
- 高齢化社会と医療資源の不足が医療従事者に襲いかかり、どの患者を救うかという不可能な決定を強いている。
- イタリア全土が封鎖されていて、これまでに1800人以上が死亡した。
イタリアの医師たちは、人の生命を守ると誓った人が直面すべきではない選択を迫られている。誰が生きるべきか、誰が死ぬべきか、だ。2万人以上が感染し、少なくとも1800人が死亡するなど、イタリアのコロナウイルスの症例数が急増する中、第一線の医療従事者は、感染性の新型ウイルス、高齢化、病院のベッド不足が重なるという最悪の事態に直面している。
高齢者よりも生存の可能性が高いため、医師は現在、若年のCOVID-19患者の治療を優先している。
ロンバルディア州の高齢者向けクリニックの医療責任者、ロレンツォ・カサーニ(Lorenzo Casani)氏はタイムに、「集中治療室のベッドは空いていない」と語った。医師たちは「誰が生き残るか、誰が生き残れないかという恐ろしい選択をして、誰にモニターと人工呼吸器を与えるかを決めている」と同氏は付け加えた。
悲劇的なトリアージは戦場で行われた選択を思い起こさせる。実際、イタリアは今戦争状態だ。
イタリアで最初のコロナウイルスの症例が報告されたのは2月20日で、今では中国に次ぐ規模となっている。
イタリア当局は、学校を閉鎖し、商店に閉店を命じ、全国的に人気の高い観光地を空っぽし、数十の都市を隔離し、「レッドゾーン」を拡大して6000万人の国民すべてを隔離した。
ジュゼッペ・コンテ(Giuseppe Conte)首相はテレビ演説で、「我々は皆イタリアのために何かを諦めなければならない。もう時間がない」と述べた。
ある日、行列がなくなった
フィレンツェに住む25歳のイザベラ・カストルディ(Isabella Castoldi)さんは、Business Insiderに、コロナウイルスがイタリアで出現したとき、この脅威を真剣に受け止めた人はほとんどいなかったと語った。
「私たちはコロナウイルスを過小評価していました」
イザベラ・カストルディさん
Isabella Costaldi
この病気は中国で発生したため、「とても遠くのことに思えた」とカストルディさんは付け加えた。
カストルディさんは、2月28日にタトゥーを入れにミラノまで行ったが、その時点でコロナウイルスはイタリア北部に侵入しており、何百人もの人が感染していた。彼女は旅行から戻った後、フィレンツェの中心部から少し離れたところにあるアイスクリーム店で仕事をした。
「いつもはドアの外には非常に長い列ができています」と彼女は言う。
「でも、ある日を境に行列はなくなりました」
彼女と同僚が店のその日の収入を数えていると通常よりも「数千ユーロ」少なくなっていることに気付いたという。
「これは私たちが思っている以上に深刻な問題かもしれないと気づいたのです」とカストルディさんは言う。
一連の都市封鎖へ
2月23日、イタリア政府は多くのコロナウイルス感染が報告されている多くの町を封鎖し、約5万人が影響を受けた。主要な観光名所が閉鎖され、毎年恒例のベネチアのカーニバルも中止になり、ジョルジョ・アルマーニは誰もいないミラノの劇場でショーを開催した。
最初の報告から一週間もたたない2月26日までに、12人が死亡した。カストルディさんによると、人々がトイレットペーパー、肉、パスタなどを買い漁るためにスーパーマーケットに押し寄せるようになったという。
コンテ首相は3月8日に1600万人が住む地域を封鎖することにした。隔離措置が取られたのは、イタリアでのコロナウイルス感染件数が6000件に近づき、死者が230人を超えたときだ。
しかし、近く閉鎖されるというニュースが事前に漏れたため、多くの人々が、実施前日にイタリア北部から避難した。
ミラノにあるビタサルーテ・サン・ラファエレ大学医学部のロベルト・ブリオーニ(Roberto Burioni)教授はガーディアンに対し、人々が南に向かって逃げようとしたため、不要な旅行を引き起こしたと語った。
「残念ながら、逃げた人の中にはこの病気に感染していた人もいるでしょう」と、彼は指摘する。
カストルディさんは一時ミラノに滞在していたため、主治医に連絡し、自己検疫するよう指示された。父と兄と一緒に住んでいるので、彼女は寝室に閉じこもり、マスクをつけて毎日ほんの数分間だけ部屋の外に出た。彼女の猫はそばに座っていた。
3月9日、コンテ首相は前例のない全国的な封鎖を発表する。
同首相は記者会見で、「現在では、レッドゾーンが国土全体に拡大されている」と述べ、できるだけ外出しないこと、集会を行わないことなどを要請した。この時点で、すでに9000人以上がコロナウイルスに感染し、460人以上が死亡していた。
医師が足りない
イタリアでの全国的な封鎖が始まった3月10日、1日で死亡者数が168人と最大になった。コンテ首相は、薬局や食料品店を除いて、ほとんどの店を閉店にすると発表した。
13日の時点で、イタリアのコロナウイルスによる死亡率(死者数を総症例数で割るという基本的な計算)は約7%だった。世界の死亡率がここ数週間3、4%前後で推移していることを考えると、これはイタリアの苦闘を示す恐ろしい数字だ。
「我々は準備ができていなかった。十分な医者がいない。パンデミック対策はなかった」とカサーニ氏はタイムに語った。
ブレシアで検査を実施する医療従事者。
Claudio Furlan/LaPresse via AP
タイムによると、イタリアの公的医療「国民保健サービス」の予算はGDPの6.8%だ。カシーニ氏は「医療と研究への継続的な予算削減は、明らかに問題がある」とタイムに語った。
イタリアの医療制度が疲弊しているように見えるもう一つの理由は、イタリアが、日本に次いで世界で2番目に高齢化率が高いことだ。コロナウイルスは高齢者の方がはるかに致死率が高い。中国での調査によると、80歳以上の死亡率はほぼ15%だった。
ロイターによると、イタリア国立衛生研究所は、これまでに死亡した患者の58%が80歳以上で、31%が70歳代だったと推定している。
集中治療室の年齢制限
病院のリソースが不足し負担がかかったときのために、イタリアの医科大学では、悪化する状況を切り抜ける際に看護師や医師が従うべきガイドライン「カタストロフィー医学」を制定している。
Atlanticの翻訳によると、文書には「集中治療を受けられる年齢制限を設けることが必要になるかもしれない」と記されているという。
「より健康な患者では比較的短い治療ですむことがあるが、高齢の患者や重篤な患者ではより長く、より多くのリソースを消費する可能性がある」と付け加えている。
つまり、生存の可能性が低いから、高齢者の治療の優先度を下げるということだ。このガイドラインではまた、医師や看護師が基礎疾患のある患者の優先順位を下げることも推奨している。なぜなら、コロナウイルスはこれらの患者にとっても致命的だからだ。
「年齢や健康状態によって判断をしなければならない」と麻酔科医のクリスチャン・サラローリ(Christian Salaroli)氏はイタリアの日刊紙Corriere della Seraに語った。
「戦争のときと同じです」
2020年2月24日。イタリア、ミラノ。コロナウイルスの発生によって閉鎖されたドゥオーモ大聖堂の外に立つ兵士。
REUTERS/Flavio Lo Scalzo
この戦争は文字通り「爆発」した
ベルガモの病院で働くダニエル・マッチーニ(Daniele Macchini)医師はフェイスブック(Facebook)に、コロナウイルスは「我々を襲った津波だ」と苦悶の記事を投稿した。ニューヨーク・ポストによると、イタリア語で発信された彼の思いは、ジュネーブ大学のシルビア・ストリンギーニ(Silvia Stringhini)博士によって翻訳された。
「戦争は文字通り爆発し、戦闘は昼夜を問わず絶え間なく続いている」とマッチーニ医師は書いている。
増え続けるコロナウイルス患者の治療を支援するために設置されたテントで戦う最前線の医療従事者。
Claudio Furlan/LaPresse via AP
「医師にとって、もはや外科医、泌尿器科医、整形外科医という専門性は関係ない、彼らは皆同じ病気を治療しようとしている」と彼は付け加えた。
マッキーニ氏は「皆を救うことはできないことで涙を流している医療スタッフを見たことがある」と話す。
「我々も感染することを恐れていて、もはや家族に会うことはない。感染予防の手順を踏んでいるにも関わらず、すでに感染した人もいる」
CNNの報道によると、イタリア医師協会のロベルト・ステラ(Roberto Stella)会長がCOVID-19による呼吸不全で亡くなった。
「彼の死は、今なお必要とされる適切な保護を受けていないすべての同僚の叫びを表している」と、イタリア医師協会は声明で述べた。
エミリア=ロマーニャ州のピアチェンツァ病院の看護師、ロベルタ・リー(Roberta Re)さんはガーディアンに、彼女もまた同僚を失ったと語った。亡くなったのは59歳の医師で、親友だと思っていた。
「これは世界大戦に匹敵する体験です」とリーさんは述べた。
「しかし、これは伝統的な武器では戦えない戦争です。敵が何者なのかもまだよく分からないため、戦うのは難しい。事態がさらに悪化するのを避ける唯一の武器は、家にいてルールを守ること。中国で行われたことをすることです」
それは、カストルディさんがやったことだ。彼女は自己隔離が終わり、家の中を歩き回って家族と一緒に過ごすことができている。幸い彼女には症状が出ていない。彼女はソーシャルメディアにいくつかの警告を投稿し、インフルエンサーやその他の人々がコロナウイルスのジョークやデマを広めることを思いとどまらせようとしている。
「このような大流行が直接影響を及ぼさない限り、自分にはそんなことは決して起こらないと簡単に信じてしまうものです」と、彼女は言った。
(翻訳、編集:Toshihiko Inoue)