「お金だけが豊かさの象徴ではない」。そう思いつつも、豊かな暮らし=お金と結びつけてしまうシマオ。しかし佐藤優さんは、「資本主義では貨幣自体を拝むようになってしまう」と言う。お金自体を信じ切ってしまうことで、人は際限なくそれを求めてしまう。ではそこから自分らしい“安楽”を手に入れるにはどうすればよいのか。シマオは現代社会の中で真の豊かさを見つけるため、お金の本質に向き合う。
お金の価値は信心で作られる
佐藤優さん:(1万円札を出して)ここにある1万円札の原価は、だいたい22~24円だそうです。20円程度で作られたものが、1万円の価値を持つ。私たちは、このお札のために毎日働き、時には犯罪まで犯してしまう。それは、なぜだと思いますか?
シマオ:日本銀行や政府が価値を保証してくれているから?
佐藤さん:はい。そして、多くの人が「日本という国は安定している」と考えているからですね。このことを経済学で「信用」と言います。私たちは貨幣を信じている、いわば「貨幣教」の信者なんですよ。
シマオ:僕たちはお金フェチであり、お金の信者ということですか。たしかに僕はこのお金の価値を、社会常識に委ねてしまっています。
佐藤さん:もっと言えば「幻想」です。国家に何かがあれば、お金の価値なんてすぐになくなるんですよ。
シマオ:そんなの、想像もつきません。
佐藤さん:私は一度、その体験をしています。ソ連の日本大使館に勤めていた1991年1月のことです。夜9時のニュースを見ていたら、アナウンサーが「本日24時で50ルーブル、100ルーブル紙幣が使えなくなります」と言ったのです。
シマオ:お金が一瞬にして紙切れになってしまった……。呆然とするでしょうね。
佐藤さん:国が信用を失えば、そうなるということです。実際、その前からルーブルの価値は暴落していました。日本だって、赤字国債を返せないと思われれば、円の価値は暴落するでしょう。近年流行りのビットコインなど仮想通貨(暗号資産)なんかは、もはやお札のような実体すらありません。まさに、欲望と期待だけから価値が生まれているんです。
シマオ:でも僕たちは資本主義に生きている。それに飲み込まれないように生きるにはどうしたらいいのでしょう?
佐藤さん:お金を否定してはいけないし、お金そのものを価値だと考えてもいけません。 大切なのは、その人の価値観をどこに置くのかということに結局は戻るのです。 先日、まわりと比べて自分がどの位置にいるのかではなく、自分の置かれた環境においていかに“安楽”に暮らせるかが重要だ、という話をしましたね? 結局はそこに戻るのです。
シマオ:価値観をどこに置くのか。そこを固めるのが難しいんですよね。僕なんて本当にブレブレで。
佐藤さん:それでいいんです。それが若者の特権ですから。価値観は、他人から押し付けられるものではなくて、人間関係や読書、教育などを通して自分で決めなくちゃいけませんよ。無理をしたり、虚勢を張ったりして作られた価値観は脆く壊れやすいものです。
シマオ:身の丈に合った、自分らしい生き方ってことですかね……。
佐藤さん:そう思います。例えば、マーク・ボイルさんという人が『ぼくはお金を使わずに生きることにした』という本を書いています。彼はイギリスで、1年間まったくお金を使わないで暮らすという実験をしました。
シマオ:その本、読んだことがあります! お金を一切使わなくても、友人からコンピュータだけでなくキャンピングカーをもらったり、食事はスーパーで捨てられたものを拾ったりして、それなりに豊かな暮らしをしてるんです。
佐藤さん:もちろん、誰もができるわけではないけれども、そうしたライフスタイルというのもひとつの価値観です。
「見極め」と「見切り」が大事
シマオ:お金がすべてだと考えてしまう「拝金教」に洗脳されてしまわないためには、そもそもお金とは何かというところにきちんと向き合えばいいんですね。
佐藤さん:そう。敵を知り己を知れ、です。マルクスの考え方を知れば、お金がどのようにこの社会を動かしているのか、客観的に見ることができるんです。
シマオ:お金というものが少し分かった気がします。
佐藤さん:シマオ君は会社員ですよね。会社員として働く時は、自分は資本家ではなく、労働力を売っている労働者なんだという「見極め」と、だから収入には限りがあるんだという「見切り」が大事なんです。
お金はあくまで手段。その上で豊かさとは何かという軸を固めなくてはいけない、と語る佐藤さん。
シマオ:「見極め」と「見切り」……?
佐藤さん:あなたの賃金はどうやって決まると思いますか?
シマオ:労働組合とかありますけど、基本的には会社が決めていますね。
佐藤さん:マルクスは、賃金、つまり労働の価値は3つの要素から決まると考えました。
シマオ:はい。
佐藤さん:1つ目は、労働者が生活するのに必要な金額。要は衣食住とちょっとした余暇ですね。2つ目は家族を養うのに必要なお金。そして3つ目が、自分が勉強するためのお金です。
シマオ:それらの合計が賃金?
佐藤さん:そうです。でもその賃金以上に会社は利益を得ている。労働力と利益の差分を会社は設けているのです。だから、時代や景気によって変動はありますが、労働者の賃金水準がそう大きく増えることも減ることもないんです。 つまり、資本家にならないかぎり、莫大な財産を築くことはできないということです。
シマオ:なんか、夢がないですね……。
佐藤さん:それは必ずしもあきらめではないんですよ。 「見極め」と「見切り」の 2つを認識したうえで、お金で得られないものは何かということを自分で考えることが、人生の豊かさにつながるんです。
真の利他的行動とはボランティアではない
シマオ:そう考えると、お金のためだけに仕事をするのはちょっと違いますよね。僕は自分の仕事が世のため人のためになっていればいいな、って思います。
佐藤さん:そう言う人は多いですよね。でも、そこには大きな勘違いがあることも多いんですよ。
シマオ:勘違い?
佐藤さん:利他的な行動というもののほとんどは自己満足にすぎません。いわば「ボランティア症候群」なんですよ。 「人のために……」と思うと、自分も充実感があるし、ある意味他人のためにもなっている。けれど、いわばただ働きです。
シマオ:で、でも単純に人に貢献するっていいことじゃないですか!
佐藤さん:たしかに素晴らしいことです。でも私が考える本当に利他的な行動は違います。
シマオ:なんだろう……? 途上国支援とか?
佐藤さん:納税ですよ。
シマオ:納税? それなら、僕だってしてますよ。
佐藤さん:そうです。資本主義の仕組みでは、ほとんどのものが「お金」になると言いましたね。広い意味で「人のため」になっていない仕事は淘汰されていきます。だから、働いて納税することは、全部、利他的なことなんです。
シマオ:そんなこと考えてもみなかった……。
佐藤さん:利他を滅私奉公のように捉えると、長続きしません。キリスト教は「汝の隣人を愛せ」と言いますが、実は、その前に「自分自身を愛するように」という前提が付きます。
シマオ:まず自分があって、その次が他人ということか。納税は、自然とそういう仕組みになっている、と。
佐藤さん:そう。利己主義的にお金を稼いだとしても、結果的には利他になっている。そして、それを実現しているのが、資本主義であり、お金なんです。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:ボールペンを売ることと食パンを売ることは違いますが、それで稼いだ100円は、お金になれば変わりがありません。そういうお金の匿名性はよくない面もありましたが、税として使われる分には何で稼いだお金も同じ価値です。
シマオ:僕が今やっている仕事も、人のためになっているのか。
佐藤さん:そう。利他の精神は資本主義のシステムに組み込まれています。だからこそ、あなたは自分自身の価値観に従って、仕事をすればいい。お金は手段と割り切り、どんな生活を送りたいのか考えてみてください。それが自分の人生を豊かにするための唯一の方法なんですよ。
シマオ:はい。
佐藤さん:今はいろいろな知識、教養に触れてください。古典を読んだり、芸術に触れたり。自分以外の誰かの経験を追体験することで、あなたはあなた以上の学びを得ることができますよ。 また多くの人と会って刺激を受けたり、大切な人を見つけたり。そんな人生の経験があなたの価値観の中で輝き、生きることを豊かにしてくれると思います。
※本連載の第9回は、4月1日(水)を予定しています。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2019年6月執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的に言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)