コンサル大手マッキンゼー・アンド・カンパニーのエキスパート・パートナー、ミヒル・マイソール。印マドラス工科大学、米スタンフォード大学で修士号(経営工学)を取得。
Courtesy of McKinsey & Company
- 企業が新型コロナウイルスの感染拡大という危機と闘うには「行動計画」が必要だ。
- パンデミック(世界的大流行)という難局を前に、企業はどのようにコンティンジェンシー・プラン(非常時対応計画)を実施すればいいのか。マッキンゼーの危機対応チームを率いるパートナーのミヒル・マイソールが、Business Insiderに語った。
新型コロナウイルスのパンデミックによる世界経済の縮小は1兆ドルにおよぶ。従業員の安全確保と事業継続のため、企業にはコンティンジェンシー・プランが必須だ。
コンサル大手マッキンゼーで危機対応チームを率いるミヒル・マイソールは、今回のウイルス流行のような保健衛生上の危機は、企業が通常想定する非常事態とは大きく異なると指摘する。
マイソールは新型コロナの流行についてマッキンゼーが出した包括レポートの共同執筆者。
危機の際に最も難しいのは、昨日のニュースに対応する姿勢から、明日のニュースに備えて先を見越した行動を取る姿勢へと方向転換することだ、とマイソールは指摘する。
「ビル火災を例にあげましょう。一般的な緊急事態であれば、専門家の支援にもとづいたアプローチをとりますよね。つまり、火が広がる仕組みを熟知した消防隊員がいて、ふだんから防災訓練が行われ、非常階段に向かう経路や集合場所も定められている。『もしXという事態が起きたら、こう行動する』という概念がすでにあるのです。
しかし、そうしたアプローチは今回のような危機には通用しません」
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死者数は6000人を超え、感染者は16万人以上にのぼる(3月16日8時現在)。米連邦準備制度理事会(FRB)によると、現在、世界で約5万1000社の企業が、アジアやヨーロッパなど感染地域のサプライヤー(供給元)と直接の取り引きがあり、感染拡大によって世界経済が危険にさらされている。
パンデミックの一歩先を行くために、厳選されたメンバーで構成する「ナーブセンター(中央制御部の意)」を立ち上げて対応にあたることをマイソールは推奨する。ナーブセンターはマッキンゼー独自のチームの呼称で、「緊急対策室」や「危機対応チーム」と同等の意味だという。
マイソールによると、企業は「D」で始まる4つのステップ、すなわち「発見(Discover)」「策定(Design)」「決定(Decide)」「実行(Deliver)」からなるアプローチによって、即効性の高い非常時対応計画を実施できる。
各ステップを詳しくみてみよう。
1. データから必要な情報を発見する
「まず基本となるのは、自分が置かれた状況を理解し、データを集めることです。正確かつ関連性の高い情報をタイムリーに得なければ、何をすべきか把握するのが非常に難しくなります」
より多くのデータを得るほど、予測の質は上がる。
ハリケーンに襲われた直後の建物内にいる状況を想像してほしい、とマイソールは言う。
建物は浸水し、水かさは急激に増えている。誰もがまず思いつくのは、できるだけ早く外に避難することだ。けれども、1時間以内に再び豪雨に見舞われるという気象情報が出ているのに、それを見逃している可能性がある。次の豪雨が近づいているという情報があれば、(安易に外に出るのではなく)屋上に上がって救助隊が来るのを待つだろう。
「次に起きることを知らずにいると、最初の危機が起きた時点よりさらに危険な状況に陥ることになります。企業ではありがちなことです。情報収集の時間を確保して、次に何が来るのかを把握することができれば、別のアプローチを選べるかもしれません」
2. 集めた情報をもとに計画を策定する
アマゾンのシアトル本社にあるドーム型オフィス「アマゾン・スフィア」。在宅勤務指示により、閑散としている。
REUTERS/Lindsey Wasson
新型コロナウイルス対策を検討する際、感情のために判断を鈍らせてはならない。
企業がとるべき対応について、不確実性があるのは仕方がない。それでも、企業のリーダーは感情的なニュースに惑わされることなく、「行動のポートフォリオ」を用意する必要がある、とマイソールは主張する。すぐに実施する計画だけでなく、状況が悪化した場合の計画も用意しておかねばならない。
この数週間で多くの企業が採用した対策の一例として、従業員の出張制限があげられる。しかし、そうした対策が行き過ぎにならないよう、その必要性を事前によく確認すべきだと、マイソールは注意をうながす。
「従業員に在宅勤務を指示し、一定期間は機能したとします。ところが、生産性が下がったことが分かり、在宅勤務という方針が間違っていたと考えて、従業員をオフィスに引き戻すことにしたとしましょう。その判断が感染の原因になるかもしれないのです。出張禁止の指示についても同じことが言えます。いまや誰もが旅行や出張を控えているので、(むしろとどまることが)感染につながるかもしれません」
変動的な要素は多い。だからこそ、起こり得るすべての結果を検討すべきなのだ。
3. 意思決定者を決定する
マイソールによると、大きな危機のもつ最も難しい側面のひとつが、議論の場で誰もが自分の意見を言いたがることだ。別に悪いことではないが、多くの意見が出されるほど意思決定を遅くするおそれがある。
「厳選された少数のメンバーで意思決定することと、そのメンバーが視野の広い世界観を持っていることが求められます」
自分がメンバーを選ぶとしたら、私生活あるいは仕事において何の悲劇も経験したことがない人は選ばない、とマイソールは強調する。今回の新型コロナウイルス流行のようなケースでは、価値観や経験値、個性こそが重要になるからだ。
「個々の倫理観から判断して、会社の株主だからとか、キャリアがどうだからではなく、会社全体にとって正しいことをすると確信できる人を選ぶべきです」
4. 自社に適した方法で行動計画を実行する
計画を定めたら、それを効果的に実行しなくてはならない。
例えば、従業員にリモートワークをさせるなら、生産性を維持するためにノートパソコン、ディスプレイ、Wi-Fi環境が必要になる。購入するかレンタルすることになるが、その費用は会社の予算から手当てすることになる。
コンティンジェンシー・プランをスムーズに実施するためには、リーダーがそうした細かい事項に気を配る必要がある、とマイソールは最後に語った。
(翻訳:山崎恵理子、編集:川村力)