【ヤッホーブルーイング社長・井手直行1】なぜこのビールはこんなにも愛されるのか。届けるのは平和な時間

井手直行

撮影:竹井俊晴

CMなし、景品キャンペーンなし、生産拠点は長野・軽井沢にある醸造所。それでも15期連続増収増益を更新し続け、ファンイベントを企画すれば、1000枚のチケットが瞬時に売り切れてしまう。そんな“熱狂”を呼ぶビールメーカーがある。

ヤッホーブルーイング(以下、ヤッホー)。その名に覚えがなくても、「よなよなエール」という商品名を聞けば、ピンと来る人は多いはずだ。

看板商品以外にも「水曜日のネコ」「僕ビール君ビール」「インドの青鬼」など、個性的な名称のクラフトビールを展開。そして、同社を率いるリーダーもまたユニークだ。

「働きがい」と増収増益を両立

「こんにちはー!」

連休明けの午前11時、よく響く明るい声で東京オフィスに入ってきた井手直行(52)。普段は軽井沢で働くが、商談や打ち合わせのために、週に1回程度、東京まで新幹線出勤している。

アウターの下に着ていたのは、「よなよなエール」の絵がプリントされたオリジナルTシャツ。

「すいません、うちは全員これなんですよ(笑)。名刺に入れる名前もニックネーム制で。ちなみに僕は“てんちょ”と呼ばれています!」

社長なのに、なぜ“てんちょ(店長)”なのか。その深いワケは後にじっくり触れるとして、井手は今、さまざまな業種の経営者が「その手法を学びたい」と列を成す旬のリーダーだ。

井手直行

商品のイラストが描かれたTシャツが、井手さんのシンボルマーク。

撮影:竹井俊晴

顧客の心をつかんで離さないファンマーケティング、そして、内なる熱狂を育むチームビルディングの成功事例として、講演や視察のオファーが絶えない。社員評価による「働きがいのある会社」ランキング中規模部門(GPTWジャパン主催)で、4年連続ベストカンパニーにも選ばれた。

ただ「楽しそう」「雰囲気がいい」というイメージだけじゃない。増収増益という“結果”とセットになっていることが、注目を集める理由だ。

2年前にはビールを囲む場を盛り上げるカードゲーム「無礼講ースター」を企画販売。「クラフトビールメーカー」という枠を超えている。それも、公式サイトで販売開始するや、限定30個がたった1分で完売し、追加の2000個も売り切ったという。

「ビールはついでに買ってくれている」

集合写真

ファンが楽しみにする「よなよなエールの超宴」。2018年には5000人もが集まった。

井手直行さん提供

ヤッホーの独自の強さを象徴するのが、毎年開催されるファンイベント「よなよなエールの超宴(ちょううたげ)」だ。2015年に軽井沢で初めて開催すると、全国から熱いファン500人が集結。規模は年々膨らみ、2018年にはお台場に1日で5000人が押し寄せるほどに。会場の至るところで聞かれる合言葉、「ビールに味を!人生に幸せを!」は、ヤッホーの企業ミッションだ。

ファンが自主的に主催する100人程度のイベントも各地で開催され、そこにはヤッホーの社員が“ゲスト”としてもてなされる。

「どっちがお客さんか分からない(笑)。お酒関連のイベントというと、どこかダークで危ない印象を抱くものかもしれませんが、うちのイベントは穏やかで平和で、みんな笑ってるんです。地方の製造業で、こんなにファンコミュニティが盛り上がっているところは他にないんじゃないか」

と井手は胸を張る。

そんな文化や理念に惹かれ、“つくる側”に転じるファンも少なくない。正社員89人のうち約8割は長野県以外の出身者。北海道から九州まで、全国から集まった仲間の平均年齢は32歳。化粧品や人材、教育など、多彩な異業種からの中途組も合わさって、活気あるチームとなっている。

「僕たちの仕事は、おいしいクラフトビールをつくることです。でも、それ以外にやっていることと言えば、お客さんを喜ばせるためのアイデアを練って、実際にやってみることだけ。僕たちとのコミュニケーションを楽しんでくれたお客さんたちが、ついでにビールを買ってくれるんです。僕たちが売っているのはビールじゃない。ビールを中心としたエンターテインメントであり、平和な時間なんだって気づいてから、僕は何も迷いがなくなりました」

井手直行

撮影:竹井俊晴

晴れやかに笑う井手は、いかにも“夢中になれる天職をつかんだ成功者”だ。しかしながら、ここに至るまでに道のりは、決してスマートとは言えず、不器用で、愚直で、ずいぶんと長い回り道も経験してきた。

「僕は自力で乗り越えられたことが何一つないんです。いつも誰かの姿や言葉に奮い立たせてもらって、ようやくここにたどり着きました。今の僕とヤッホーがあるのは何人もの“恩人”がいたからです」

井手直行

撮影:竹井俊晴

スキー場で凍えながら、1缶ずつ手売りしたこともある。「何をしても売れずに絶望を抱えていた」という冬の時代を経て、現在は内へ外へと旋風を巻き起こす熱源になった。

その原点とブレークスルーポイントを振り返る。

(敬称略、明日に続く

編集部より:初出時、年表の中で「パイオニアに就職」としておりますが、正しくは「ティアックに就職」でした。訂正致します。 2020年3月23日 16:00

(文・宮本恵理子、写真・竹井俊晴、デザイン・星野美緒)

宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。

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