3月11日、WHOは新型コロナウイルスの感染がパンデミック(大流行)状態あると宣言。3月17日の段階で、ヨーロッパでの感染の広がりが顕著だ。
出典:WHO Situation reports
世界的パンデミックに広がった新型コロナウイルス。日本でも未だに感染者は増え続けている。
咳や発熱が出て、「もしかしたら自分もコロナウイルスに感染したのでは?」と不安に感じている人も多いだろう。
3月16日にはWHO(世界保健機関)から、疑わしい例については検査に次ぐ検査を行うよう、世界に向けて検査の拡充が求められた。
ここで混乱しそうなのが、いったいどういった人が「疑わしい例」に該当するのかというところだ。WHOは、手当り次第に検査してまわらなければならないとは指摘していない。
日本では、新型コロナウイルスへの感染の有無を調べる「PCR検査」の数が少ないと一部から批判が上がっている。ただ、ここで問題とすべきなのは、WHOが指摘する「疑わしい人」を検査できているのか、できていないのかという部分のはずだ。
日本の医療現場では、PCR検査を実施するまでにどのような判断がなされているのだろうか。国際福祉大学病院の感染症科で診療にあたる、松本哲哉教授に話を聞いた。
松本先生への取材は、3月13日にZoomで行った。
撮影:三ツ村崇志
「熱や咳」まず疑うのは風邪やインフルエンザ
「『例えばこの症状があったら新型コロナウイルスかもしれない』というような判断はできません。数からいうと、熱や咳がある人の大半は風邪です。その中の一部にインフルエンザの患者がおり(※)、さらにごくまれに新型コロナウイルスに感染している人がいるかもしれない、というくらいの割合です」(松本教授)
※2020年のインフルエンザの感染者数は非常に少ないが、資料を見ると、新型コロナウイルスの感染者数に比べると非常に多いことがわかる(3月2日~3月8日で1万人以上報告されている)。
診察時に高熱などのインフルエンザにみられる症状が出ていれば、必要に応じてインフルエンザの検査が行われる。加えて松本教授は「最近だと、問診の際には渡航歴や感染者との接触歴、クラスターが発見された地域へ行った経験などを聞くことがあります」と診察時の注意点を話す。
海外への渡航歴もなく、感染者との接触歴もない。ましてや、住んでいる地域で新型コロナウイルスへの感染者が確認されていないようなら、熱や咳などの軽症例だと、現時点で疑うべきは新型コロナウイルスへの感染ではなく、風邪やインフルエンザだ。
「熱や咳などしか出ていない軽症者ならは、よほど感染の疑いが高くない限り自宅で安静にしてもらうほかありません。風邪であろうが、新型コロナウイルスであろうが、自宅内での感染の広がりに注意していただかなければならないということは変わりません」(松本教授)
多くの人が新型コロナウイルスへの対策としてマスクを装着している。この写真は、3月14日に大阪で撮影されたもの。
REUTERS/Edgard Garrido
「息苦しさ」が、一つの鍵
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、重症化すると重い肺炎を引き起こす。松本教授は「私達が診察で重視するのは、『重症な人を見逃していないか?』ということです」と話す。
肺炎の兆候は「息苦しさ」。風邪の基本的な症状に加えて、息苦しさを感じている人がいれば、胸のレントゲンやCTを撮影して肺炎の有無を調べることがあるという。
「普通の風邪やインフルエンザでは、ゼロでは無いにしても肺炎はそう簡単には起きません」(松本教授)
ただし、仮に検査で肺炎だと診断できても、すぐさま新型コロナウイルスへの感染が疑われるわけではない。肺炎にもいくつかの種類があるからだ。
ウイルス性肺炎、細菌性肺炎、マイコプラズマ肺炎など、原因の違いに応じて、レントゲンやCTの画像にも特徴があらわれる(症状の程度によっては見分けにくいことも)。
肺炎が確認されれば、採血や喀痰検査(痰の検査)、尿中抗原検査、遺伝子検査など、さまざまな検査を組み合わせて、細菌性肺炎やマイコプラズマ肺炎などの疑いを一つ一つ潰していくことになる。
検査を踏まえた上で、「肺炎ではあるけれど原因が分からない」となると、いよいよ新型コロナウイルスへの感染の疑いが高まってくる。
「恐らく、この段階まで検査を行っても原因が分からなければ、ほとんどの医師がPCR検査を行った方が良いだろうと判断するのではないでしょうか」(松本教授)
加えて、松本教授は「経過も重要な判断基準になる」と語る。
通常の風邪やインフルエンザではみられない呼吸器の症状や発熱が1週間以上続いたり、これまでに経験したことないだるさ(倦怠感)がみられたりすると、診断の際に「新型コロナへの感染を疑う可能性を上げる要素」となりうるという。
怪しいと思ったら、即電話が鉄則
出典:厚生労働省
自分の住んでいる地域で感染者が多かったり、クラスターの原因になりそうな場所へ出入りしていたりすると、何か症状があらわれた時に「新型コロナウイルスに感染したかもしれない」 と不安に感じる。
もし病院に行く前に少しでも懸念があるのなら、まずは厚生労働省や各都道府県が設置した電話窓口や「帰国者・接触者相談センター」へ電話してほしい。
帰国者・接触者相談センターへの電話は、「37.5度以上の熱が4日以上続いている」「強い倦怠感や息苦しさがある」といった症状があらわれている場合に求められているが、松本教授曰く「基本的に、怪しいと思ったら電話するのが鉄則です」という。
電話をして本当に感染が疑われる場合には、感染症指定病院の発熱外来など、指定の病院が案内されるはずだ。
「この場合でも、診断の流れはあまり変わりません。ただし、感染のリスクが高いと判断されているので、より積極的に肺炎などの検査を行い、他の病気の可能性を排除していくことになるでしょう」(松本教授)
自分では新型コロナウイルスに感染していると思っていたけれども、帰国者・接触者相談センターで、「新型コロナウイルスではなさそう」と判断された場合は、必要なら通常通り病院に行っても構わない。
ただし、風邪が長引いて、病院を何度か受診するような場合には、一つ注意したい点がある。
中にはPCR検査を求めて、複数の病院をはしごするような人がいるかもしれないが、松本教授は
「別の病院に行くと、過去の受診歴・検査歴が分からず、経過が見れなくなります。検査が最初からやり直しになる可能性もあるので、逆にPCR検査をするまでに時間がかかる可能性もあります。なるべく一つの病院を続けて受診して欲しいです」
と話す。
日本の検査の現状は?
日本全国で発生したクラスターマップ(3月17日12時時点)。
出典:厚生労働省
日本では、発熱や咳程度の軽症者であれば、濃厚接触者の間での感染の連鎖を調べたり、クラスターの広がりを確認したりする目的が無い限り、現状ではPCR検査は行われない。松本教授も「軽症例であれば、ある程度対症療法で治るので、診療上検査することに意味はありません」と話す。
一方で、肺炎患者では検査の意味が変わる。
「新型コロナウイルスを原因とする肺炎の中には、短期間で悪化してしまうものもあります。比較的軽い肺炎でも、疑いが出たときに細菌性肺炎やマイコプラズマ肺炎などと区別をつけて注意しておく意味で、検査を行う意味は大きいといえます」(松本教授)
では、現在の日本では、WHOの言うように「疑わしい人」を検査できているのだろうか。
松本教授は、
「少なくとも、原因が分からない重度の肺炎患者はPCR検査で追えていると考えられます。肺炎の患者が原因不明のまま亡くなっている例が多数あるとは考えにくい。医師も自分の病院で新型コロナウイルスの感染が広がってしまうと大変なので、原因不明の肺炎については検査依頼を出しているはずです」
と話す。保険適用になったことで医師からの検査依頼が出しやすくなったことは良い改善だったといえるだろう。では、実際に現状の検査数は十分と言えるのか?
正直、現状の検査数を見て、十分かどうかを判断することは難しい。
厚生労働省から発表された3月17日12:00段階の資料では、中国からチャーター便で帰国した人を除くと、国内では1万5655人にPCR検査を実施。そのうち陽性だったのは805人。陽性率は約5.1%だった。検査対象は、医師によって感染の疑いが高いと判断された人である。
3月17日12時段階のPCR検査数と陽性者数。括弧の中に書かれた数字は前日からの増加分。クルーズ船で確認された感染者は、この表には含まれていない。
出典:厚生労働省
もし未知のクラスターが発生し、大量の感染者・重症者があらわれた場合には、この陽性率が大きく上昇することが想定される。この数値の変化は、これからも注意しておくべきだろう。少なくとも現状では、検査で追いきれないほど爆発的に感染が広がっているわけではなさそうだ。
一方で注意点もある。
この検査結果は、新型コロナウイルスに感染している人の濃厚接触者と、それと独立して「感染の疑いが高い」と判斷された人の検査結果を合わせたもの。その内訳については、調べた範囲では見つけられなかった。濃厚接触者を検査して感染の連鎖を追う作業や重症例を確実に見つける作業、既知の連鎖と関係のない新たな感染者(クラスター)を見つける作業は意味合いが異なるため、どういった目的の検査がどの程度行われているのか、検査の内訳についてはもう少し透明性の高い情報が求められる。
日本の現状の検査スタンスについて、松本教授は次のように話す。
「検査数を増やして軽症段階から感染者をあぶり出し、あらかじめ注意しておくことができればベターではあります。ただし、どういった患者が重症化するのか分からない状況では、軽症者を含めた感染者をすみずみまで洗い出すよりも、クラスター対策や重症例の発見を優先しているというわけです。
検査可能な数、隔離病棟の数、治療や検査にあたる医療従事者の人数、そして現状で把握している感染状況など、現時点のバランスを見極めつつ,その都度感染対策を行っていく必要があるでしょう」
地域に応じて感染の広がり方も異なるため、必要とする検査数も異なる。限られたリソースを把握し、やりくりしながら、検査の拡大も含めて必要な時に必要な場所で検査を行える柔軟な対応が求められている。
1/15~3/16に行われた、各都道府県のPCR検査数と陽性者数(チャーター便を除く)。全体で検査数や陽性者数だけではなく、地域別にみれば、各地域ごとの陽性率が分かる。検査を実施しても、陽性者があまり確認されていない地域もある。
出典:厚生労働省
(文・三ツ村崇志)