「24時間ではしりぬける物理」という違和感のあるフレーズを見た瞬間、何を言っているのかよく分からず、頭がフリーズした。
Presented by United Code Limited
何か、おかしなイベントがある——。
新型コロナウイルスの影響についての情報収集をする中で、ふと一つのイベントに目が留まった。
「コロナウイルスに人類の知の欲求は負けない『24時間ではしりぬける物理』リアルタイム動画配信を開催。
高校で習う物理全分野を24時間連続で講義を行います。」
3月20日(金)19時から3月21日(土)20時までの25時間(約24時間)にわたり、YouTubeで理論物理学者が高校物理を「全力で」語り尽くすというのだ。
臨時休校などをはじめ、新型コロナウイルスの流行によって学生の学ぶ機会が失われていることは、大きな問題となっている。教育業界では、その対応として様々なコンテンツをオンラインで配布するといった試みが行われている。
その中でも「24時間ぶっ続けで講義を行う」というのは、とりわけ異質だ。
筆者自身、理学部で物理学を専攻。修士課程まで物理を学んできた物理好きではあるものの、それでも「いや、そもそもそんな需要ある?」というのが正直なところ。
この試みの真意はなんなのか、主催者である物理学者、東京学芸大学の小林晋平准教授に話を聞いた。
小学生から参加OK!思わず「面白かった」と言わせる熱量を
イベント開催前、3月17日に小林准教授にインタビューを行った。24時間ぶっつづけで授業を行うのは当然はじめて。どうなるのか予想もつかないと話していた。
撮影:三ツ村崇志
「物理を伝えることはただの枕でしかありません。もっというと狂言回し。むしろ、そこにある熱狂や感動を伝えたい」(小林准教授)
小林准教授はいわゆる「理論物理学者」。2019年春に発売された著書の「ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論」も、科学好きの間では大きな話題となった。
一般の方に科学を伝える試み(科学コミュニケーション)にも意欲的に取り組んでいる。実は、2月28日にクラブミュージックとともに物理学を語り合う「夜学/Naked Singularities Vol.2」」というイベントの開催を予定していた。しかし、2月26日に大規模なイベントの自粛要請があり、あえなく延期となった。
「その熱がくすぶっていたというのも、今回のイベントをやろうと思った理由の一つです」(小林准教授)
加えて27日には、全国の学校に臨時休校が要請された。
小林准教授は「学生たちの学ぶ場」の必要性を強く感じ、まずは高校生向けの物理の授業を行えないかと考えたという。
実は、東京学芸大学ではもともとオンライン授業の機運は高まっていた。ただし、単純に授業動画を配信するより、「そこにある熱量を伝えたい」というモチベーションが強く、そのやり方を模索していた状態だったという。
「ただの講義動画だと見せ方が難しく、熱量を伝えにくい。そう考えた時に、『それなら、パッケージを工夫しよう』と思いました」(小林准教授)
こうして誕生したのが、理論物理学者が24時間ぶっ続けで物理学を語り尽くす今回のイベントというわけだ。
「レベルとしては高校生はウェルカムです。小学生、中学生も是非入ってきて欲しい。とにかく『面白かった』と思ってもらえるような講義を目指します」(小林准教授)
受験科目を超える。最先端に繋がるエンタメとしての物理
YouTubeで生放送を行うと同時に、黒板に板書された内容は、順次instagramにアップされていくという。視聴者がノートを取る必要はない。
撮影:三ツ村崇志
Webページに公開されている24時間の時間割を見ると、イベントでは高校物理の始めに学ぶ速度や力の基本から、原子模型や特殊相対性理論といった大学物理学の入り口までを網羅する予定であることが分かる(時間割は記事の一番下に掲載)。
メインとなる講義は全部で16コマ。80分の講義を基本として、10分の休憩をはさみながら全て小林准教授が解説する。また合間には、協力者である大学院生の力を借りて、「補修の時間」と称した質問への回答コーナーも設ける予定だ。
イベント案内には、次のように書かれている。
「『24時間ではしりぬける物理』は『コロナウイルスに人類の知の欲求は負けない』をテーマに行われる、社会貢献を目的とした教育エンターテインメントです」
ポイントとなるのは、今回の試みが教育エンターテイメントであるということ。
「見終わったときに、物理が分かるようになっていればベストです。ただ、恐らくすべてを理解することは難しいと思います。だからそこではなく、物理の面白さを伝えることができれば良いと思っています」(小林准教授)
講義では、単に高校物理で学ぶ内容を解説するだけに留まらない予定だ。
「高校物理で学ぶ内容を大学で学ぶ視点から見ていくことで、非常に単純な物理法則が最先端の科学につながっていることを示したい。
今回の講義を通じて、受験勉強や定期テストは大事だけど、将来自分が人類史を書き換えるようなことができるかもしれないと感じて欲しいです」(小林准教授)
受験のための勉強では、最先端の物理学との関係はつかみにくい。今回の講義を通じて、もしかしたら物理学の深淵の一端を覗くことができるかもしれない。
Artist's Illustration: NASA, ESA, and M. Kornmesser
高校物理で学ぶ物理学は、どうしても受験対策に偏りがちだ。そこで学んだ内容が、実生活の中ではどのような形で見えてくるのか。そして、宇宙やブラックホール、素粒子など、最先端の物理学の中でどういった意味をもつのか分かりにくい。
小林准教授は、受験科目としての物理学ではなく、物理学を勉強していくことで見えてくるつながりの幅広さや、面白さを伝えようというわけだ。
なお、講義は東京学芸大学の講義室で撮影。黒板やイラストなどを使って解説を予定している。極力「数式」の使用も控えるつもりではあると話すが、一方で
「ときには数式を使うことでこそ伝わる面白さも味わってもらいたい。
『面白い』は大事です。でも、それだけで終わらないようにしたい。終わったあと、思わず本を一冊買ってしまうような講義にしたいです」(小林准教授)
と意気込みを語っていた。
最後に、小林准教授に24時間走り続ける上での心配を聞いた。
「1番の不安は、『失敗した』と思ったときに、次のコマに引きずらないかというところです。切り替えてやりたい」
24時間ぶっ続けで講義を行った物理学者の行く末もまた、注目のポイントなのかもしれない。
講義をずっと視聴し続けることは難しいかもしれないが、気になる単元の時間に、ぜひYouTubeをのぞいてみてはいかがだろう。
(文・三ツ村崇志)
時間割を見ると、高校物理の全ての単元を24時間で終えようとしていることがわかる。徹夜明けの頭で、波や電磁気学、原子模型や特殊相対性理論といった難解なテーマを解説できるのだろうか。どんな授業が繰り広げられるのか、予想もできない。
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