SEOLEOは発達障害のある子どもに1対1で勉強を教える塾を展開する。新型コロナウイルスで一斉休校が実施されて以降は、教室の人数を減らして授業を続けている。
提供:玉野秀幸さん
「仕事が一段落した夕方の休憩中、ある教室の教室長から電話がかかってきた。出るなり『大変です。生徒さんのお母さんが悲鳴をあげてます』と。その電話で安倍首相が臨時休校を要請したと知り、私も思わず声をあげた」
そう話すのは、首都圏で発達障害児童・生徒向けの個別指導塾「エレファース」を展開するSEOLEOの玉野秀幸専務だ。
同社はその日の夜の緊急役員会議で対応を検討した結果、「やれる限りの感染症対策をやりながら、通常授業を行う」と決めた。
塾に通う発達障害の子どもたちの大半は、知的障害もある。子どもたちへの学習面・精神面の弊害が大きすぎることに加え、塾の休業が想定以上に長引くと経営も深刻なダメージを受けるからだ。
一斉休校から3週間、同社は時に身が縮むような思いをしながら、恐る恐る授業を続けている。
「寝耳に水」休校で1日2度の臨時会議
全国一斉休校は、玉野さんたちも想定できていなかった。
shutterstock
玉野さんによると同社は2月14日、新型コロナウイルスの感染が日本でも広がりだしたことを受け、講師に授業中のマスク着用、入室時のアルコール消毒の徹底を求めるなど、感染症対策をまとめた。
「その時は業界の中では早めに新型コロナ対策に取り組んでいると思っていたが、今思えば見通しが甘かった」
その後も新型コロナは徐々に拡大。
2月27日午前には、スポーツクラブで複数の感染者が出た千葉県市川市が翌28日からの臨時休校を決定した。近隣市に教室があるSEOLEOも臨時会議を開き、近く予定していた大規模テストを延期する一方、近隣の塾は通常授業を続けることにした。塾が1対1の個別指導体制のため、生徒間の距離を取ることができ、感染リスクは低いと判断したからだ。
安倍首相が一斉休校を要請したのは、塾の臨時会議が終わり、玉野さんが休憩していた夕方だった。
「市川市の臨時休校への対応を話し合っていたときも、全国一斉休校は誰も想定していなかった。電話してきた教室長も相当慌てており、夜に再び役員会議を開くことになった」(玉野さん)
苦労して積み上げた学習習慣が崩れ去る
1975年に創業し、首都圏で16教室を運営するSEOLEOの玉野専務。
撮影:浦上早苗
その日2度目の臨時会議。教育を統括する役員は、「学校が休校になっても、塾は休むべきではない」と主張した。最大の理由は、通っている生徒たちが発達障害を抱えているからだ。
SEOLEOは発達障害と診断を受けた子ども向けの塾と、診断はされていないが「グレーゾーン」とされる子ども向けの塾の2ブランドを展開する。前者の塾に通う生徒の大半は知的障害を伴っており、学習内容の理解に時間がかかる。
玉野さんは、「塾では鉛筆を握る、30分椅子に座って先生の話を聞く、そんな学習態勢の形成から始め、1対1の授業で時間をかけて学力向上に取り組んでいる。1カ月学校にも塾にも行かなかったら、学力だけでなく学習習慣、学習意欲、生活リズムと、積み上げて来たことがあっという間に崩れてしまう」と語った。
じっと座っていたり、話を聞いたりすることが苦手な生徒もおり、オンライン授業も難しいし、現場からは「学校が休校のうちに、腰を据えてこれまで習ったところを復習したい」という意見も出た。
会議の間にも、生徒の保護者からひっきりなしに問い合わせの電話がかかってきた。家庭だけで子どもを見るのが困難だから塾に来ているのに、学校も塾も休みになったら親子がパンクする懸念もあった。
「学校と塾に通うことで、規則正しい生活と学習を続けられている子どもたちにとって、どちらにも通えなくなるのは教育上弊害が大きすぎる。それに加え、休業は当社の経営にもダメージがある」(玉野さん)
玉野さんによると塾の授業をやめた場合、自己資金で経営できるのは最大で2カ月。それを超えると借り入れが必要になり、運営方針への圧力になりかねない。
役員会議では9人中7人が授業の継続を主張し、2人が「とりあえず2週間休む」ことを提案した。
だが、2週間後に感染が収束に向かっている保証はないし、休業した場合、状況が悪化すると再開できなくなる恐れもある。
話し合った結果、できる限りの対策をした上で授業を継続することになった。
保護者は「行くところがあって助かった」
塾は空気清浄機、加湿器、アルコール消毒液など衛生用品を大量に購入した。
提供:玉野秀幸さん
「できる限りの対策」とは、以下のようなものだ。
- 講師、生徒ともにマスクを着用し、教室に入る際に37.0度以上の熱があったら授業を中止。
- 授業ごとに机や教具の消毒。
- 1つの教室で同時に稼働できるのは5ブース(生徒5人、講師5人)まで。
この他に、感染防止用品購入費として100万円の予算を組み、消毒液、空気清浄機、マスクなどを購入した。
SEOLEOは首相が休校を要請した2月27日に方針を決め、公式サイトに掲載した。ところが翌日、翌々日に大手塾の多くが2週間の授業停止を発表した。
「当社も十分に協議した上で継続を決めたわけだが、同業他社の多くが休業を決定したことには正直動揺した。一方で、通常通り授業をやる塾もあり心強かった。何が正解か分からず揺れた」
玉野さんの塾では、感染が心配だからしばらく休むと連絡してきた保護者もいたが、「行くところがあって助かった」という声が圧倒的に多かった。
生徒や保護者に聞き取りをしたところ、休校中も学校が子どもを預かってくれたところがある一方、完全休校となりたくさんの宿題が出たところもあった。
学校が休みになっている間は、祖父母宅に預けられたり、放課後等デイサービス(障害のある子どものための学童保育のような施設)に通っていた子どももいれば、家庭で過ごした子どももいた。
「不登校のお子さんは、普段より生き生きとしていたという報告もあった。一方で、お子さんの体力があり余ってとても家にはいられないので、公園に連れて行ったら、近所の高齢者から『こんな時期に非常識だ!』と怒られた保護者もいるし、お父さんが在宅勤務となり、その仕事の邪魔にならないようお母さんが毎日外へ連れ出さざるを得なかったという家庭もあった」(玉野さん)
感染症対策で現場にしわ寄せも
教室の人数を減らすため、午前10時から授業を実施し、通塾を分散化した。また、37.0度以上で出勤停止としたため、講師の休みが増えて人繰りの問題が発生した。感染症対策と並行しながらの授業実施で、教室を管理する教室長の負担は激増した。
恐る恐るの運営の中で、肝を冷やしたこともあった。
「生徒さんの1人が高熱が続き、保健所に連絡したらPCR検査を受けることになった。熱が出始めの段階でお母さんから塾にも連絡をいただき、結果が出るまでの数日は、陽性だった場合の塾としての対応を医療関係者に相談するなど、緊迫が続いた。
陰性だったときは、その場に倒れそうになるほどほっとした。従業員の体調不良もいつも以上に心配した」(玉野さん)
一斉休校が始まり3週間。その効果を現時点で判断することは難しいが、見切り発車と具体的対応の丸投げによって給食事業者や学童保育のスタッフ、そして保護者やその親までも多大なしわ寄せを受けた。
玉野さんは、「生活リズムを保つために午前から塾に来る子どももいるし、ストレスが限界に達している親子もいる。政府が塾に要請するなど、休業以外の選択肢がなくなるまでは恐る恐るでも続けていく」と話す一方で、「学校が休校しているのに塾を開けることに矛盾もある。政府が休校解除の方針を示してほっとしているが、間もなく春休みに入るのでどこまでいつも通りの生活に戻れるのかは手探りだ」と漏らした。
(文・浦上早苗)