REUTERS/Issei Kato
この2カ月世界を激しく揺るがせている新型コロナウイルス(COVID-19)。その脅威がどこまで拡大するのか全貌はまだ見えてこないが、この危機への対応は歴史的チャレンジと呼んでいい性質のものだろう。
今、各国指導者たちは、日々急速に変化する「未体験ゾーン」の中、必死で危機管理の舵取りをしているわけだが、その方法は国やリーダーのパーソナリティやスタイルによって大きく違いがある。
マニュアルもなく、時間もかけられず、「正解」も1つではないからこそ、個人の資質や、国ごとの政治文化の違いが顕れるのかもしれない。
2001年9月11日に起きた米同時多発テロの時のジュリアーニ元ニューヨーク市長のリーダーシップは多くの人の記憶に残るものになった。
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「危機におけるリーダーシップ」を考える時思い出すのは、2001年9月11日の世界同時多発テロの時のジュリアーニ元ニューヨーク市長の姿だ。
あの日、ハイジャックされた1機目がノース・タワーに突っ込んだ後、私はニューヨークの職場であの映像を見た。何が起きているか、その時点で全貌は分からなかったが、目の前で自分たちの想像を超えたことが起きているという恐怖は誰もが感じていたと思う。
その後の24時間、いやその後何カ月間にもわたってジュリアーニ氏が見せたリーダーシップは、アメリカ中の人々の記憶に残る力強いものだった。判断ミスもあったし、非難もされた。でも、あの日を境に彼の株は急上昇し、今日のジュリアーニ氏を批判する人々でさえ、あの時の彼の言動は認めざるを得ない部分がある。
1995年に起きたオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件のこともよく覚えている。私がアメリカに住んで初めて体験した衝撃的な事件だった。大統領は、1992年の選挙で当選したビル・クリントン氏。クリントン氏は歴代米大統領の中でもとりわけスピーチがうまいが、この犠牲者追悼式での演説は、彼の多くのスピーチの中でも特に人々の心を動かし、リーダーとしての彼の評価をワンランク上に押し上げた。
危機におけるリーダーシップは、その人物の評価を劇的に上げたり下げたりする。その分かれ道はどこにあるのだろう。今回の新型コロナウイルス危機の中で、日本も含め各国トップのリーダーシップと過去の例から、いくつかの要因について検討してみたい。
1. スピード
ジュリアーニ元ニューヨーク市長。9.11後にタイムリーでクリアなメッセージを発信したことで、ニューヨークでは大きなパニックが起きなかった。
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危機が起きた時、迅速に動き、素早く明確なメッセージを発信できるか。前述のジュリアーニ元市長が高い評価を受けた大きな要素は、このスピード感だった。
9月11日。1機目がワールドトレードセンターのノース・タワーに突っ込んだのが8時46分、2機目がサウス・タワーに突っ込んだのが9時2分。ジュリアーニ氏が煤にまみれた姿で最初の路上インタビューに答えたのが9時50分。その後彼は、午前中のうちに現地にオフィスを設置し、救助、消防、交通などの陣頭指揮を自らとった。
午後2時半には記者会見。犠牲者の数を尋ねた質問には、
「The number of casualties will be more than any of us can bear ultimately.(我々の誰も耐えることができないような数字になるだろう)」
と答えている。単に「分からない」とか「正確な数字が分かってからお知らせします」という回答よりも、正直で人間味があり、心に刺さる表現だった。
会見の中では、市民に冷静さと勇気を保つこと、みんなの協力が必要なことを訴え、
「すべてのニューヨーク市民が一丸となって、この悲劇的事件の影響を受けた人たちを援助しよう」
と述べた。
翌朝にはさっそく「Back to normalcy」(平常復帰)を呼びかけ、
「みんなが平常の生活や仕事を再開するのが早いほど、危機から早く立ち直れる」
「愛する人を失った人たちを慰め、助けよう」
「デマ情報を流した者は逮捕する」
といった強いメッセージを次々と打ち出した。そしてその後も毎日記者会見を開いた。
タイムリーでクリアなメッセージの発信をしたことで、事件後、ニューヨークでは大したパニックも起きず、市民の連帯はむしろ強まった。事件の6週間後の世論調査では、ジュリアーニ氏の支持率は79%にも上った(前年は36%)。
大統領専用機エアフォース・ワンの窓からカトリーナ被災地を視察するブッシュ大統領(2005年8月31日)。
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反対に、初動で大きく失敗した例が、2005年のブッシュ大統領だ。
大型ハリケーン「カトリーナ」が南部を襲うことが明らかになった時、ブッシュはテキサスで休暇中だった。
カトリーナは、8月29日〜30日にルイジアナ州とミシシッピ州を直撃。この時、ブッシュが休暇先から声明を発表していたことが分かるや、国民から大変な顰蹙を買った。さらに31日には大統領専用機エアフォース・ワンの窓からのみ被災地を視察し、現場には足を運ばなかった。
この時の写真は、ブッシュ政権の対応の悪さを象徴するものとして、のちに広く知られることになる。大統領が現場を訪れたのは、9月2日。その頃には、彼に対する評価は決まってしまっていた。
この後、ブッシュの支持率は30~40%に急落。彼の政権に対する人々の信頼を最も深く傷つけた出来事として歴史に残っている。この時の対応の悪さは、2008年の大統領選挙で共和党に対する攻撃材料にもなった。
安倍首相が新型コロナウイルスについて最初に会見をしたのは2月末だった(写真は3月14日)。
REUTERS/Issei Kato
今回のコロナ危機での、日本のリーダーの対応のスピード感はどうだろう。
安倍首相が本件で最初に会見をしたのは、2月29日。日本で最初に感染者が確認されたのは1月16日なので6週間後。
1月23日には武漢が封鎖されたが、1月25日からの春節では、数多くの中国人が日本を訪れた。28日には、日本国内で感染経路が不明な感染者第1号が確認され、1月30日には、WHO(世界保健機関)が世界的緊急事態を宣言。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」が2月3日に入港すると、船内感染に対する懸念が日々高まり、世界中からの注目が集まった。
2月11日には、中国の新型コロナウイルスによる死者が1000人を突破、2月24日にはWHOがパンデミック(感染爆発)の可能性について言及。
しかしこの間、表に出て会見を行ったのは専ら加藤厚生労働大臣で、首相自身が国民に対して直接語りかけることは一度もなかった。2月25日のロイターでは、「安倍首相はどこに」と題された記事が流れたほどだ。
なぜ国民の前に出てくるまでにこれほど時間がかかったのか。その理由が何であったにせよ、私は長すぎる沈黙だったと思う。異常事態が起き、一刻を争う中、重要なのは対応の完璧さよりも、最高責任者が早く前に出てきて、自らの責任で決めた明確な方向性を伝えることだ。
2. 事実と専門知識に基づいた判断
危機の時には情報が錯綜する。特にSNS時代、事実とフェイクニュースの分別はますます難しくなっている。
リーダーは冷静で的確な情報を発信し、ときには錯綜する情報の誤りを訂正し、統制することも求められる。国民にとって悪いニュースほど包み隠さず、伝えることが求められる。それが国内的にも国際的にも結果的に一番信頼を損なわない。
現実を正確に把握できなければ、将来のシナリオのデザインも心の準備もできないからだ。
現実を包み隠さず伝えたドイツ首相
ドイツのメルケル首相は3月18日の演説でも、国民に呼びかけた。医療関係者の労苦をいたわる内容がSNS上などで拡散された。
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今回のコロナ危機で、ドイツのメルケル首相は3月11日、
「我々は、多くの人々が感染するだろうということを理解しなくてはなりません。現在のような状態が続けば、人口の60%から70%がコロナウイルスに感染するというのが専門家の間のコンセンサスです」
と述べた。
これは各国のリーダーの発言の中でも特に、現実を包み隠さず伝えたものとして報道された。一歩間違えばパニックを引き起こす可能性もある厳しい話だが、彼女の場合、普段から冷静なスタイルで知られているので、国民も落ち着いて受け止めたのではないだろうか。
ちなみにメルケル首相は、量子化学の博士号を持つ科学者だ。さらに彼女のこの会見には、保健大臣と公衆衛生機関のトップが同席した。彼女は、これら専門家からの意見を得て現状の理解に努めていると述べている。
また、メルケル首相が3月18日に行った演説は、現在の困難な状況について論理的に説明するとともに、民主主義において人権の制限は容易に行われてはならないこと、それでも今は厳しい措置がどうしても必要であることを国民に訴えかけた。
冷戦下の東独で育った彼女ならではの言葉の重みがあった。そして、スーパーマーケットで働く人々や、医療関係者への感謝も述べ、その内容の素晴らしさがSNS上で広く拡散された。
イギリスのジョンソン首相、アメリカのトランプ大統領の会見でも、専門家が同席していた。専門家たちが顔を見せることは、科学に基づいた情報収集と判断をしていることを示す効果がある。
先手先手の動きをした台湾総統
台湾の蔡英文総統は、マスクの供給や配給に対しても素早く体制を整えた。
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今回の危機で一気に株が上がった1つの国が台湾だろう。
蔡英文総統は、感染者が1人も出ていない1月15日の時点で新型コロナウイルスを法定感染症に定めた。1月26日には、中国・湖北省住民の入境を禁止、2月6日には中国本土在住者の台湾入境とクルーズ船寄港を禁止と、迅速に厳しい措置を講じた。
これら先手先手の動きには、蔡総統が重症急性呼吸器症候群(SARS)の際、対中政策を所管する閣僚として感染対策を指揮した経験が生きていると言われている。陳副総統が防疫専門家であることもプラスだっただろう。
台湾政府は学校向けの対策でも周到だった。2週間の小中学校休校を前に、保護者の休業制度を導入し、休校中に学校の防疫対策を整え、授業の遅れを取り戻すプランを立て、防疫と教育を両立させている。
2月時点での蔡氏の支持率は68.5%。1月と比べ11.8ポイントも上昇。感染対策では「80点以上」とした人が75.3%にものぼった。
説明力と言語力を発揮した韓国外交部長官
韓国の康京和外交部長官は、検査方針について完璧な英語で取材に答えた。
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もう1人、アジア人女性で今回光っているのが、韓国の康京和外交部長官だ。
韓国は一時感染者が急増し、韓国からの入国を制限する国も増えた。3月15日、BBCに出演した康長官は、完璧な英語で理路整然と質問に答えた。
「1日に2万人も検査されているそうですね?」と聞かれると、「早期発見・治療のためにも、更なる感染を最小化するためにも検査は必須です。これは致死率を低く抑えるための鍵でもあります。1月中旬に中国の遺伝子情報が発表された後、我が国では素早く検査の準備や道具を整えてきたので、このようなことが可能になりました」
このインタビューが、BBCのTwitterアカウントに掲載されると、「外務大臣て、こんなに説明能力と発話力と言語力の高さがあるものなの?」「こんな美しい英語を喋る、優秀な政治家がうちの国にいたなら」などという絶賛コメントが多数ついた。
発信力の弱さから検査方針に疑念集める日本
加藤厚労大臣は、検査や対策の方針について説明しているが、そのメッセージは海外にはなかなか伝わっていない。海外では、日本の検査数が他国に比べて少ないことを不審に思う声も上がっている。
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日本での検査数の少なさが海外からは注目を集めている。
検査や対策については各国の方針の違いもあるが、この点について加藤厚労大臣は、
「検査を抑制しているわけではない。必要な検査ができるよう努力していく」「能力と必要な検査数は必ずしもパラレルではない」
などと述べてきたが、そのメッセージは少なくとも海外にはなかなか伝わっていない。
そのせいもあり、海外では「日本政府はオリンピックを開催したいがために、公表感染者数をあえて少なく抑えようとしているのではないか」という憶測を呼ぶことになった。
政府は、検査数が他国に比べて少ない理由について、しっかり日本語と英語で論理的に発信するべきだろう。感染症がグローバルで取り組む課題になった今、国内のみならず海外への情報発信が非常に重要だ。
3. 率直で、マメなコミュニケーション
先が見えない不安の中で、リーダーを「この人が言うなら信じられる」と思えるか否かはとても大きい。異常事態の中にいる時、「何かを隠されているかもしれない」という疑念は大きなストレスになるし、非生産的だ。
民衆の不安について先回りした対応と、こまめな情報の共有。ジュリアーニ元市長のように、新しいニュースがなくてもマメに発信し続けることは、それだけで見る側を勇気付け、その人物に対する信頼につながる。
仮に何かの判断に失敗した場合、「こういう理由でこのような判断をしたが、それは、正しくなかった。ここから先はこのように改めます」と潔く認め、方向転換してくれた方が、聞き手はよっぽど納得する。
詳細でクリアなメッセージ発信したシンガポール首相
シンガポールのリー・シェンロン首相が2月8日に英語と中国語、マレー語で国民に向けた約9分のビデオメッセージは、この点で非常に優れていた。
シンガポールのリー・シェンロン首相。「私たちはこの問題を乗り越えることができる」と国民を勇気付けた。
彼は、まず新型コロナウイルスについて今分かっていること、感染拡大防止のために政府や専門家が行っていることを、詳細かつクリアに説明した。
「今日はあなた方に直接、今の状況、そして何が待ち受けているのかをお話したいと思います。
われわれは17年前にSARSを経験しており、コロナウイルスに対応できるよう、しっかりと準備ができています。十分な量のマスクと個人用の保護用品を確保しており、医療施設も拡張し、改善させてきました。
ウイルスについて、より高度な研究能力を実現し、医師・看護師はさらに訓練されており、心理的にも準備ができています。シンガポール人は何を予期し、どのように対応するのかを知っているのです。
何より大事なのは、SARSを克服し、私たちはこの問題を乗り越えることができることを分かっていることです」
その上で、のちに戦略を変更せざるを得ない時が来るかもしれないことも述べ、
「我々は先を考えて、次のいくつかの段階を予想しています。 そして今、私はこのような可能性があることを、あなたがたに共有しています」
と言う。とてもストレートだ。
そして、国民の不安を受け止めた上で、落ち着かせ、勇気づける。
「本当に問われていることは、私たちの社会結束力と心理的な耐性です。 恐怖と不安は、人間の自然な反応です。
私たちは誰でも、新しい未知の病気から自分自身や家族を守りたいと思うものです。 しかし恐怖は、ウイルス自体よりも大きな害を及ぼす可能性があります。
このストレスフルな状況を、私たちは勇気を奮い起こして、一緒に見守っていく必要があります」
現時点でできることとできないことを率直に語り、国民が知るべきことは全てシェアしていくと約束し、国民を勇気づける。危機の時のコミュニケーションとしては、満点ではないかと思う。
このスピーチの約1カ月後、首相は再び国民へのメッセージを発信し、過去1カ月で明らかになったこと(当初予想していたよりも長い戦いになるであろうこと)を淡々と伝えている。
国民の懸念に寄り添った加首相や仏大統領
カナダのトルドー首相は、「政府が国民に大きな財政的損失を負わせることはない」と述べ、国民に安心感を与えた。
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カナダのトルドー首相、フランスのマクロン大統領も、庶民の懸念に寄り添ったスピーチと、先回りした政策案で注目を集めた。
トルドー首相は、
「政府が現在のCOVID-19の発生によりカナダ人に大きな財政的損失を負わせることはありません」
「COVID-19により、家賃の支払い、食料品の購入、また危機のために発生するチャイルドケア費用について心配する必要はありません」
と述べている。
マクロン大統領も、
「いかなる企業も破綻させない」
「フリーランス、個人事業主、中小企業その他を徹底的に守る。そのための財政出動をする」
「国が守ります。安心してください」
と語り、家賃や光熱水費などの支払いを先送りできるとした。医療関係者がホテルやタクシーを使う場合、仏政府が経費を肩代わりする。
リーダーシップを発揮した日本の自治体首長
日本にも、力強い発信力のリーダーたちはいる。
例えば北海道の鈴木直道知事は2月26日、全道の小中学校に7日間休校を要請し、その2日後には緊急事態宣言も発表した。
思い切った政治的決断を迅速に行っただけでなく、会見で
「前例のないことなので、やりすぎではないかというご批判もあるかもしれませんが、政治判断は結果がすべてなので、結果責任は知事が負います」
と率直に述べたことが、メディアやSNSで広く取り上げられた。鈴木知事は、元東京都職員。まだ39歳という若さだが、2019年に北海道知事に就任する前は、夕張市長を2期務め、財政再建に尽力した。
つくば市の五十嵐立青市長は、3月2日から一斉休校を求める安倍首相からの要請に対し、市独自で仕事を休めない保護者の準備期間も考えて3月6日からの休校と判断、その上で登校も可能にし、希望者には給食も提供するという独自の方針を発表した。市長がTwitterで発信すると、「つくば市民の方々は素晴らしい市長を選びましたね」「将来はつくば市に住みます」「かなりダメージが緩和される。賢い対応」など、多くの賞賛の声が寄せられた。
千葉市の熊谷俊人市長も、1~2年生で保護者が対応できない場合は学校で自習させるとし、
「学校よりも子ども同士の接触機会が多い学童に朝から夕方まで子どもを置くのは疫学上よくありませんし、そもそも指導員の負担を考えれば現実的ではありません(そもそも急に確保できない)」
とTwitterで自らの考えを明確に表明している。熊谷市長は、千葉県が大打撃を受けた2019年の台風17号・19号の際にも、迅速な決断力や分かりやすい発信で注目を集めた。
これらの若い首長は、いずれもスピード感があり、現実的で、コミュニケーションが明快だ。彼らの姿を見て、励まされた日本人も多かったはずだ。
では、安倍首相は?
安倍首相の1回目の会見(2月29日)は、危機への「緊急会見」としては遅すぎたと思う。この日までに国内には、拡散するウイルスへの恐怖、「政府はこの危機への対策があるのか?」という不安が充満していた。「なぜ何もメッセージを発信しないのだろう?」という疑問も湧いた。
会見では、
「私の責任において」「万全の対応を採る決意」「しっかりと対策を講じます」「未来を先取りする変革を一気に進めます」「盤石な検査体制」「危機にあっては、常に最悪の事態を想定し、あらかじめ備えることが重要です」「もはや待ったなし」「正確な情報をいち早く発信していきたい」
などという言葉が並んだ。
それもプロンプターの原稿を読んでいたので、率直なメッセージや切迫感が伝わってこない。さらに記者からの質問を途中で打ち切るなどの対応に批判が殺到した。
4. 人々の不安に寄り添い、インスパイア(鼓舞)できるか
国が傷ついている時、リーダーには民衆の不安に寄り添い、癒し、鼓舞する役が求められる。人々は「君たちの不安は分かる。でも、我々は必ずこれを乗り越えられる」と言って欲しいのだ。
前出の1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件後の追悼式で、クリントン元大統領はテロリズム、暴力、憎悪を厳しく糾弾すると同時に、愛する人々を失った人々にこう訴えかけた。
「皆さんが感じている怒りは当然です。でも、それに消耗されてはなりません。
皆さんが感じている痛みを憎しみに向けさせてはいけません。そうではなく、正義の追求に向けさせなくてはなりません。
皆さんが感じている喪失に自分たちの生活を麻痺させてはなりません。そうではなく、皆さんの最愛の人がやり残したさまざまなことを引き続き行うことで、彼らに敬意を捧げようとしなくてはなりません。そうして、彼らが無駄に死んだのではなかったことを、確かなものにするのです」
このような場面で、リーダーが怒りや悲しみといった感情を露わにすることは悪いことではない。聴衆は、「この人も、今私たちと同様に苦しんでいるのだ。人間として、本音で喋っているのだ」とシンパシーを感じることができる。
混沌の中では、多くの人が恐怖に襲われ、潜在的に持っていた差別意識や猜疑心にとらわれてしまう。そんな中、本当に人間にとって大切なことが何なのかを気付かせるのも、指導者の大事な役割の1つだ。
大打撃を受けているイタリアでは
イタリアのコンテ首相は、真摯で、言葉の端々に人間味が感じられる演説で国民に語りかけた。
REUTERS/Remo Casilli
今回のコロナ危機で最も大きな打撃を受けている地域の1つ、イタリア北東部ミラノの高校の校長先生が生徒たちに向けて発信したメッセージも多くの人をハッとさせ、感動させるものだった。
この先生は、17世紀にペストが流行した時の様子を描いた古典「許嫁」を引用し、現在起きている外国人や感染源への疑心暗鬼、デマなどは、すべて「許嫁」の中に書かれており、人間はその歴史を繰り返しているのだと指摘。最も恐るべきリスクは、社会生活と人間関係が毒されることであり、理性を保って日常生活を送ることが大事だと述べた。
同じくイタリアのコンテ首相も強引とも見える政策を含め、リーダーシップを発揮している。非常に厳しい人々の移動の制限などを求めつつ、彼が国民に語りかける演説は真摯で、言葉の端々に人間味が感じられる。
彼は4月3日まで移動や集会を禁じる政策について、
「今日は距離をおきましょう。明日(未来)、より早く駆け寄り、より愛情をもって抱きしめ合えるように。私たちにはできる」
と述べた。
首相のこの言葉に心を動かされた人が多かったのだろう。今、ネット上には、「Tutti insieme ce la faremo(All together we will do it)」というタイトルの、一般市民が作った微笑ましいビデオがいくつもアップされている。
日本は世界からどう見えているのか。ニューヨーク在住の渡邊裕子さんが感じている今の日本は、グローバルな常識からポッカリ取り残されているように見える、と言います。世界と日本の温度差について、月1回のコラムで書いてもらいます。
(文・渡邊裕子、デザイン・星野美緒)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny