新型コロナウイルスの流行で、世界の景気後退が確実視されている。
ただ、当面の景気の先行きも不安だが、人生100年とも言われる長寿の時代。これから長い人生を送る20〜30代は、一体、将来どれだけの貯金をすればいいのか。老後はどうなるのか。漠然とした将来の不安を常に抱えて生きている。
若年層、現役世代の老後のモヤモヤに明確に答えてくれる『35歳から創る自分の年金』。
撮影:滝川麻衣子
そんなモヤモヤに明確に答えてくれるのが、自身も34歳で、2度の育休を取得しながら共働き子育て中のエコノミストが書いた『35歳から創る自分の年金』。年金や老後をめぐる問題をデータから丁寧に読み解く、現役世代(リタイアしていない世代)の必読書になっている。
本著で世帯のパターン別に将来の年金受け取り額を試算したところ、共働き世帯は、政府が年金制度の基準世帯としてきた「モデル世帯(妻が専業主婦または夫の扶養内で働く)」を大きく上回ったという。
家族や共助のかたちも変わる今、「私たちに待ち受けている未来は、決して暗いものではない」と話す、著者の是枝俊悟さん(大和総研金融調査部研究員)に、現役世代の年金や老後をめぐるモヤモヤを解く6つのカギを聞いた。
高校の同窓会に集まった女性たちは
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「自分たちの世代は親世代とはずいぶん変わってきている ——」
もともと、従来のモデル世帯(夫が正社員、妻が専業主婦か夫の扶養内での労働)で年金の未来図を捉え、「自分たちの老後は厳しいものになるのでは……」とのイメージをもっていた是枝さんが、年金を考える前提を大きく変えるきっかけになったのが、2019年末の高校の同窓会だったという。
バーでの会食スタイルの同窓会に出席した是枝さんは、結婚して子育て中の同級生が多いにもかかわらず、同窓会に出席した女性の全員が働いて収入を得ていることに、ハッとした。
進学校ということもあったとはいえ、
「今や結婚や出産を経ても働き続ける女性が多数派なのだと実感しました。しかも、子どもがいても同窓会の場に来られるということは、夫なりシッターなり見てくれる人がいるということ。これは、34歳の私たちの親世代には珍しいことだったはずです」(是枝さん)
ライフスタイルが上の世代とは変わりつつある、今の若い世代の年金は老後はどうなっていくのか。本著から6つのポイントを見てみよう。
1.とりあえず年金は大丈夫そうだ
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「現役世代にとって年金は、あまり期待できないにも関わらず毎月けっこうな保険料を取られる厄介な存在に感じるかも知れませんが『将来、年金がもらえない』ということは到底なさそうです」
是枝さんはそもそもの年金制度の明るい見通しの根拠として、日本の年金制度が採用する「マクロ経済スライド」方式と積立金の存在を挙げる。
「これから年金を受け取る人だけでなく、すでに年金を受け取り始めている人も含めて、年金額の調整が自動的に行われる仕組みです。今を生きる人たち同士で痛み分けができるのです」
2018年度末で約200兆円と、積立金は巨額にのぼる。
「保険料を支払う人と給付を受ける人のバランスがもっとも難しくなる時期(2050年頃)から、計画的に積立金を取り崩すことになっています。このため、私たちがもらえる年金額は、それほど厳しいものにはならない見込みです」
2.共働きで受け取る世帯年金額は上がる
著者の大和総研金融調査部研究員、是枝俊悟さん。Business Insiderでも夫婦や家族、お金の話で連載をしている。
撮影:滝川麻衣子
では、実際の受け取り額はどうなるだろう。現代の高齢者に比べて「減るに違いない」というぼんやりしたイメージを、「ある条件」の下に是枝さんは払拭する。
キーになるのが「女性も働いていること」だ。
「政府が年金支給額の目安としている『モデル世帯』では、夫が働き妻が専業主婦(または扶養内の労働)を前提にしています。しかし、時代が変わって職場にとどまり昇進していく女性は、確実に増えている。低収入であっても、厚生年金に加入して夫婦で働けば、まずまずの年金額になります」
老後に受け取る年金額は「年金額=基礎年金+厚生年金」で求められる。
厚生年金額は生涯年収に比例するので、世帯ごとの年金額は、妻が専業主婦の「モデル世帯」では妻分の厚生年金額はゼロ。しかし、夫婦共に働くケースでは当然ながら妻の厚生年金が上乗せされる。
本著では男女の収入別に18パターンの組み合わせで年金額を試算しているが、そのうち13パターンでモデル世帯より、受け取る年金は多くなった(下図参照)。
出典:大和総研試算
3.女性も働く社会は、経済シナリオも変える
撮影:今村拓馬
では、35歳の人が年金の受給開始年齢となる2050年時点の「自分の年金額」はどうか。
是枝さんはマクロの経済状況をパターン分けして受け取れる年金額を収入別に試算。
- 目標シナリオ…高齢者と女性の就業率が上昇し、少子高齢化が進んでも経済規模が拡大するケース
- 国力維持シナリオ…長期の経済成長をゼロと見込むケース
- 衰退シナリオ…実質GDPが毎年0.5%減少のマイナス成長が続くケース
このうち、日本の実質GDPが減少し続ける衰退シナリオであっても、夫婦共働き世帯ならば、2019年時点のモデル世帯以上の年金額を確保できると指摘する。
しかし、配偶者が専業主婦または扶養の範囲内の収入の場合は、経済状況(国力維持シナリオまたは衰退シナリオ)によっては2019年時点より減っていく可能性がある。
「とくに老後に安心したければ、共働きを続けるというのは、これからの時代の常識になるかもしれません。それぞれの世帯が自分の老後を豊かにするために働き続けることで、日本経済全体が今より豊かになり、経済状況そのものも好転させることができます」
女性も働く世帯は年金受取額も多く、女性の働く社会は前提の経済シナリオも好転させる。
4.子育ての社会化、役割固定化からの解放
ただ、こうした共働き世帯が増えていくためには「子育ての社会化」が必要だ。是枝さんは著書で、6歳未満児に対して保育園定員数の割合が増えていることを指摘。「保育園はまさに子育ての社会化のインフラ」(是枝さん)であり、環境は整いつつあるとみる。
さらに、共働きを続けていくには、夫婦の家事育児分担も欠かせない。
総務省調査によると、家事育児の8割は妻によって行われており「妻の仕事や生活にはかなり無理が生じている」と、是枝さんは言う。従来の「子育て家事は女性の担当」といった役割の固定化から女性が解放されることは、共働き社会では不可欠だ。
5.共働き世帯は低所得層、高齢層を支える
撮影:今村拓馬
夫婦ともに稼ぐ「共働き世帯」は生涯賃金も年金受取額も確かに多くなる見込みだが、現役時代の年収と比べた年金額の割合(所得代替率)は低くなり、「自分の現役時代と比べて相対的な貧しさを感じやすくなる」(是枝さん)のも事実。
年金には所得再分配機能があるため、共働きにより豊かになった世帯は、どちらかというと「親世代や、同世代でもより所得の低い世帯に支給される年金を、支える側に回る」(是枝さん)からだ。
本著では「つみたてNISA」や「確定拠出年金」など、公的年金を補う形で個人の資産運用を勧めると共に、受け取る側と支える側が時期によって変わる「サイクル」の考え方を示す。
「子どもを持っても共働きを続けられる社会をしっかり作り、豊かな共働き世帯がより多くの社会保険料を支払って社会保障を回すサイクルを作ることが、『全世代型社会保障』だと捉えることもできるのではないでしょうか」
6.老後のカギ握るのは家族の多様化
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「共働き世帯」がこれからの年金制度のキーになるのは理解できるが、全ての人が結婚する時代ではもはやない。35歳の男性の4割、女性の3割は未婚者だ。共働き夫婦だけが有効な選択肢なのか。
こうした疑問について是枝さんは「共働き」や「共助」は従来のスタイルにこだわる必要はないという。
「結婚に限らずとも、共に暮らす仲間がいることが老後の大切な準備。シェアハウスで暮らす、頼れる友人、親戚など老後を一緒に暮らす仲間を作ることが大事になります」
将来的に、単身の高齢者の貧困が深刻化する可能性があるが、その理由の一つは、単身世帯の生活コストが割高なこと。その計算は本著に詳しいが、
「生活コストが割高で1人の年金で暮らす単身者が、結婚でなくても2人(複数)で暮らすことができれば、老後の見通しはかなり明るい。遺族年金の支給対象を同性カップルにも広げるなど、共に暮らす高齢者の生活を支える制度を、国も拡充すべきだと思っています」
変化の受容が生む未来
ところで、新型コロナショックのような危機で将来の年金に影響はないのか。是枝さんはこういう。
「今年に入ってからの株価下落で、2019年度は1割ほどの損失が(積立金に)生じたかもしれません。しかし100年先まで見通して運用している年金にとって、この程度の損失が一時的に生じることは想定の範囲内でしょう」
夫が稼ぎ、妻が家庭を支える ——。従来通りのモデル世帯の家族観では明らかに先行きの厳しい年金制度だが、共働きや共助のかたち、家族のかたちの多様化を社会が受け入れること。制度がそれを支えることで、変化が新たな未来を作り出す可能性はひらけている。その実感と根拠に、本著で触れてみてほしい。
(文・滝川麻衣子)