新型iPad Pro。試用したのは、12.9インチのWi-Fi+セルラーモデル。カラーはスペースグレイで、ストレージは1TBの「最上位モデル」だ。
撮影:西田宗千佳
現在のアップルにとって、iPadが重要な製品であることに疑いはない。もちろん、同社の主軸がiPhoneであるのは間違いないが、「新しいコンピューター」としての可能性を追求する商品としては、「iPad Pro」がリードプロダクトと言っていいだろう。
今回発表された新型iPad Proでは、その方向性を強く感じた。OSを着実に進化させることでPCとの差を埋め、ハードウェアを進化させることで「PCと違うコンピューター」を指向している。
マウス/タッチパッド対応でiPadがより“PC的”に
今回はiPad Proだけではなく、Smart Keyboard・Apple Pencil 2に加え、「Magic TrackPad 2」も貸し出された。
撮影:西田宗千佳
まずは「PC的な使い勝手」だ。
新iPad Proには、最新のiPadOSである「iPadOS 13.4」がインストールされた形で出荷される。iPadOS 13.4の最大の特徴は、マウス/タッチパッドが正式にサポートされることだ。
従来から裏技的にマウスは使えるようになっていたが、今回から大幅に機能が強化され、使いやすくなる。
実は評価用のiPad Proが貸し出される際には、アップルから同時に「Magic TrackPad 2」も貸し出されている。セットで使うと、iPadOS 13.4の機能をすべて使えるからだ。
iPadOS 13.4では設定項目の中に「トラックパッドとマウス」という項目が増えている。
タッチパッドのサポートは、iPadを「PC的に使う」時の操作感を劇的に変える。主にテキスト選択に感じていたストレスがスッパリ消える。
メニュー選択からボタンのクリックまで、iPadで行うUIのほとんどがマウス/タッチパッドの「クリック」で行えるようになっているし、その挙動もわかりやすい。
iPadOS 13.4でのタッチパッドサポートの様子。見慣れたマウスカーソルとは違う形だが、意外なほど「あたりまえ」のように使える。
ただ、マウスとタッチパッドではどちらが使いやすいかというと、タッチパッドの方だ。
なぜなら、「三本指によるジェスチャー操作」が使えるかどうか、が重要だからだ。タッチパッドを使った場合、指を三本同時にタッチして「上」にスワイプすると「ホーム」表示、左右に動かすと「アプリ切り替え」になる。これが快適だ。
画面を直接タッチしていた時と同じ印象なのだが、マウスだとそのジェスチャーがないので、「マウスカーソルを大きく動かす」か「マウスから手を離して画面を操作する」必要がある。
5月に出荷が予定されている「Magic Keyboard」にはタッチパッドが搭載されているが、それは、iPadOS自体がタッチパッドに最適化されているため、ということなのだろう。
なお、もちろん、ジェスチャーによるアプリ切り替えなどが使えないだけで、普通のBluetoothマウスやUSB接続マウスも使える。
ハードの進化は小幅。ただし「カメラとLiDAR」を除く
音量調節ボタンなどのUIは、位置もサイズも変わらない
撮影:西田宗千佳
こうしたタッチパッドの機能はあくまで「iPadOS 13.4」で拡張されるものであり、新iPad Pro独自のものではない。
そうなると「新iPad Proでなくても、旧モデルやiPad(第7世代)やiPad miniでもいいのでは?」と思えるかも知れない。それは一面の真実だ。
新iPad Proと、2018年発売のiPad Proとの“差”は「カメラやLiDARを除けば」さほど大きくない。ディスプレイも同じだし、デザインやボタン位置、インターフェイスにも違いはない。
インターフェースはUSB Type-C。ここも2018年モデルと同じだ。
撮影:西田宗千佳
付属品は、USB Type-CのケーブルとACアダプター、マニュアルやシールと、アップル製品としてはお馴染みのシンプルなセット。
撮影:西田宗千佳
CPUのベンチマークをとってみたが、両者の違いは小さい。チップセットは同じ「A12」世代であり、強化点が主にGPUだからだろう。Wi-Fiは最新の「Wi-Fi6」になり、セルラーでの通信速度も上がっているが、その点を評価して「是が非にも買い換えよう」と言えるほどではない。
メインメモリーが全モデルで6GBになっている、という情報もあるが、これもCPU・GPUやWi-Fiの性能アップと同じで、「そうであることが望ましい」という情報に過ぎない。
黒(上)が2020年モデルの、白(下)が2018年モデルのベンチマーク(Geekbench 5を利用)。数値の差はほぼ「誤差」レベルだ。
すでにあるiPadの使い方で満足するなら、新モデルを無理に選ぶ必要はない。ただ、先ほど挙げた「カメラとLiDAR」の部分については、圧倒的な違いを生み出す。
LiDARはARのために。空間を「瞬時に立体」に捉えて活用
新iPad Proのカメラ部。「広角」と「超広角」の二眼になった他、LiDARも搭載。二眼のカメラの隣にある、黒い丸の中にある。
撮影:西田宗千佳
まず「LiDAR」だ。LiDARとは「Light Detection And Ranging」の略で、光をつかって「距離を測る」ためのセンサーである。光の到達時間を計ることから、「Time of Flight(ToF)センサー」とも呼ばれる。
LiDARは「自動運転車に搭載されるもの」としても認識されている。けれども、LiDARにも色々な仕組みがあり、特徴も千差万別だ。現在はスマホにもLiDAR・ToFセンサーが搭載されるようになっていて、「距離を測る機能」がデジタル機器に搭載されるのはある意味トレンドといえる。
では、なにができるのか? 具体的には「AR」に使う。
iPhone 11 Proと2018年版iPad Pro、そして新iPad ProでのARの様子を比べてみたもの。新iPad Proは「空間認識」の能力が大きく向上したので、ARがより実用的なものになった。
大きく違うのだが、これは「なぜ違う」のだろうか?答えはまさに、LiDARで実現されることにある
従来からアップルは、iOS/iPadOS向けに「ARKit」を提供してきた。ARKitはスマホのカメラ+演算能力を使ってARを実現するフレームワーク。特別なハードウェアを使わず、多くの機器で使えることが美点だった
一方で、シンプルなものだけに、空間把握の能力には限界があった。机や床などの平面と壁くらいまでで、部屋に置かれた家具などの複雑な形状を認識するのは難しい。
また、カメラを認識に使う関係上、まずiPhoneやiPadを動かし、カメラでじっくりと周囲を認識する、というある種の「儀式」も必要だった。
より現実空間に合わせたAR表示が可能になる。
出典:アップル
しかし、LiDARを搭載したiPad Proでは大きく変わる。
まず「儀式」がなくなる。空間認識が素早く行えるので、単純に使い勝手が上がる。
階段や家具のような、多少複雑な空間構造も瞬時に把握し、それをARに活かすので、表現が自然になる。いままでだと、階段のような場所では「段を無視してCGが重なる」形だが、新iPad ProのARでは、CGと物体が重なる場合、CGの方が「消える」ようになっている。段に合わせて物体がちゃんと乗るようにもなる。
これらのことは、従来ごく一部のAR機器、例えばマイクロソフトの「HoloLens」などでしか実現できていなかった。しかし、iPad Proではそれらよりもずっと安価で、幅広い用途に使える。
新型iPad Proは「未来のARデバイス」のテスト機か
アップルがiPad ProにLiDARセンサーを載せた理由は?
出典:アップル
ToFセンサーを搭載した機器、スマホなどは他にもあるが、iPad Proの強みは、「ARKit」という強力なフレームワークに支えられている点だ。
実のところ、従来のアプリはそのまま動き、なにもしなくてもLiDARを活かして動作する。LiDARを完全に活用するためには新APIの利用が不可欠だが、その辺も、日本時間で3月25日深夜、iOS 13.4/iPadOS 13.4と同時に公開される「ARKit 3.5」でカバーされる。LiDARと二眼カメラを組み合わせた複雑なハードウェアも、さほど意識することなく活用できるようだ。
スマホやタブレット用のARなら、まだ可能性は発掘しきれていないので、別にLiDARは不要だったかもしれない。
だが、アップルは「将来はAR機器を作る」と公言している。時期も形もわからないが、新しい機器の準備が進んでいるのは間違いない。
HoloLensに近い空間把握能力をiPad Proが手に入れ、それをARKitがサポートできるとすれば、「アップルのARデバイスは、新iPad Proが持つような、空間を立体として素早く把握する能力を持つ」と予想できないだろうか? 新iPad Proは、将来のAR機器に向けた開発機材にもなり得る。
iPad ProのLiDARはスマホなどで採用されているものと特徴が異なる。
出典:アップル
ちなみ、LiDARには複数の方式がある。現在「ToFセンサー」と呼ばれているものも実際にはLiDARの一種だったりするので若干わかりにくい。
LiDARには、自動車向けなどで使われる、レーザーを直接照射し、その光が戻ってくるまでの時間で計測する「直接型」と、同様にレーザー光を使うものの、複数回計測して位相差を計り、そこから距離を出す「間接型」がある。
直接型は遠くまで計測しやすく、処理時間・負荷ともに小さいのが特徴だが、数メートル以内のような近い距離では精度が出にくい。
間接型は近くでも高い精度を出しやすいが、暗い場所や遠くの計測を狙うと消費電力が高くなりやすい。今スマホに搭載が進んでいるのは主に後者だが、今回iPad Proに使われたのは前者、「直接型」だ。
iPad ProのLiDARは5mの範囲で有効と、意外と距離が狭い。これは筆者の推測だが、カメラによる認識とLiDARによる情報を組み合わせて立体構造を把握しているのではないだろうか。そうやって、直接型LiDARの「速度」というメリットを活かしつつ、「精度」というマイナス点をカバーしているものと思われる。
“超広角”はアリ。タブレットにも高画質カメラは必須
もうひとつの要素が、カメラの「二眼化」だ。
撮影してみると、「広角」側は焦点距離29ミリ(以下すべて35ミリ換算)で、「超広角」側は同じく15ミリとなっていた。
「広角」側は2018年版のiPad Proとまったく同じ画角・性能であり、「超広角」が追加された、と思っていい。iPhone 11に搭載されているカメラともまた違う。
タブレットで本格的に写真を撮る人はまだ少ないかもしれない。だが、「ハイエンドスマホと差がないカメラ」がついていると、これはこれで便利だ。
筆者はプレゼンテーション中のメモやちょっとした書類のスキャンに、iPad Proのカメラを使ってきた。もはや、PCに本格的なカメラが搭載されていないのが不満に思うほどだ。また観光地では、家族などと一緒に画面を見ながら風景を撮影する姿も多く見かける。
iPhoneや他のスマホでも、超広角のカメラがある機種に慣れると、他の機種を使う時に不満を感じるものだ。そのくらい、「超広角」には価値がある。スマホで超広角のカメラが便利なように、タブレットでも便利に感じるのは当然だ。
今回の場合、iPhone 11 Proに比べると画角が少し狭いのが気になるが、ここは我慢できる範囲……と感じた。
こうした部分もまた、「PCではなくiPadを使う価値」であり、だとするならば、カメラが1つの旧モデルより、新モデルの方が望ましい、ということになるのではないだろうか。
個人的に期待しているのは「LiDARのカメラアプリ」への応用だ。
現状、標準搭載されているカメラアプリではLiDARは使われていないようだ。しかしアプリ開発者がうまく工夫すれば、「LiDARをつかって正確にピントとボケを再現するカメラ」を作ることもできるだろう。そうなると、実におもしろいのだが。
(文、撮影・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。