撮影:伊藤圭
企業の事業として社会課題の解決にどう取り組むか。多くの企業やビジネスパーソンが目指していることですが、永続的なビジネスとして取り組めている企業は多くありません。
ネスレ日本は、初の日本人トップである高岡浩三ネスレ日本社長兼CEOが、事業として社会課題に向き合うことを牽引してきました。
3月末で社長を退任する高岡氏に、Business Insider Japanが主催するビジネスカンファレンス「BEYOND MILLENNIALS 2020」で、「「社会の課題」はビジネスで解決する」と題して日本での取り組みなどを聞きました(聞き手はBusiness Insider Japan編集部)。
浜田敬子統括編集長(以下、浜田):早速ですが、みなさんご存じの「キットカット」の外袋がプラスチック製から紙に変わったんですよね。
高岡浩三さん(以下、高岡):はい。2019年9月から、世界に先駆けて日本でスタートしました。私たちはグローバル企業として、今後10年20年にわたって、プラスチックごみの課題解決をリードしていく方針です。 「キットカット」の売り上げは、世界の中でも日本がトップであるため、真っ先に日本で取り組まなければならないと考えたのです。
浜田:日本は環境問題対策で、世界的に遅れをとっています。プラスチックバックなども欧米に比べれば、まだ流通しています。そうしたなか、「キットカット」は世界で一番に取り組みました。これは高岡さんのご決断ですか?
高岡:これはトップダウンじゃないと決められないなと思いました。正直、コストも高くなります。技術的な問題から個包装は、紙製にすると品質の保持ができないので、まだプラスチック製ですが、まずは「できることからやろう」ということで外袋を変えました。
根底にあるのは「三方良し」の考え
浜田: 本日は、「社会の課題をビジネスで解決する」というテーマでお話を伺いたいと思っています。日本はCSRという部署をつくり、本業ではないところで社会貢献しようという企業が多いです。
今まで取材させていただいたなかで、ネスレ日本は事業を通して社会課題を解決しようという意識が社員に根付いていると感じました。
なぜそれができているのでしょうか。
高岡: 「企業の社会的責任」を意味するCSR(Corporate Social Responsibility)に対し、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)という新しい概念がありますよね。 これは、もともとはネスレ名誉会長のピーター・ブラベックがダボス会議で提唱し、経営学者のマイケル・ポーター教授が世界に広めたものなんです。 ブラベックは長年、ダボス会議の中心メンバーとして活動してきました。そのなかで、彼は企業としてCSRという慈善事業的な活動は長続きしない。企業の戦略として社会課題の解決に取り組むべきだと提唱したのです。
21世紀における重大な社会課題のひとつが人口増加です。2055年に世界の総人口は100億人を突破するとの推定も出ています。そうなると、食料消費が拡大し、生産がままならなくなる恐れがあります。
その課題解決のために、私たちネスレは、例えばチョコレートの原料となるカカオ豆を栽培する農家を支援し、収穫量増加を目的とした技術指導を行っています。カカオ豆の安定確保とともに、生産者の生活向上にもつながり、企業戦略の実現が社会課題の解決にもなっているわけです。
企業、生産者、消費者すべてが幸せになれる「三方良し」の考えが根底にあるのです。
企業としての強みをどう生かすか
ビジネスとして社会課題の解決にどう取り組むか。多くの企業が模索をしている。
撮影:今村拓馬
浜田:高岡さんはマーケターとして、さまざまな商品に付加価値を付けてこられました。例えば、「キットカット」は“受験生のお守り”として爆発的にヒットしました。これも受験生の不安を解消するという、広い意味での課題解決ですよね。どうしたら、そんな戦略を思いつくんでしょうか?
高岡:「キットカット」は、受験生応援キャンペーンをはじめ、期間限定やご当地限定シリーズ、最近では「キットカット ショコラトリー」というプレミアム商品もヒットしています。そうした過程で、成功体験の共通点は何かと考えてみたときに、“お客様の課題解決”だと気付いたんです。
浜田:後から気付かれたんですね。
高岡:もちろん後からです。CMでおなじみの「Have a break, have a KITKAT.」というキャッチコピーは、もともとは(breakに「休憩」と「キットカットを割る」という意味を掛けた)イギリスの言葉遊びなんです。
そこで日本人にとってのブレイクの本質的な意味は何かを探るべく、「あなたのブレイクは、どんな瞬間ですか?」というテーマで意見を募集したんです。その結果、日本人にとってのブレイクは単なる休憩ではなく、ストレスからの解放だとわかりました。特に、受験は学生にとっての一番のストレスで、九州の方言「きっと勝っとぉ」と結び付きました。お客様が課題解決の答えを見つけてくれたんです。 これからの時代は、食品メーカーとして、おいしさの追求だけでは顧客の課題解決はできないと感じています。
時代の変化とともに、顧客の課題も変わります。新たな課題に企業としての強みをどう生かしていくかが大切だと思います。
浜田:「キットカット」は “受験生のお守り”という付加価値を付けることで、受験生が宿泊するホテルでも「頑張ってね」と手渡されるという話を聞いたんですが、それはホテル側にとっても付加価値がありますよね。
高岡:おっしゃる通りです。「キットカット」を受験生に手渡すだけでホスピタリティが生まれ、感謝の声が届くわけです。“受験生のお守り”として広まり始めてから約20年が経ちますが、いまだに300軒以上のホテルが続けてくれています。
全社員が顧客の課題解決を提案する
高岡:最初は、「オフィスでおいしいコーヒーを安価で飲めるようにしたい」という思いからスタートしました。しかし、新たにスタッフを雇ってオフィスを訪問してもらうとなると、人件費がかかります。
そこで、ネットで会員を募集することにしたのですが、無報酬でやってくれる人がいるのかという不安もありました。ところが、北海道でテスト募集をしたところ、1週間で1500人もの応募があったんです。
浜田:それが想定外だったんですね。
高岡:嬉しい誤算でした。毎朝、職場で「ありがとう」と言われるのが嬉しいという声が多かった。
ネットの時代になって、対面でのコミュニケーションが減っていましたが、コーヒーマシンを置くことで、部署を超えた交流が生まれたという喜びの声も数多くいただきました。
浜田:ネスレでは、2011年から社内でイノベーションアワードを開催されています。これも高岡さんの発案で、全社員が自分の顧客の課題解決を提案するというものですよね。
高岡:社員全員で顧客の課題解決に取り組める仕組みをつくりたかったんです。スタートアップのように、立場や年齢に関係なく熱意のあるアイデアを採用したいという思いもありました。1位のアイデアは必ず事業戦略の柱に据え、優勝者本人がプロジェクトリーダーとなって事業化に向けて取り組んでもらいます。
学歴や雇用形態は関係ない
浜田:近年、新規事業創出に力を入れている会社も多いですが、2011年から全社員参加で新規事業を考えるというのはかなり早いと思います。
高岡:現在、当社は約2500人の正社員がいますが、2011年当時は、契約社員、派遣社員を含め約3000人の従業員がいました。面白いアイデアをもっているかは、雇用形態に関係ないと考え、契約社員、派遣社員も対象にしました。実は、後から優勝者の人事評価を調べてみると、約8割がいわゆるハイパフォーマーではなかったんです。
浜田:意外ですね。
高岡:僕は意外ではなかったんです。ネスレの子会社の社長時代に、他社から出向してきた社員に高卒の人が多くいました。そのときに、学歴は関係ないと感じたんです。 成功するアイデアは、10人中9人が反対するようなものです。みんなが賛成するようなアイデアは、他の会社もやるから競争に勝てない。面白いアイデアを思いつく人って、実は組織ではちょっと変わり者なのかもしれません。そういう人も含め、いろんな立場の人にチャンスを与えたかったんです。
自社の商品や技術リソースをどう結び付けるか
浜田:高岡さんは日本の一番の社会課題を高齢化と捉えられており、コーヒーマシンの「ネスカフェ バリスタ」を活用した高齢者見守りサービスも展開されてらっしゃいますね。
高岡:時代の変化とともに、核家族化が進み、一人暮らしの高齢者が増えていますよね。そうした一人暮らしの高齢者の孤独の問題をコーヒーで解決するにはどうしたらいいかと考え、IoTを活用したサービスを始めました。「ネスカフェ バリスタ」のスイッチを入れると、離れて暮らす家族のスマホに通知が届く仕組みになっています。大切な人とコーヒーを通じて、簡単につながることができるのです。
浜田:「お母さん、今日も元気だな」とわかるんですね。
高岡:そうです。このサービスを始めたところ、親子双方で贈り合いたいとお一人2台購入されるお客様も多くいらっしゃいました。一見、食品メーカーとは関係ない問題に見えても、自社の商品や技術リソースを社会課題にどう結び付けるかを考えると、ビジネスになるんです。そういう観点で、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)についても考えていくべきではないでしょうか。
高岡浩三(たかおか・こうぞう):ネスレ日本代表取締役社長兼CEO。1983年、神戸大学卒業後、ネスレ日本に入社。ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を成功させる。2005年、同社社長に就任。2010年、ネスレ日本副社長飲料事業本部長、同年11月より現職。「ネスカフェ アンバサダー」などの新しいビジネスモデルの構築を通じて高利益率を実現。2020年3月末で退任する。