撮影:伊藤圭
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う臨時休校が始まって以来、フリーランス協会代表理事を務める平田麻莉(37)の身辺は、にわかに慌ただしくなった。特に3月10日、政府の第2弾のコロナ緊急対策が発表されるまでの約1週間は、ほぼ不眠不休でフリーランスからの「悲鳴」対応に奔走した。
3月3日に協会が実施したアンケートには、1日で80人以上のフリーランスから回答が寄せられた。どれも収入減や、先行きへの不安を訴える声ばかりだ。
「今までの3分の1程度のお客様しか担当できず、歩合で決まるので収入が全然見込めません。これがいつまで続くのか(中略)…不安でなりません。小学生の子ども2人育てながらのシングル家庭なので、生活がかかってます」(美容師)
「休校に伴い習字教室も臨時休校せざるを得ず、収入がなくなる。それでも家賃や光熱費がかかる」(習字教室講師)
「シングルファーザーで小学生を抱え、休業を余儀なくされている」(エンジニア)
「想像以上に多くの人が打撃を受けている上に、いつまで影響が続くか分からず不安を募らせている」
と、平田自身が驚かされた。急きょ各省庁やメディアへ実態を知らせ、3月9日には政府へ救済措置などを求める緊急要請を提出した。
新型コロナウイルスの感染拡大でイベント自粛、外出自粛が続く。多くのフリーランスが仕事が亡くなったりと収入面で大きな影響を受けている
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結果、政府による第2弾の緊急対策には、臨時休校に伴う休業給付の支給対象にフリーランスも含めることや、個人向け緊急小口融資(無利子)の上限額を増やすことなどが盛り込まれた。
世界中に感染が広がり、先行きは未だに不透明だ。
それでも、
「世間にフリーランスの苦境を伝える役には立てた。またフリー当事者にも協会という『困った時に頼れる場所』があることを、知ってもらえたのでは」
と、平田は少しだけほっとした表情を見せた。
また、アンケートに応じたある女性(54)は語る。
「今月の家賃すらおぼつかないありさまだが、恥ずかしくて誰にも打ち明けられない。アンケートが悩みを受け止めてくれたし、私の声が国を動かす誰かに届くなら、それも嬉しい」
ないない尽くしを自己責任で片付けないで
撮影:伊藤圭
内閣府の2019年の調査によると、副業などを合わせた広義のフリーランス人口は341万人。働く人の5%程度と、まだまだ少数派だ。このため、今回のように不可抗力のリスクにさらされた場合のセーフティネットも、充実しているとは言い難い。
労災保険も厚生年金も適用外。もちろん雇用保険も対象外で、出産や育児、介護で休業しても給付金はない。社会保険料は全額自己負担で、会社員なら受けられる育休中の支払い免除制度もない。「フリーランスはないない尽くし」と、平田が言うゆえんだ。
このため協会は会員に対して、けがや病気で休業する際の所得を補償する保険(任意加入)のほか、健康診断・人間ドックの割引制度など、福利厚生に当たるサービスを提供している。セーフティネットに関する政策提言も行ってきた。
シェアリングエコノミーの発展で増えてきたUber Eats配達などのギグワーカーも個人事業主だ。
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これまでは、あるビジネスで実績を上げた人が、スキルも資金もある程度準備した上で独立してフリーランスになるのが一般的だった。しかし今は、育児や介護などのために、やむなく企業に属さない働き方を選ぶ人も増えている。シェアリングエコノミーなどの発展によって、例えばフードデリバリーサービス「Uber Eats」の配達員などの個人事業主も増えてきた。
一方、政府は働き方改革の中で、兼業・副業の促進をうたい、フリーランスに関するルール整備も進めようとしている。
「自由を選んだのに保障を求めるのはわがままだ、不満なら独立すべきではないという自己責任論はあるけれど、出産や介護などのライフリスクは働き方に関わらず誰もが背負っています。政府も自由な働き方を後押しするなら、相応の整備をしてほしい」
と、平田は訴える。
一方で、平田は「協会は労働組合ではない」とも強調する。自分たちの目先の権利を勝ち取ることより、労働市場全体のバランスを見ながら、働き方の選択肢を増やしていくという社会活動の機能を重視しているという。
撮影:伊藤圭
1982年生まれの平田の世代は、1995年の阪神淡路大震災、1997年の山一証券破たん、2000年前後の就職氷河期と、従来の価値観が大きく揺らぐ出来事を目の当たりにして育った。一つの会社に寄りかかって生きることを危ういと感じ、
「複数の名刺と収入源を持つ方が安心だ、という考えの友人も多い」(平田)
平田も協会代表理事のほか、本業である広報・出版プロデュースなど「複数の名刺」を持つ。初めて就職したPR会社ビルコムで50社あまりの顧客を担当した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール(KBS)で学ぶ傍ら同校の広報も務めた。
広報本来の姿を追い続けて
独立してからも多くの企業の広報アドバイザーや、「伝説の家政婦」タサン志麻のマネジメントなどを担う。
フリーランスで働く最大のメリットは「好奇心や使命感に素直になれること」だと、平田は断言する。
家事代行サービス「タスカジ」の広報を担当した当初、メディア関係者には「そんなセレブのサービス、一部の人しか使いませんよ」という声が多かった。
しかし、「働く女性を家事から解放する意義は大きい」と、平田は信じた。「拡大家族」という考え方を世間へ伝えることで、次第に「タスカジさん」と呼ばれる家政婦の活躍がバラエティ番組などで取り上げられるようになり、家事代行の認知度と、家政婦の社会的地位は大きく上昇した。
広報担当者の中にはメディア関係者と人脈を築き、担当企業の露出を増やすことが「成果」だと思い込む人もいる。だが平田は、
「伝えた情報によって、社会が善い方向へ変わるのが広報本来の姿」
と語った。
「好奇心が強すぎて絞り切れない」という平田は、高校では部活を2つ、大学ではゼミ2つとサークル4つを掛け持ちしてきた。今も協会の仕事と本業をこなしながら、6歳と4歳の子どもを育てる。
しかしどんなに忙しくても、ピリピリした表情を見せることはない。
「テンパりすぎると笑っちゃうんですよ。そういう時ほどアドレナリンが出るんです」
そう話しながら、やっぱり温和に笑う。平田の“掛け持ち人生”を、追いかけてみたい。
(敬称略、明日に続く)
(文・有馬知子、撮影・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。