撮影:今村拓馬
安定した収入があり、順調に貯蓄できていたとしても、お金の不安はゼロにはならないものです。特に「自分やパートナーが病気で働けなくなったら?」「親が倒れて介護が必要になったら?」といった不測の事態を想像すると、気持ちが焦ってしまう人も多いでしょう。
昨今、がんになって仕事を辞めたケースや親の介護のために離職したケースなどがメディアで数多く取り上げられています。コロナで失業したり収入が大幅に減ったりした人もいるでしょう。なかには金銭的な負担により人生設計が大きく狂ってしまう事例も。
こうした情報を耳にすれば「もしかしたら自分も……」となおさら不安を感じてしまうかもしれません。
「いざという時」のお金の不安に対して、私たちはどう備えればいいのでしょうか? その処方箋を、ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんに伺いました。
「もし何かあったら」の“何か”って?
病気やけがで思うように働けなくなったり、親の介護が必要になって仕事との両立が難しくなったりということは誰にでも起こりえます。いざというときに備えて不安を解消したいと考えた時、すぐに思いつくのは民間の保険に加入することかもしれません。
ファイナンシャルプランナーとして家計のご相談を受ける中でも、「不安なので保険に入りたい」というお話はよく聞きます。そこで「保険に入りたい理由は何ですか?」と尋ねると、「将来、何かあったら困るので」といったあいまいな答えが返ってきたりします。
このような場合、「その『何か』って、何でしょう?」と深く尋ねていくことで、不安が少しずつ具体化されていくことが少なくありません。
「上司と折り合いが悪いし、今の仕事はいつまで続けられるか分からない」
「将来収入が上がる見込みはないし、いつまで体力が持つか自信がない。病気になるかもしれないし……」
「いずれ、遠くに住んでいる親の面倒も見なくてはならないかもしれない」
漠然とした不安を軽くするには、こうして不安を具体化することが不可欠です。不安の種を可視化し、その中身を考えてみれば、解決策を検討することができるようになるからです。
「親の介護が心配」と不安に思うなら、不安の中身を具体的に書き出してみよう。大切なのは漠然とした不安を言語化する作業だ。
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例えば「親の介護が心配だ」というのは、親の健康状態が心配なのでしょうか。それとも介護のためのお金が心配なのでしょうか。あるいは、1人で抱え込むことが心配なのでしょうか。
こうして具体的に言語化した不安に対して解決策を考えることで、1つひとつの不安は「努力すれば何とかなりそうなこと」「いざとなったら人の力を借りるべきこと」「悩んでも仕方のないこと」などに整理できるでしょう。
そして「不安の解消につながるかどうか」という観点でチェックすると、民間の保険が解決してくれる不安というのは、実はあまり多くないことにも気づきます。
公的制度は意外に充実
そもそも、皆さんは給与の中から少なくない額の社会保険料を支払い、健康保険や介護保険、公的年金などに加入しています。いざという時の不安を軽くするには、民間の保険への加入を検討するより先に、公的制度について知ることが重要です。
公的制度については、「日本は少子高齢化で社会保障費が増大している」「今の20代、30代がもらえる年金は減る」といった論調で扱われ、目の敵にされがちです。
一方で、本当に行き詰まったときに生活保護というものがあることはなんとなく知っていても、生活保護に対するバッシングもある中で、「困窮することがあっても自分で何とかしなければならない」と思い込んでいる人が多いように思います。
結果、「公的制度はそんなに頼りにならないし、自分が頼るべきものでもない。ほとんどのことは自助努力で何とかしなければならない」というイメージを抱いてしまっている人が多いのではないでしょうか。
しかし日本の公的制度は、一般にイメージされているよりもかなり充実しています。
公的制度は何かと目の敵にされがちだが、意外に充実している。「民間の保険に入る前に、公的制度を詳しく知ることが大切です」と内藤さん。
撮影:今村拓馬
例えば自分やパートナーが病気で働けなくなった場合、まず心配するのが医療費でしょう。しかし国民皆保険制度のもと、公的医療保険に加入している皆さんは、医療費が青天井でかかるということはありません。1カ月あたりの医療費が所定の額を超えた場合は「高額療養費」として戻ってくるのです。
さらに勤務先で健康保険組合や共済組合に加入している場合、「付加給付」という手厚い上乗せがある場合もあります。付加給付により、1カ月の医療費の自己負担上限が2〜3万円となっているケースはめずらしくありません。
また、公的医療保険に加入している勤め人なら、病気やケガで働けなくなって給与が支払われない場合、最長1年6カ月にわたり「傷病手当金」が受給できます。働けない期間が1年6カ月を超えた場合は、障害年金を受給できる可能性があります。
いざという時の「調べる力・交渉力」
ここで紹介したのは、ごく一部の基本的なものばかりです。自治体ごとに設けられている制度も含め、ほかにも困った時のセーフティネットはたくさんあります。「困った時、公的制度を活用し切れば悲惨な状況にはならない」と頭に入れておくことが、不安軽減の第一歩になります。
ただし、公的制度の多くは「自分で調べたり窓口で相談したりして、使える制度が何かを知り、申請する」必要があります。逆に言えば、自ら動かなければどんなに役立つ制度があっても活用できず、金銭的・身体的な負担を自分で背負わざるを得なくなるということです。
では、いざという時に公的制度を活用し切るにはどうすればよいのでしょうか?
公的制度については、まず年金、医療、介護等についておおよその全体像を押さえておきましょう。そのうえで、いざ困った状況に陥った時に「いま使える制度は具体的に何があるか」を調べる力を持つことが重要です。
「自分でなんとかしなければならない」という考えは捨てて、適切な窓口に相談する。そうすることで自分の求めるサポートを得られるように。
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インターネットで検索してみることも有効ですが、検索して分からなければ適切な窓口に相談しましょう。大病や大怪我で入院した時などは、ある程度の規模の病院であれば医療ソーシャルワーカーがさまざまな相談に乗ってくれます。
また、介護に関することなら市区町村の「地域包括支援センター」が窓口です。どの窓口に相談すればいいか分からないような困りごとがあったら、市区町村の役所に電話し、どこに相談すべきかを尋ねてください。
例えば遠方に住む親の介護が必要になった時、「面倒を見るのは自分しかいないから、会社を辞めて田舎に帰るしかない」と考える人は少なくありません。
しかし、「自分が田舎に帰らなくても自立して生活できるよう、公的制度で日々のサポートが受けられないか」「いざ自立して生活できなくなった場合、親の年金の範囲で入所できる施設はないか」などと考え、公的制度について調べたり地域包括支援センターで相談したりすれば、打てる手が見つかる可能性は高いものです。
制度を最大限活用するためには、時には交渉力も必要です。自分が何に困っているのか、できることとできないことは何か等をきちんと相手に伝え、自分が求めるサポートを得られるように話を持っていくのです。
公的制度について知ると、どうしても負わなければならない金銭的・身体的負担は一般にイメージされているよりも限定的であることに気づくでしょう。いざという時は「調べる力」と「交渉力」を発揮し、戦略的に動くのだという意識を持つことができれば、お金の不安は大きく軽減できるはずです。
(了)
(構成・千葉はるか、撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子)
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内藤眞弓:ファイナンシャルプランナー、生活設計塾クルー取締役、一般社団法人FP&コミュニティ・カフェ代表。13年間の大手生命保険会社勤務の後、FPとして独立。一人ひとりの事情や考え方に即した生活設計、資金運用などの相談業務や各種団体のセミナー・講演等の講師としても活動。ビジネス・ブレークスルー「資産形成力養成講座」「エントリーコース」担当。主な著書に『お金のプロがすすめるお金上手な生き方』『医療保険は入ってはいけない![新版]』など。
千葉はるか:一橋大学法学部卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。「日経マネー」「日経ゼロワン」で編集記者職に従事した後、リクルートに転職。「就職ジャーナル」の編集、マーケティング等を手掛ける。2008年にエディトリアルデザイナー・イラストレーターの姉と共に会社を設立し独立。フリーランスライター・編集者として書籍、雑誌、ウェブサイト等の制作に携わっている。