「会計」や「ファイナンス」に苦手意識を持っている人は少なくないでしょう。けれど、数字を読み解くスキルは今やビジネスパーソンに必須。数字が物語ることの意味合いが分かれば、企業活動や経済事象をもっと解像度高くクリアに見通せるようになります。
この連載では、大手金融機関を経て現在はスタートアップ企業のCFOを務める村上茂久さんに、日々の経済ニュースや実際の決算データを事例にしながら「会計とファイナンスを同時並行で学ぶエッセンス」を解説していただきます。
今回は2回にわたり、新型コロナウイルスの影響で2月末から休園を余儀なくされている東京ディズニーリゾートの運営会社、オリエンタルランドの業績を考えていきます。
相次ぐ休園、“夢の国”も
中国・武漢に端を発した新型コロナウイルスの流行。3月にはアメリカやヨーロッパでも感染者数が爆発的に増加し、日本も今まさにその脅威にさらされています。
国内ではウイルス感染拡大防止のため、多くのイベントが中止や延期に追い込まれています。テーマパークなども休園の措置をとっており、年間約3000万人が来園する“夢の国”、東京ディズニーリゾート(TDR)も例外ではありません。
東京ディズニーランド(TDL)および東京ディズニーシー(TDS)を運営するオリエンタルランドは、「新型コロナウイルス感染症対策本部」からのイベント等の自粛要請を踏まえ、まず2月29日から3月15日までの休園を決定しましたが、その後休園期間を延長し、本稿執筆時点では再開の目処を4月20日以降としています 。
春休みと卒業シーズンが重なる3月から4月にかけては、通常ならTDRにとって1年の中でもとりわけ来園者が見込める“書き入れ時”のはず。この重要な時期に休園を余儀なくされるとなれば、3月末決算であるオリエンタルランドの業績にも当然、影響が及ぶでしょう。
果たしてそのインパクトはどれほどのものなのでしょうか?
このような疑問を持った時、本連載でこれまでに学んできた知識を活用するだけでも、かなりのことを「自分の頭で」考えられるようになります。
そこで今回は、これまでの連載を通じて身につけた知識と、「有価証券の評価替え」という新たな武器を使って、「コロナ禍に見舞われたオリエンタルランドの経営状態は大丈夫なのか?」というテーマを2回にわたり考えていくことにしましょう。
オリエンタルランドの株価はどう反応したか
連載第1回でもお話ししたとおり、会計は「過去の業績を示すもの」であり、ファイナンスは「未来の業績を見通したもの」です。
まずはファイナンス的な視点で、新型コロナの影響を受けて休園を余儀なくされたオリエンタルランドの株価がどう動いたのかを見てみましょう。2020年1月1日から3月31日までの値動きは次の通りです。
編集部作成
この3カ月間での最高値は1万6010円(1月14日)、直近の3月31日では1万3820円と、下落率は14%ほどです。同期間の日経平均株価はというと、1月17日に2020年の年初来高値である2万4115円を付けた後、3月31日には1万8834円まで、約22%下落しました。
この22%という数字を考えると、オリエンタルランドの下落率14%はむしろ、平均より「傷口は浅い」と言えるでしょう。
3つの指標から見える「株式市場からの期待」
株価という指標に関して注目していただきたいのは、株価推移の他にもうひとつ、株価に発行済株式総数を掛け合わせた「時価総額」です(本連載第1回を参照)。
そして、この時価総額を当期純利益・売上高・純資産のそれぞれで割ることによって、「PER」「PSR」「PBR」という3つの指標ができあがります。これらはみな、市場がその企業に対してどのくらいの期待を抱いているのかを測る“ものさし”と言えます(本連載第3回を参照)。
- PER:時価総額に比べて当期純利益が少ないほど、PERは高くなる。PERが高いほど、株式市場はその企業のことを「将来もっと成長するだろう」と見込んでいると言える。
- PSR:時価総額が売上高の何倍になっているのかを見る指標。先行投資をして赤字を出すことが珍しくないネット系企業やSaaS(Software as a Service)企業ではPERを分析に用いることができないため、このPSRがよく用いられる。PSRもPERと同様、数値が高いほど株式市場からの成長期待が高いことを意味する。
- PBR:企業の値段における「時価」と「簿価」を比較して、簿価に対してどのくらい価値が上がっているか下がっているかを確認する指標。仮に時価総額と純資産の値がぴったり同じだった場合、PBRは1になる。PBRが高いほど、株式市場はその企業に期待していることを意味する。
3つの指標の意味合いが分かったところで、ではオリエンタルランドのPER、PSR、PBRを見てみましょう(図表3)。
(出所)オリエンタルランドの有価証券報告書およびYahoo!ファイナンスより計算。PSRとPERの分子については、2019年度の業績予測を採用している。
コロナ禍の影響を受けて日経平均株価全体が急落し、2020年3月31日現在では、日経平均株価のPERは12.48倍、PBRは0.92倍になっています(PBRが1を下回るということは、理論上はすべての資産を売却しても純資産の簿価を回収できないことを意味します)。
このことを考えると、オリエンタルランドの3つの指標はいずれも高い水準のままで底堅いと言えます。特に、この状況にあっても「6.26倍」という数字を維持しているオリエンタルランドのPBRは、いかに高い水準であるかがお分かりいただけるでしょう。
ここまでで、少なくとも本稿執筆時点では、たとえTDRが休園を余儀なくされても株式市場は「オリエンタルランドの今後の収益がそれほどひどく落ち込むことはないだろう」と想定していることが分かりました。
となると、逆に不思議に思いませんか? いくら人気のテーマパークとはいえ、これだけの期間を休園せざるを得ない事態に陥っているのです。なぜ株式市場はオリエンタルランドに対して厳しい見方をしていないのでしょうか?
1カ月の休園で消失する売上規模は?
その疑問を解くため、今度は過去の業績を示す「会計的視点」から、オリエンタルランドを見ていくことにしましょう。
まずは連載第2回で学んだ損益計算書(P/L)をベースに確認します。
2020年1月におけるオリエンタルランドのIRプレゼンテーション資料によれば、2019年度(2020年3月期)の連結売上高は5038億円が見込まれていました。また、連結営業利益は1088億円、親会社株主に帰属する当期純利益は762億円が見込まれていました(図表4、※1)。
すでに2019年度第3四半期までの業績は開示されていますから、通期の業績見込みから引き算をすれば、2020年1〜3月の売上高等の見込みが分かります(図表5)。
(出所)オリエンタルランドの有価証券報告書と2020年1月IRプレゼンテーション資料から筆者作成。
ご覧のように、オリエンタルランドは2019年第4半期(2020年1〜3月)の3カ月で、実に1136億円の売上高を見込んでいたようです。
仮にこれを、単純に3で割って1カ月あたりの売上高見込みに直すと、ざっくり350億円以上。3月は春休みがあり卒業旅行シーズンでもあることから、1月や2月よりも多くの売上高を見込んでいてもおかしくありません。
では、売上高の内訳はどうなっているのでしょうか?
図表6のとおり、オリエンタルランドの売上高の実に約83%をテーマパーク事業が占めています。また、テーマパーク事業に関連してホテル事業の売上高が14%弱となっていて、これらの合計は97%にものぼります。このことが何を意味するのか——。
2月29日から3月31日までTDLとTDSを休園すれば、この1カ月間の売上のほとんどをオリエンタルランドは失うことになります。売上減少のインパクトは、少なく見積もっても先述した「350億円」以上となるでしょう。
売上が立たなければ売上原価もかからない
では、この期間の費用はどうでしょうか。
2019年度通期の売上高が5038億円、営業利益が1088億円の見込みとなっていることから、売上原価と販売費および一般管理費(販管費)を合計した費用は3950億円の想定となっています。
売上原価と販管費は第3四半期までですでに2892億円を計上していることから、その差額の1058億円が第4四半期(2020年1〜3月)の費用として見込まれていることが読み取れます。
ここで注目したいのは「売上原価率」です。売上原価率とは、売上高に占める売上原価の割合を表す指標です。売上原価が低い、つまり売上原価率が低いほど、少ないコストで売上を実現できていることになります。
売上原価率 = 売上原価 ÷ 売上高
オリエンタルランドの売上原価率を計算すると、2019年度第3四半期は61%、通期見込みでは64%です。ところが、第4四半期は約76%と、この四半期だけは売上原価を高めに見積もっていることが分かります(図表8)。
(出所)オリエンタルランドの有価証券報告書。ただし、2019年度見込みの売上原価と販管費の内訳については、2019年度第3四半期の割合を基準に計算。
残念ながらその理由は分かりませんが、ひとつの可能性として考えられるのは、3月は入園者数が多く見込まれるため、その分売上原価における人件費や諸経費が通常よりもかさむのかもしれません。
見方を変えると、売上が計上されなければ、理論的には売上原価も計上されないことになります。そのため、コロナの影響で3月分の売上のほとんどがなくなったとしても、売上原価が計上されなければ、利益へのマイナスの影響はそれほど大きくない可能性があります(※2)。
仮に、第4四半期(2020年1〜3月)の売上が当初見込み(1136億円)よりも350億円減少し、786億円になってしまったとします。売上原価率が77%だとすると、同期間の売上原価は、786億円(売上高)×77%(売上原価率)=605億円(売上原価)となります。
これに加えて、販管費はほぼ固定費用だと仮定して、そのまま計上すると188億円。先ほどの売上原価605億円にこの販管費188億円を足せば、第4四半期の費用は793億円と想定されます。同期間の売上高見込みは786億円ですから、786−793億円=−7億円の営業損失となります(図表9)。
(出所)オリエンタルランドの有価証券報告書。ただし、2019年度見込みの売上原価と販管費の内訳については、2019年度第3四半期の割合を基準に計算。
ただし、オリエンタルランドは2019年度第1四半期〜第3四半期(2020年4〜12月)までですでに1010億円の営業利益を計上していますから、仮に第4四半期に7億円の営業損失を計上したとしても、通年では1000億円以上の営業利益は確保できる計算です。
このように、たとえ売上高が減少したとしても、売上原価の額が少なければ、P/Lへのインパクトはそれほど大きくないだろうと予想されます。
さて、ここまではP/Lにおける売上高と利益へのマイナスの影響を予測してきました。TDLとTDSが休園を余儀なくされたことで売上高が減少し、結果的に利益も落ちるということはイメージしやすいでしょう。
しかし、コロナ禍の影響が及ぶのはP/Lだけではありません。
「オリエンタルランドの資産はTDLやTDSの設備やホテルが中心だから、施設が稼働しないだけなら貸借対照表(B/S)がダメージを受けることはないのでは?」と思われるかもしれませんが、実はB/Sにも少なからぬ影響があるのです。それはいったい何だと思いますか?
この点については、次回詳しく見ていくことにしましょう。
※1 2018年度の方が2019年度よりも業績が良かった理由は、2018年4月15日から2019年3月25日までの345日間は、35周年のアニバーサリーイベント「東京ディズニーリゾート35周年“Happiest Celebration!”」を開催していたためです。
※2 毎日新聞の記事にあるように、臨時休園中の休業手当をオリエンタルランドが払った場合、売上原価における人件費で数十億単位での補償を行う可能性が出てきます。しかし、実際にどうなるかは本稿執筆時点で不明のため、ここでの分析では休業手当支給の可能性を考慮に入れていません。
※次回は4月6日(月)の更新を予定しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
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村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。