【シタテル・河野秀和1】アパレル業界に持続可能な循環を。“衣服生産プラットフォーム”という解決策

河野秀和

撮影:伊藤圭

オフィスの一角にあるテーブルには一面に生地が広がっている。その生地を挟んで担当者とクライアントが、これから生産する予定の洋服の素材やパターンについて打ち合わせている。

パーテーションを挟んだ隣のテーブルでは、オンラインのコミュニケーションツール「Zoom」を活用したミーティング。画面の向こうで話をするのは、2014年に熊本で「sitateru」という衣服生産プラットフォームを立ち上げた河野秀和(45)だ。

あらゆる仕事がデジタル化される中でも、洋服のサンプルチェックや素材の確認は今でもアナログな対応を望まれることが多い。大量生産のための自動縫製機などの導入も進むなか、職人の手作業によってしか生み出せない刺繍・加工の需要がなくなることもない。

ファッション産業は“手ざわり感”が欠かせない業界だ。

しかし、生産管理や在庫管理、発注内容の整理など、デジタルを使って代替できる領域が多くあることも事実。衣服生産にまつわるあらゆる作業工程をデジタルによって効率化することを目指したのがこの「sitateru」という仕組みだ。

縮む市場と露呈した劣悪な労働環境

Reuters

2013年にバングラデシュで起きた縫製工場の崩落事故。常に安い労働力を求めてこの国で製造していたアパレル業界にとっては足元を揺さぶられる事件となった。

Andrew Biraj/Reuters

アパレル産業には明るい話題が少ない。矢野経済研究所によれば、国内アパレルの市場規模は2018年時点で9兆2239億円。1990年代には15兆円を超えていた市場から縮小を続けている。

繊維製品製造業に従事する事業所数もピーク時から4分の1にまでなった。衣服需要の低下にともない、小規模の工場や事業者が暖簾を下ろすケースが後を絶たない。

そんな中で起きた「ラナ・プラザ」崩落事故。2013年4月24日、バングラデシュの首都ダッカ近郊の縫製工場が入った商業ビルが崩壊し、1000人以上が死亡。“安かろう悪かろう”と言われたファスト・ファッションを生み出すための劣悪な労働環境が明らかになった。

それ以来、アパレル企業は働き方の見直しを迫られ、サステナビリティやトレーサビリティといった現代的な概念を取り入れる動きが強まった。

“新参者”に寛容だった業界。工場も困っていた

しかし、衣服を作るサプライチェーン自体は何も変わらなかった。

1着の衣服を作る過程は生地を作る生地屋に始まり、染色・加工工場や縫製工場、商社、アパレルブランドと、いくつもの当事者が存在し、全体最適も部分最適も容易ではない。業界構造の分断が、効率化を阻むアパレル産業の最大の壁だ。

結果として、スムーズな連携は阻害され、それぞれの業務量も減らせない。低迷する業界とは裏腹に、各プレイヤーが自発的に変わることは容易ではなかった。

こうした現状に対し、衣服を作りたい企業を最適な状態に“ネットワーク化”することで、業界全体を最適化することはできないのか。そう考えたのが河野だった。

シタテル

シタテルが提唱するネットワーク化のイメージ。

提供:シタテル

衣服を作りたい事業者がユーザー登録を済ませ、「sitateru」の管理画面を開くと、納期や単価など生産にまつわる一般的な情報とともに、シンプルな問い合わせ画面が現れる。ここで作りたい衣服の概要やイメージを記入すれば問い合わせは完了だ。

河野が創業した企業としてのシタテルには衣服に関わるスペシャリストが多く所属し、衣服を作りたい企業のニーズに合わせてサポートしてくれる。問い合わせに対して、具体的なアイデアや依頼できる工場などを提案してくれるのだ。

プラットフォーム上に登録されている工場やサプライヤーは現在で約900件。衣服を作りたい側の事業者登録もすでに1万5000を超えた。この数字が「sitateru」というサービスの需要を表している。既存のサプライチェーンに乗り込んできた“新参者”に対して、業界は思った以上に「寛容」だったという。

「工場は極めて協力的でした。やはり需要と供給のバランスにどの工場も困っていたようで、閑散期の顧客獲得に苦戦していた。ただ莫大な費用をかけてまで仕組みをデジタル化することには抵抗があったようで、パソコンを使えない従業員もたくさんいました。

だから導入のハードルを下げて、とにかく使ってほしいという思いでサービスを改善してきました」(河野)

河野秀和プロフィール

撮影:伊藤圭

1970年に創業し、大分県竹田市でユニフォームや婦人服の裁断・縫製・仕上げなどを行う竹田被服も、付き合いの長い工場の一つ。2015年から取引を始め、現在も定期的に発注を受けているという。

専務の大塚雄一郎は、アパレル業界の現状についてこう話す。

「熊本地震後に余ったブルーシートを活用したバッグを生産する企画から、継続して付き合うようになりました。最初こそ生産管理はメールベースでしたが、現在ではsitateruを活用できるので、縫製の段取りや情報がまとまっており、工場としては非常にありがたい。通常のアパレルではこうはいかないのが現状です。

sitateruからの依頼は大きなロットでないこともありますが、衣服産業全体が多品種小ロット化へとシフトしている中で、このやり方に馴染んでいけるように私たちも努力しなければいけないと感じています」

業界の当たり前を超える姿に共感

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sitateruを通じて制作されたオルビスのユニフォーム。ウィメンズブランド「スエサダ(SUÉSADA)」のデザイナー末定亮佑氏がデザインを担当。

提供:シタテル

最近特に需要があるのは、ホテルやレストランのユニフォーム、アニメ・ゲームなどのIP(知的財産)を活用したブランドグッズなど、アパレル業界以外での衣服生産だという。これまでもオンラインで衣服の注文ができるサービスは数多くあったが、衣服生産の経験のない企業が求めるのは、信頼して相談ができる相手だったのだろう。

sitateruを通じてブランドの店舗ユニフォームを制作した化粧品大手オルビスのブランド統括グループ、小椋浩佑はこう話す。

「私たちは業界の歴史とともに作り上げられたルールの中だけで戦おうとは思っていません。シタテルも同じように、業界の当たり前を超えた価値観を生み出す企業だと感じ、ご一緒させていただきました。

例えばユニフォームを作る場合、通常は決められたパターンの中での選択肢しかないのですが、ユニフォームらしさを消したかった私たちには、sitateruしかありませんでした」

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受注生産一体型ECパッケージサービス「sitateru SPEC」のイメージビジュアル。

提供:シタテル

2018年には「sitateru SPEC」という受注生産一体型ECパッケージサービスも開始。衣服を作るだけでなく、その先にある販売チャネルまでを統合して提供するというもので、これを活用すれば、受注数に応じて提携工場に生産を発注する受注生産が可能になった。

2020年2月以降はこの機能を拡張し、デジタル・ネイティブ・ブランド(D2Cブランド)に特化して、在庫を抱えるリスクゼロで衣服生産から販売までできる体制を整え、アパレル企業に限らず、効率的に衣服を生産できるようにした。かかる期間は早ければ2週間〜1カ月ほどだ。

どう考えても合理的なこれらのサービスは、なぜ今までなかったのだろうか。河野はこう考える。

「アパレル業界の中では、インフラ基盤をつくるという概念設計をできる人がいなかったんだと思います。しかも、この仕組み自体は短期で利益を出すことがとても難しい。私たちも、最初はインフラ基盤構築のための投資を受けることで、仕組み化を推進できましたから」

これまで誰も挑戦しなかった衣服生産のプラットフォーム化とデジタル管理による生産データと仕組みの見える化。河野はこの難題をどうクリアしてきたのだろうか。

次回以降、創業期の河野の思考を振り返る。

河野秀和

撮影:伊藤圭

(敬称略・明日に続く)

(文・角田貴広、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)

角田貴広:編集者・ライター。1991年、大阪府生まれ。東京大学医学部健康総合科学科卒業、同大学院医学部医学系研究科中退。ファッション業界紙「WWDジャパン」でのウェブメディア運営やプランニング、編集・記者を経て、フリーランスに。メディアでの執筆をはじめ、ホテルベンチャーの企画・戦略、IT企業のオウンドメディア運営、プロダクト企画など、メディア以外の広義の編集に関わる。

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