1975年熊本県生まれ。外資系金融機関を経て、独立。2014年、シタテルを設立。2年後に東京にも拠点を設ける。
撮影:伊藤圭
連載の最終回となる今回は、地元・熊本の工場への飛び込み営業からスタートした「sitateru」という衣服生産プラットフォームの創業者・河野秀和(45)に「28歳だった頃の自分へ」、そして「今、28歳のあなたへ」贈る言葉を語ってもらった。
28歳と言えば、独身最後の年。当時はまだ外資系の金融機関で働いていて、起業なんて思ってもいませんでした。ただ、何かの事業を自分で手掛けたいという思いは強く、大きな組織でサラリーマンを続ける気はありませんでした。
一方で、会社の仕事がとても充実していて、居心地も良くて。このままだとサラリーマンを続けてしまうと思い、独立する決断をしたんです。
当時は便利なインターネットサービスが生まれ始め、会社の業務管理などが少しずつデジタル化され始めた時代。2000年以降はオンライン証券が普及し始め、今後一気にあらゆる業界でデジタル化が進むという確信がありました。だから、業界の構造に一番課題のあるファッションという分野で、インターネットを使ったプラットフォームを作ろうと思いました。
経済の流れを読み、時代背景を見極めるため、情報を得るために、とにかく貪るように本を読んでいました。これは自己投資なんだと自分に言い聞かせて、毎月数万円の“図書研修費”を割り当てて、本を買って。今でも、勉強熱心な社員には「河野書店」なる本のリストを作ってオススメを伝えています(笑)。
会社や事業が成長するにつれ、つねに成長が求められる中で「アンラーニング(=既存の価値観や知識を意識的に捨て、新たに学び直すこと)」という概念が重要だと感じています。変化し続ける人とは、学び続けること、学び直すことを厭わない人なのかもしれません。
撮影:伊藤圭
せっかくなので、最近影響を受けたいくつかの本を紹介します。
まずは『ファクトフルネス——10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』という本。
世界の情報や、過去の経験則から来る印象・思い込み、思考の癖などをそのまま放置していると、何かを始める時や、ビジネスを展開する上で大きな痛手となります。特に新しい事業の現場やプロダクトを作っていると「先入観や思い込みにとらわれず、冷静な目で事実を見つめ直す力」が必須だと感じています。
本文中に、生まれ持った宿命は変えることができないという本能が人間にはあると書かれているのですが、その本能を乗り越え、新しいことにチャレンジするためにも「自分の思考の癖」にとらわれないように「知識を常に新鮮に保つ」ことが重要だと感じました。
もう1冊が『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』。
未開の地には、時おり難解で高次元の課題が潜んでいて、既存のロジックや理性によるアプローチでは解決できないこともあります。そこで必要になるのが、判断の有効性を高める「美意識」だという話。美意識を養い、視座を高め、さらに上のステージに上がりたい人にオススメしたい1冊です。
ただ、本でいくら理論を学んでも、それが自分のものになっていなければ、その知識にはまったく価値はありません。私は起業してから、とにかくたくさんの経営者の方、コンサルタントの方などに会って、必ず自分自身の考えを整理しアウトプットするようにしてきました。
この作業は今も続いていて、会社のミッション・ビジョンなど一見不変と思われるようなものであっても、常に洗練させていこうと考えています。
起業を支えてくれた大学生のインターン
20代は積極的に自己投資を行っていた。
提供:シタテル
私が人生を賭けて事業を始めようと決心したのが37歳の時。創業当初はsitateruというサービス以外にもう一つ別のサービスも同時並行で開発しており、当然1人で回せるような規模ではありませんでした。あの頃、私を支えてくれたのは、実は熊本の地元大学から来てくれた志のあるインターン生やアルバイト生たちでした。
彼らは工場を探し、訪問に同行してくれたり、アパレル企業やショップ側への営業もこなしてくれました。インターン生としてエンジニアの子たちにも2人来てもらい、事業の種を作り上げることができました。彼らの支えなくして、会社を軌道に乗せることはできなかったはずです。
今でも変わらず、インターンの人々に手伝ってもらったり、起業志望のある若手に対して、これまでのナレッジを共有したり、支援することを続けています。私自身、人の才能を育てたり啓蒙していきたいという思いが強く、チームを作る力もこうした時代を経て、無意識に身についたのかもしれません。
仕事を「作業化」しない
今28歳のあなたへ伝えることがあるならば、クリエイティビティを大切にしましょうということ。私は設計という意味でのデザインや、奥行きのある仕事という意味でのクリエイティブという言葉を意図的に使います。
仕事は「作業」ではありません。そこには価値ある仕事を創出するクリエイティビティが必要です。クリエイティブな思考で物事を考えられる力は今の時代に不可欠です。
私はインターンや部下に対して、仕事が作業的な場合ほど、具体的で細かい指示をしない時があります。解釈の余白を残すことで、意図的に自ら考える時間をつくり、仕事を“自分ゴト”化してもらうためです。自身のクリエイティビティから出てきたアイデアに対してフィードバックをします。
考えすぎるよりも動く
かといって、考えすぎることも禁物です。考えすぎてどうすればいいのかわからなくなったら、行動してみることも重要です。ACTIONとTHINKのバランスを取る。動きながら考える、もしくは、考えながら動く。どちらかが欠けても目の前の課題を解決することができません。
まだまだ未来は長いので、考えて、動く。そしてその前提となるクリエイティビティを鍛える。
私自身、非大卒ながらも圧倒的なインプットと成長を掲げて、これまで自らの学びに対して積極的な投資を続けてきました。また、ビジネスや経営に関わる多くの方々からもさまざまなスキルや体験、広い視野、高い視座の持ち方などを学ぶ機会もいただきました。おそらく経営者としては独自の道を歩んできたと思います。
何かを始めるのに必要なのは、決して立派な肩書きや経歴ではなく、「自らの選択と行動」だと思うのです。これから、サステナブルで新しいことにチャレンジする人たちが、ミレニアル世代から現れることを期待しています。
(敬称略・完)
(文・角田貴広、写真・伊藤圭)
角田貴広:編集者・ライター。1991年、大阪府生まれ。東京大学医学部健康総合科学科卒業、同大学院医学部医学系研究科中退。ファッション業界紙「WWDジャパン」でのウェブメディア運営やプランニング、編集・記者を経て、フリーランスに。メディアでの執筆をはじめ、ホテルベンチャーの企画・戦略、IT企業のオウンドメディア運営、プロダクト企画など、メディア以外の広義の編集に関わる。