撮影:鈴木愛子
Business Insider Japan読者にも多い「30代」は、その後のキャリアを決定づける大切な時期。幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。
この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
志望企業に採用され、意気揚々と入社。
「少しでも早く成果を挙げて、採用してくれた人の期待に応えたい!」——ほとんどの人がそう思うのではないでしょうか。
ところが、この意気込みによって自分自身を苦境に追い込んでしまう人、実は少なくないのです。最悪、職場に居づらくなって辞めてしまうケースも……。
そこで今回は、「成果を焦ってはいけない」というお話をしたいと思います。
転職だけでなく、異動・転勤・出向などで新しい職場に入っていく皆さんも、心に留めておいていただければと思います。
入社直後に強みをアピールしたら逆効果に
新しい職場に入り、目標達成に向けて意欲を見せる——それはとても大切なことです。既存社員にも新鮮な刺激を与え、職場の活性化につながるので、上長にも喜ばれるでしょう。
しかし、成果を出すことを焦りすぎると、職場で「浮いた存在」になってしまう恐れもあります。まずは2人の失敗事例をご紹介しましょう。
「業務改善」に貢献しようとしたAさん
入社早々、張り切って業務改善に乗り出したAさん。しかしやる気だけが空回りして、気がつけば周囲からの冷たい目線が。何がいけなかったのか?(写真はイメージです)
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Aさんは、「業務効率化」が得意で、前職で実績を挙げてきた方。採用時には、役員から「マンネリ化した職場に新しい気づきをもたらし、変革を進めてほしい」と激励されました。
入社すると、さっそくいくつかの「ムダ」「非効率」を発見。入社1週間目に開かれた会議の場で、それらを指摘しました。
それが改善につながる有益な提案であればよかったのですが、既存社員から見ると、まったく的外れなもの。一見非効率な作業でも、現場を熟知する社員には重要な意味を持っていることに、入社間もないAさんは気づかなかったのです。
既存メンバーには「洞察力に乏しい人」「味方ではなく否定する人」という第一印象を与えてしまい、その後の提案も素直に耳を傾けてもらえなくなりました。
新たなチャネル開拓を期待されたBさん
営業・営業企画として優れた実績を持つBさん。営業体制の強化を図る企業に、「新しい販売チャネルを開拓してほしい」というミッションで採用されました。
一刻も早く成果を挙げたいと考えたBさんは、自分のネットワークの中から少しでも親和性のある企業を片っ端からピックアップし、アライアンスパートナー候補として提案しました。「自分はこれだけのネットワークを持っている」とアピールしたい気持ちもあったのかもしれません。
しかし、十分に精査されていない状態だったので、チームで検討を進めるうちに「基本的な価値観がまったく合わない。こんなパートナーと手を組んだらややこしくなる」と咎められる結果になってしまいました。
先走った分析・提案は既存社員の反発を招く
Aさん・Bさんは優れた知見・スキルを持ちながら、焦ったがために空回りし、信頼を失いかけてしまったのです。
その会社のビジネスや組織体制を十分理解していないうちに先走って提案をすると、却下されるだけならまだしも、反感を抱かれてしまうことも。
目についた課題を指摘したい気持ち、自分のノウハウを早く披露したい気持ちはぐっと抑えましょう。まずは既存社員のやり方を認め、受け入れることが大切です。企業規模や入社時のポジションにもよりますが、少なくとも1カ月程度を目安とし、基本的な人間関係を築けるまで「観察期間」をとることをお勧めします。
では、焦らずに成果を出した方の事例もご紹介しましょう。
職員1人ひとりの声を徹底的に聴いたCさん
Cさんは、ある会社に「幹部候補」として採用されました。その会社では高齢の社長が急逝したため、別の会社に勤務していた息子さんが退職し、後を継ぐことになったのです。
2代目社長は旧態依然とした体制を見て「すぐにでも変革が必要だが、自分1人じゃ無理だ」と、自分の右腕となる人材を募集。組織変革の経験があるCさんが採用されたのです。
業務改革にあたり、ITの活用は必須です。先進的な大手企業で経験を積んだCさんにとって、ITツールを導入するのは簡単なこと。しかし、Cさんはすぐには着手しませんでした。
既存の同僚たちはどんな思いで働いているのか。まずは聴く側に徹することで、相手との信頼関係も築ける(写真はイメージです)。
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その会社は中高年の女性職員が多くを占めていました。彼女たちの仕事ぶりをしばらく観察したCさんは、いきなりITを導入したら、「今までのやり方を変えたくない」「新しいことを覚えるのは面倒」といった反発が起きると予想。「一度反感を買えば、信頼関係を築き直すのは困難。そうした事態を避けなくてはならない」と考えたのです。
そこでCさんは、まず職員1人ひとりへのヒアリングから始めました。「今、どんなことを不便に感じている?」「時間や手間がかかっているのはどんな作業?」といったことを丁寧に聴いて回ったのです。
これによって、職員たちは「この人は私たちが仕事をしやすくする方法を考えてくれる人なんだ」という期待感を抱いたのでしょう。
しばらくの後、全職員にタブレットを配布し、それを使って業務を行うシステムに刷新したのですが、反発もなくスムーズに移行できたのです。「私たちの意見や希望が反映された結果がこれなのね」という納得を得ることができたのではないでしょうか。
自分が思うより、会社は長い目で見てくれている
Cさんから学ぶべきは、「入社から日が浅い時期は、意識的に既存社員と同じ目線に立つ」という姿勢です。
自分の経験やノウハウに自信を持っていても、いきなり自分のやり方を導入しようとするのは、既存社員から見れば一方的な押し付けにすぎません。「これまでの経緯や事情もよく知らないくせに」と反発を招くことになりかねないのです。
一度「対立」の構図ができると、なかなか修復できなくなってしまいますので、くれぐれも初動には注意してください。既存社員の立場を理解し、これまでの経緯や背景をつかんだ上で、徐々に手をつけていきましょう。
「特に最初の1カ月は、周囲の同僚たちと同じ目線に立つことを心がけて」と森本さん。
撮影:鈴木愛子
また、「営業職」として入社する方も、自分の過去の成功体験をすぐに導入するのはちょっと待ってください。前職と類似した商材であっても、必ず違いがあるはずです。従来の手法やトークは通用しないかもしれません。
まずは既存の営業メンバーが使っている営業手法を真似てみることから始めましょう。それと同時に、「商品開発担当者にこだわりの部分を聞いてみる」「工場に出向いて製造のプロセスを見てみる」など、商品を理解することに努めてはいかがでしょうか。
理解を深めた上でお客様に提案しに行ったほうが、説得力も増して受注につながりやすくなるはずです。とりあえず半年間くらいは、無理に売上数字を追わず、商品への理解を深めること、関連する部門との情報共有などに時間を使ってみるのもいいでしょう。
会社は、自分が思うよりも長い目で見てくれているものです。1カ月やそこらで成果を挙げてほしいなんて、そこまでは期待していませんよ。
大切なのは、「中長期的にその会社に貢献すること」。その会社の型や流儀を身に付け、本質や全体像が見えてから、自分の持ち味を発揮していく……というように、ステップを踏んでいきましょう。
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※本連載の第11回は、4月13日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。