「会計」や「ファイナンス」に苦手意識を持っている人は少なくないでしょう。けれど、数字を読み解くスキルは今やビジネスパーソンに必須。数字が物語ることの意味合いが分かれば、企業活動や経済事象をもっと解像度高くクリアに見通せるようになります。
この連載では、大手金融機関を経て現在はスタートアップ企業のCFOを務める村上茂久さんに、日々の経済ニュースや実際の決算データを事例にしながら「会計とファイナンスを同時並行で学ぶエッセンス」を解説していただきます。
前回に引き続き、コロナショック直撃で休園が続く東京ディズニーリゾートの運営会社、オリエンタルランドの業績について考えていきます。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて休園を決めた東京ディズニーリゾート(TDR)。TDRを運営するオリエンタルランドにとって、コロナショックは経済的にどれほどのインパクトがあるのかという点は、多くの人が気になるところでしょう。
その点を探るため、前回はオリエンタルランドの損益計算書(P/L)における売上高と利益のマイナスの影響を見積もってきました。東京ディズニーランド(TDL)と東京ディズニーシー(TDS)が稼働できなければ当然、売上は上がらず、ひいては利益も期初の見込みを下回るであろうことは容易に想像がつきます。
「しかし、新型コロナウイルスの影響が及ぶのはP/Lだけではない。貸借対照表(B/S)にも少なからぬ影響がある」——前回の終わりで、私はこのように述べました。
B/Sに記載されるものといえば「資産」ですが、オリエンタルランドが持つ資産はTDLやTDSの設備、ホテルなどが主なもの。施設が稼働しないだけならB/Sがダメージを受けることは一見なさそうですが……実はそうでもないのです。
そこで今回はまず、この点について詳しく見ていくことにしましょう。
市場変動の影響をもろに受ける資産
オリエンタルランドの前期、2018年度のB/Sの概要は以下の通りです。
このB/Sのうち、「資産」の内訳を細かく見ていくと、図表2のとおりとなります。
まず、圧倒的な存在感を放っているのが3776億円もの「現金及び預金」。オリエンタルランドは時価総額1000億円のユニコーン企業を3社以上買収できるだけの現預金を保有しているということです。
また、TDLやTDS、そしてホテルも有していることから「有形固定資産」も5143億円と巨額にのぼっています。
次に注目していただきたいのが「有価証券」です。流動資産と固定資産の有価証券を合わせると、なんと818億円もの有価証券を持っています。
時価が下がれば評価替えに
オリエンタルランドが保有する有価証券は、次の2種類に分けられます。
- 純投資目的である投資株式(株式の価値の変動または配当の受領によって利益を得ることを目的とした株式)
- 1以外の目的である投資株式
2.の保有目的を、オリエンタルランドの有価証券報告書では以下のように記載しています。
当社では、コア事業であるテーマパーク事業を持続的に成長・発展させるため、事業に関係する企業との長期的・友好的な協力関係が必須であると考えております。政策保有株式については相互の連携を深め、企業価値の向上に資すると判断した企業のみを保有し、中長期的な視点でこれらの目的が達成できないと判断した企業については縮減してまいります。毎年、取締役会で個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益(資産価値、配当、取引内容等)やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証しております。
2.に該当する投資株式のうち、上場株式については有価証券報告書にその内訳の記載があります(図表3)。
実は、B/Sに記載されている有価証券は、決算(オリエンタルランドの場合は毎年3月末)の時点で「評価替え」を行います。有価証券を購入した時点の価格と比べて、決算時点の時価が値上がり、あるいは値下がりしていたら、評価替えにより純資産を増減させます(※1)。
例えば、保有する株式の時価総額が前年3月末に10億円だったとして、今年度末に時価総額が8億円まで下がったら、10億円のままで計上しておくことはできず、8億円に評価替えをしなくてはいけません。
前回の最後に、「P/LだけでなくB/Sにもコロナショックの影響がある」とお話ししたのは、まさにこの「有価証券」です。
では、先ほどの図表3にリストした投資株式の時価総額が、1年経過した2020年3月末時点でどう変化したのかを見てみましょう(図表4)。
2019年3月末に307億円だった時価総額が1年経ってどう増減したかを計算すると……なんと、これらだけで約82億円の評価替え処理が行われ、結果として純資産が毀損します(※2)。
加えて、B/Sに記載されている有価証券818億円のうち、図表2で見た307億円を引いた残りの約500億円の有価証券についても、当然無傷ではいられません。
仮にオリエンタルランドが日経平均株価と同様のポートフォリオを保有しているとすれば、2019年3月末時点からの1年間で日経平均株価は約11%下落(※3)していることから、500億円×11%=55億円もの評価替えが発生するおそれがあります。
仮に、1.と2.の2種類の有価証券の評価替えを行った結果、上述のシミュレーションどおりとなれば、足し合わせて約137億円もの巨額の評価替えが発生することになります。
このように、コロナショックがオリエンタルランドの業績にもたらす影響については、休園による売上高の落ち込みもさることながら、保有する有価証券の評価替えによる純資産の毀損も大きいだろうということが予測されます。
「財務の安全性」は大丈夫?
これまで見てきたように、オリエンタルランドの業績における新型コロナの影響は、(1)売上減少による利益の減少と、(2)有価証券の評価替えによる純資産の毀損、の2つが挙げられます。
これほどの打撃があると、次に気になってくるのはオリエンタルランドの「財務の安全性」です。そこで、本連載でこれまでお話ししてきた3つの安全性指標である3つの指標を確認しておきましょう。財務の安全性を測る指標には主に、自己資本比率、流動比率、当座比率の3つがあります。
- 自己資本比率(第6回参照):総資産のうち、「他人に返さなくてもいいお金(純資産)」がどのくらいの割合を占めるかを見る指標。計算式は「自己資本比率=純資産÷総資産」。将来の支払い義務が少ないほど自己資本比率は高くなり、財務の安全性が高い。自己資本比率の水準は業界ごとに異なるが、およその目安は40%以上。
- 流動比率(第7回参照):流動負債に対して流動資産がどのくらいあるかを見る指標。計算式は「流動比率=流動資産÷流動負債」。1年以内の資金繰りの状況を把握するためのもので、流動比率が高いほど財務の安全性が高いと言える。流動比率も業界によって異なるが、一般的には150%以上が望ましいとされる。
- 当座比率(第8回参照):流動負債に対して当座資産がどのくらいあるかを見る指標。計算式は「当座比率=当座資産÷流動負債」。短期間の資金繰りにどの程度耐えられるかを把握する際に使われ、当座比率が高いほど財務の安全性が高いと言える。当座比率も業界によって水準は異なるが、目安としては100%を超えているのが望ましいとされる。
では、オリエンタルランドの自己資本比率、流動比率、当座比率はどうでしょうか? 計算してみると、図表5のような結果となりました。
(出所)オリエンタルランド有価証券報告書より筆者計算。
いずれの指標でも、オリエンタルランドの値は目安となる水準を優に上回っており、財務の安全性は非常に盤石と言えます。特に、当座比率は272%と極めて高く、いかにオリエンタルランドが資金繰りに強い体制であるかがよく分かります。
前回見たように、そもそもオリエンタルランドは、今期1000億円以上の連結営業利益と762億円もの連結当期純利益を見込んでいました。そう考えると、たとえコロナショックの影響で3月の売上を失い(シミュレーションでは350億円、前回を参照)、有価証券の評価損(約137億円)を被ったとしても、通年ではまだ利益が出る水準にある可能性は高いと言えます。
もしも赤字にでもなれば、その損失分だけ純資産が減るので自己資本比率は悪化します(第6回を参照)。しかし今回のコロナ禍を受けたオリエンタルランドの場合、たとえ有価証券の評価替えに伴って純資産が毀損したとしても、2019年度の利益獲得により純資産が回復する影響の方が大きいと見込まれるため、自己資本比率が悪化するおそれは低いと見ていいでしょう。
キャッシュの流れは健全か?
次に、キャッシュフロー計算書(C/S)でキャッシュの獲得状況も確認しておきましょう。
C/Sの読み解き方については本連載第9回、第10回で詳しくお話ししましたが、ここでもポイントをおさらいしておきましょう。
C/Sを構成する3つのキャッシュフロー、すなわち営業CF、投資CF、財務CFのそれぞれがプラスなのかマイナスなのかによって、キャッシュの流れは8通りのパターンに分けられます。この8つのパターンのどれにあてはまるかによって、企業が今どのような財務状態にあるのかを大まかに把握することができます(図表6)。
では、オリエンタルランドのC/Sはどうでしょうか? 営業CF、投資CF、財務CFを時系列で並べると、図表7のような形になります。
(出所)オリエンタルランド有価証券報告書をもとに筆者作成。
2015年度〜2017年度の3期は「営業CFは大きくプラスで、その範囲内で投資CFと財務CFをまかなう」という、典型的な「安定型」のパターンです。
筆者作成
直近の2018年度は、営業CFを上回る投資CFのマイナスがあり、一部財務CFを通じて資金調達をしています。これは、8つのパターンで言うところの「積極投資型」です。
筆者作成
つまり、オリエンタルランドは営業活動を通じて獲得したキャッシュの多くを投資に回しているということです。積極的に投資を行うことで、顧客を飽きさせず、より多くの顧客にTDRに足を運んでもらっているわけです。
「そんなにガンガン投資をして大丈夫?」と心配になった方はご安心を。先述したように、オリエンタルランドはユニコーン企業を3社買収できるほどの現預金を持っていますから、財務の健全性にはほぼ問題はありません。
それに、投資に積極的にキャッシュを回しているということは、仮にその投資を絞れば、営業CFが安定してさえいればすぐにキャッシュを貯められるということでもあります。つまり、TDRが稼働できる状況ならば、資金繰りの面から見てもオリエンタルランドのビジネスモデルは非常に強固と言えます。
今後の業績、鍵を握るのは?
前回からここまでで、コロナショックがオリエンタルランドの業績にどんな影響を及ぼしそうかを予想してきました。要点をまとめると以下のとおりです。
- オリエンタルランドの株価の下落幅は日経平均株価のそれより小さいことから、株式市場は同社に対して楽観的な想定をしていると言える。PER、PSR、PBRも大きく崩れてはいない。
- TDRは3月の丸1カ月間を休園にしたため、350億円以上の売上高減少が予想される。しかし通年で見れば、1000億円近くの営業利益を稼げる可能性が相応にある。
- P/Lにおける売上高の下落よりも、B/S上に記載されている有価証券の評価替えによる純資産の毀損のほうが、業績に与えるマイナスのインパクトが大きい可能性がある。
- オリエンタルランドの財務の安全性自体は盤石と言える。そのため、コロナショックで経営が傾くことはない。
では、4月以降の業績はどうでしょうか。これについては「TDRがいつ再開するか次第」と言えそうです。
前回確認したとおり、オリエンタルランドはTDL、TDS、そしてホテルで売上と利益の97%近くを稼いでいます。ということは、TDLとTDSが稼働できない限り、売上を立てられないということです。
本稿執筆時点で、TDRは再開時期を「4月20日(月)以降」としており、これに伴って当初4月15日に予定されていた東京ディズニーランド大規模開発エリアの開業は5月中旬以降に延期されることとなりました。
もし、この予定どおりにTDRの営業が再開され、大規模開発エリアが開業すれば、オリエンタルランドの株価も相対的には持ち直すでしょう。しかし休園期間が長引き、5月のゴールデンウィークを超えても続くような事態になれば、同社の業績見通しはさらに悪くなり、株価にも大きく影響してきそうです。
TDRの入園料金は過去一貫して上昇傾向にあります(図表8)。この背景には、顧客を飽きさせないためのオリエンタルランドによる積極的な投資(投資CFを思い出してください)と、「多少値上がりしてもまた行きたい」と思わせるほどの、顧客の根強いニーズがあるからです。
そのため、ひとたび営業を再開できれば、たとえ感染防止のため入場制限を設けたとしても、本質的な需要を減らすことにはならないでしょう。問題は「いつ再開できるのか」ということです。
オリエンタルランドは年間701億円もの販管費を計上しますが、一方で3776億円もの現金及び預金を持っていますから(※4)、理論上、向こう4〜5年は資金繰りに窮することはないでしょう。
しかし休園があまりに長引くと、TDRの存在感が弱まり、顧客離れが起こり、結果としてブランド価値の毀損につながるおそれがあります。ブランド価値の維持のためか、TDRはパレードをYouTubeで配信するという異例の対応も行っています(※5)。
今後オリエンタルランドの休園がいつまで続くのか、仮にこの状態が長引く場合、オリエンタルランドはどういった方法でブランド価値を維持し、顧客を引きつけていくのか——。こうした観点から、引き続きニュースを注視していく必要がありそうです。
※1 有価証券はその保有目的によって会計上の処理が異なります。1.の売買目的有価証券は時価の変動により利益を得ることを目的としているため、評価損益はP/Lに評価損益として計上され、利益を増減させることで、結果としてBS純資産を増減させます。一方で、2.の投資有価証券は、直ちに売買、換金することには制約が伴う場合があるため、少し特殊です。2つの会計処理が認められていますが、TDRが採用している方法(全部資本直入法)では、評価損益はP/Lに計上させず、純資産の部に直接計上されることになります。
※2 実際には、「税効果会計」の適用に伴い、評価替えの全額が純資産に影響を与えないこともあります。TDRも例に漏れないと想定されますが、詳細な説明は省略しております。
※3 2019年3月末の日経平均株価は2万1205円。対して、2020年3月31日時点では1万8917円。
※4 2019年度第3四半期決算では、現金及び預金は3292億円となっています。
※次回は5月1日(金)の更新を予定しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
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村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。