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日系三世の映画監督「外出が不安」「恐怖心を禁じ得ない」アジア系アメリカ人、現地からの声

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差別に反対するアジア系アメリカ人たちの抗議集会。2018年、マサチューセッツ州ボストンにて。

REUTERS/Brian Snyder

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、アメリカではアジア系住民に対する差別的言動・行動が深刻化している。ニュースサイトやソーシャルメディアでは、日本人を含むアジア系の人々が罵声を浴び、つばを吐きかけられ、暴行を受ける事件が相次いで報告されている。

ロサンゼルス・タイムズの報道(4月1日)によると、アジア系アメリカ人の団体が日本語や中国語など多言語で開設したウェブサイトには、32の州で1000件を超える事案の通報があり、米連邦捜査局(FBI)も警戒を強めている。

また、全米で最も古い日系アメリカ人の人権団体JACL(日系アメリカ人市民同盟)は3月20日、「アジア人は疾患ではない(Asian People Are Not a Disease)」と題した声明を発表している。

こうした状況から想起されるのは、第二次世界大戦中の日系人に対する差別と、その克服の歴史だ。

筆者は2005年から3年間、在サンフランシスコ日本総領事館で、在米日系人コミュニティと日本との連携強化の仕事に携わった。

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2011年4月、サンフランシスコの日本町桜まつりにて。日系アメリカ人による東日本大震災募金活動の様子。

撮影:小田隆史

そこで出会った日系三世たちは、一世や二世の移民と受難の歴史に向き合い、それを次世代に伝承したいという強い情熱をもって活動に取り組んでいた。語り継ぐこと、声をあげることをひとたびやめてしまうと、過ちがまたくり返されることを、彼らはよく知っているからだ。

新型コロナ禍の混沌としたいまを生きる私たちは、負の歴史がふたたび身近でくり返されぬよう、日系アメリカ人の足跡に学び、何ができるかを真剣に考える必要がある。

分断のあとには悲劇が訪れる

強制収容所 日系アメリカ人

ワイオミング州ハートマウンテンの強制収容所。

Courtesy of CALISPHERE Japanese American Relocation Digital Archive

明治期からハワイ、カリフォルニアなどアメリカ西海岸に移民した日本人(一世)は、各地に日本人町を形成し、根を下ろした。

アメリカ政府は1941年12月の太平洋戦争開戦前後、彼ら日系移民をまず急ごしらえで建てた仮施設に、続いて人里離れた常設の収容施設に送った。現地で生まれたアメリカ国籍の二世たちでさえ、大統領命令により「日系人の安全のため」として、憲法に定められた自由を奪われた。

「敵軍と同じ顔」という理由で収容所に送られた日系人の歴史。

Courtesy of Densho: The Japanese American Legacy Project

強制収容された日系人たちは戦後解放されたが、日本をルーツに持つがゆえ差別されたこともあり、日本とのかかわりを久しく控え、この集団的トラウマを語れない年月が続いた。

しかし1960年代、故ダニエル・イノウエ上院議員をはじめとする日系人が政界に進出。1980年代には、カリフォルニアの若き日系三世の弁護士たちが立ち上がり、一世、二世の権利回復(リドレス)運動を展開した結果、1988年に「市民の自由法(Civil Liberties Act)」が成立。レーガン大統領の公式謝罪に至った。

1960年代の公民権運動、1970〜80年代のリドレス運動と市民の自由法成立を経たあとも、1990年代には白人と非白人との対立による都市暴動が相次ぎ、今世紀に入ると「テロとの戦い」の名のもとにイスラム系住民に対する暴力と差別がくり返されてきた。

止まないレイシズムというアメリカの病理。それは、戦争、自然災害、疫病など、得体の知れない何かが突如自身の日常を脅かそうとする不安心理に敏感に作用して、激しくなる。

グローバル化で格差が増大し、世界が自国第一主義を掲げるなか、トランプ政権による中南米移民やイスラム諸国出身者の入国禁止などの政策はこの4年間、アメリカ社会の分断を深めた。

だからこそ、日系アメリカ人は分断のあとに必ず訪れる悲劇について語り続け、声を上げることに力を注いでいる。

サンフランシスコ在住、日系映画監督の実感

ノーマン・ミネタ

カリフォルニア出身の日系二世で、アジア系アメリカ人として初の閣僚となったノーマン・ミネタ氏。

Courtesy of Mineta Legacy Project

ノーマン・ミネタ氏もその一人。カリフォルニア出身の日系二世で、アジア系アメリカ人として初の閣僚となった人物だ。クリントン政権で商務長官を、共和党ブッシュ政権下では唯一の民主党閣僚として運輸長官をつとめた。

ミネタ氏は、2001年の米同時多発テロの際、イスラム教徒に対する集団的ヒステリーが高まるなか、人種や宗教を理由とするプロファイリングに断固反対しつづけた。

当時は激しい批判を浴びたものの、最終的にはジョージ・W・ブッシュ大統領をして「ノーマンたちが経験(強制収容)したことをくり返すことは決してしない」と誓わせたほど、人種にもとづく差別に対しひるまず非難を続けた。

ミネタ氏の半生を描いたドキュメンタリー『アメリカンストーリー:ノーマン・ミネタとそのレガシー』(2018年)を制作した日系三世の映画監督ダイアン・フカミ氏に、現在のアメリカの状況をどうとらえているか、メールで聞くことができた。


ダイアン・フカミ監督は東日本大震災後に日系アメリカ人と日本人の縁をテーマにしたドキュメンタリー「東北の物語」を発表している。動画は「逆境を超えて」と題したTEDプレゼン。

TEDx Talks YouTube channel

私の家族は、アメリカに4世代にわたって住み続けている。にもかかわらず、「完全なるアメリカ人」として受け入れられず、「他国」出身と言われ、「出身地に帰れ」などとという誹りに甘んじなければならないでいる。

経済的、身体的脅威の矛先として攻撃の対象にされることは過去にもあった。1980年代の日米貿易摩擦の際のアジア系住民への攻撃、同時多発テロ後のイスラム系アメリカ人に対する襲撃や差別もその例だ。

大戦中に私の祖父母や両親たちが経験した差別や偏見を、私自身はいまのところ受けていない。しかし、今後外出するようになったら、どんな目に遭うのか心配だ。大統領がコロナウイルスを「中国ウイルス」と称したことで、アジア系に対する反感が助長されている。

すでにアジア系アメリカ人に対して数百件にのぼる言葉や身体的暴力による事件が起き、いまも増え続けている。「自分が同じ目に遭いそうになったらどうするか」事前に想定せねばならないほどの恐怖心を禁じ得ないでいる。私のような人は多いはずだ。


サンフランシスコに住み、自身も拡大するウイルス感染に不安を抱きながら、あまつさえ理不尽なヘイトの影が忍び寄る日々。メールの文面からはフカミ氏の深い失意が感じとれた。

大衆が冷静さを失うなかで、デマや偏見、差別の拡大を目の前にして、生涯をかけてレイシズムに抗い、権利回復に心血を注いできた日系アメリカ人たちが抱く、落胆と恐怖の心を想像したい。

不安な社会に激化する差別、くり返されてきた歴史とその機序にいまこそ向き合い、教育やメディアに何ができるか、問うべきではないか。

最後に、外出自粛や在宅勤務の長期化により映像作品への需要が高まっているとのことで、この機会に、北米の日系人を題材とするものをいくつか紹介しておきたい。

  1. 『あめりか物語』(脚本:山田太一、出演:北大路欣也、八千草薫ほか)
  2. 『ピクチャーブライド』(監督:カヨ・マタノ・ハッタ、出演:工藤夕貴、三船敏郎ほか)
  3. 『ヒマラヤ杉に降る雪』(監督:スコット・ヒックス、出演:イーサン・ホーク、工藤夕貴ほか)
  4. 『アメリカンパスタイム 俺たちの星条旗』(監督:デズモンド・ナカノ、出演:中村雅俊、ジュディ・オングほか)
  5. 『バンクーバーの朝日』(監督:石井裕也、出演:妻夫木聡、亀梨和也ほか)
  6. 『二つの祖国』(原作:山崎豊子、出演:小栗旬、多部未華子ほか)

小田隆史(おだ・たかし): 専門は地理学。2005〜08年、外務省専門調査員として在米日系人社会との連携強化を担当。その後、カリフォルニア大学バークレー校フルブライト研究員、お茶の水女子大学助教などを経て、2017年から宮城教育大学准教授。2019年に同大学に新設された<311いのちを守る教育研修機構>の副機構長。福島県いわき市出身、東北大学大学院修了・博士(環境科学)。

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