外出自粛要請を受け、都内は閑散。ウイルス流行が終息しても、一件落着で景気回復というわけにはいかない。経済への悪影響はこれからも広がるだろう。
REUTERS/Issei Kato
新型コロナウイルスの感染拡大による経済、雇用への悪影響は、想像を絶するスピードで拡大している。
日本では4月7日夜、政府による「緊急事態宣言」が行われ、外出自粛などが一層強化された。期間はおよそ1カ月間。とはいえ、そこで緩めるとまた広がる可能性もある。このたちの悪いウイルスと今後どう立ち向かっていくのか、いま私たちは問われている。
英紙フィナンシャル・タイムズ(4月4日)は、「世界経済は(1930年代の)世界恐慌以来の落ち込みの見通し」と題した記事を掲載し、国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事の発言を引きつつ、経済と雇用への影響はリーマン・ショック(とその後の金融危機)をはるかに上回ると記載している。
日本でもすでに外国人観光客(インバウンド)市場や小売業への影響が言われているが、世界経済全体が崩壊状態にあるわけだから、遅かれ早かれ製造業はじめ日本経済全体にも影響が広がることは間違いない。
京都大学の山中伸弥教授は、新型コロナウイルスについて正確な情報を発信するために個人サイトを開設し、そこに「闘いは短距離競走ではありません。1年は続く可能性のある長いマラソンです」「みんなが協力し賢く行動すれば、社会崩壊も医療崩壊も防ぐことが出来る」と書いている。有効なワクチンや治療薬が開発されるまで、闘いは続くということだろう。
週の半分を休暇にする大胆な取り組み
新型コロナウイルスの引き起こす大きな問題のひとつは、雇用崩壊だ。
REUTERS/Issei Kato
その長い闘いのなかで、筆者が最も深刻な問題のひとつと考えているのは、雇用崩壊だ。
経済の状況がリーマン・ショックを超えて悪化するとしたら、普通に考えれば、企業は雇用削減へと向かう。それをいかにして食い止めるかが問題となるわけだが、ただ食い止めるだけでは、企業側が破たんしてしまう。雇用と会社の存続をいずれも中長期的に維持する方策が必要だ。
筆者としては、時短労働とワークシェアリングを国家レベルで導入することを提案したい。
まず、雇用削減を迫られる企業は踏みとどまって雇用を維持し、その代わりに週休3.5日の勤務とする。いまより30%労働時間を減らすということだ。それに合わせて当然、賃金も30%カットする。
一方、国は所得税と住民税を完全免除する。労働時間の減少による収入減はある程度の範囲に収まることになる。もちろん、所得の多い人ほど税率が高く、免除措置の恩恵が大きくなってしまうので、そこは調整の必要がある。
企業側から見れば、人件費を30%カットできるため、経費を大幅に削減できる。工場の場合だと、3.5日だけ稼働させることになるので、固定費をある程度抑えられる。また、サービス業の場合は、3.5日の週休を分散させ、低い稼働率で顧客に対応する形になる。こうして少なくとも1年以上、経営と雇用を維持する。
景気回復の折にすぐ元の体制に戻れるのも、この手法の大きなメリットだ。人材は資産性が高く、解雇してあとで新規採用しようとしても、そこから育成する労力とコストが大きい。時間もかかる。だからこそ、雇用を維持することは、企業の中長期戦略的に重要なファクターと言える。
この手法では、(所得税ゼロにすることにより)政府の負担が膨大になるとの指摘も当然出てくるだろう。しかし、未知の感染症の影響により失業が増加する今回のようなケースでは、政府補償が定常化することにより、失業率が高止まりする可能性もある。そうなれば、補償による国庫負担は、所得税の免除措置以上に膨れ上がるおそれもある。
「プラス1.5日」の週休をどう活かすか
ロックダウン(都市封鎖)が行われたレバノンで、オンライン授業に参加する大学生。
REUTERS/Ali Hashisho
この手法を導入するときのもうひとつの論点が、増えた1.5日の週休を国民がどう使うかということだ。その点についても、筆者なりの提案がある。
大学や専門学校などでウェブ授業が増えていくことが確実なので、その一部を一般にも開放して単位や資格を取得できるようにすれば、増えた週休を活かして人材競争力の強化につなげることが可能になるのではないか。
デジタル・トランスフォーメーション(DX)が本格化しつつある時代、人材のミスマッチによる失業と競争力低下を起こさないため、早急に手を打たなければならない、という議論は以前からあった。
例えば、スーパーのレジ打ちや銀行の窓口業務は遠くない将来に激減することが目に見えている。人材配置のスムースなシフトを実現できるよう、この機会を活用して再教育に取り組んではどうだろうか。
政府、大学や専門学校、企業が一丸となって研修プログラムを揃え、受講者にはインセンティブも用意する。そうした国をあげての人材育成の取り組みが、将来にわたって日本の発展を下支えすることになる。
オランダとドイツではすでに実証済み
この不況を、長期戦に耐えられる経済の仕組みを構築する大事な機会ととらえたい。
撮影:今村拓馬
こうした柔軟な労働のあり方は、ヨーロッパではすでに実証や導入が進んでいる。
オランダでは1970年代、天然ガスの輸出急増を背景に為替レートが上昇し、製造業をはじめとする貿易部門が打撃を受け、1980年代前半には失業率が10%を超えた。この経済危機をのり越える原動力となったのが、企業の雇用確保と時短、政府による(財政支出の抑制を前提とした)所得減税のパッケージだった。
また、ドイツでは1990年代後半から2000年代前半にかけて、不景気対策あるいは雇用改革の一環として、 労働時間運用の弾力化と労働者のリカレント教育を行い、その後の経済成長につなげた。
今回のコロナ禍においても、ヨーロッパ諸国はこうした経験を生かした仕組みを導入すると考えられる。
山中教授が強調するように、短距離競走ではなく、マラソン的な長期戦に耐えられる経済の仕組みを構築し、この機会だからこその「未来への布石」を打つことを、私たちも考えるべきだ。
100年後に歴史を振り返ったとき、「あのコロナ禍以来、日本では労働時間が減り、産業構造が転換し、競争力が強化された」と言われるように。
土井正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役社長。山形大学客員教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。