新型コロナウイルスの感染拡大で「休校期間」は延びており、先行きも不透明だ。授業がないままで本当にいいのか。
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新型コロナウイルスの感染拡大を受け、安倍首相が緊急事態宣言を出した7都道府県では、義務教育では95%以上の学校が、3月2日以来の休校を延長するなど「新学期が始まらない」4月を迎えている。
文部科学省のホームページには、休校期間中のICT教育の先進事例だけが並ぶが、公立校の多くは「オンライン授業の環境がなく、ただ休校」となっているのが現実だ。新型コロナウイルスのパンデミックは、日本のICT教育の著しい遅れと、危機的な状況に、子どもの教育が放置される現実を浮き彫りにしている。
「家庭で丸つけしてください」
教科書一式と前学期の復習プリントを親がバラバラに取りに行くことから始まった新学期。家庭任せな学習状況は春休み前から続いたままだ。
撮影:滝川麻衣子
「新学年も放置で始まるのかー」
東京都杉並区の公立小学校3年生の児童の母親(40代)は、4月7日の登校日前夜に届いた「明日の登校日中止」のお知らせメールを見てため息をついた。
政府要請による3月の一斉休校に続く4月の休校延長は、4月2日の時点で連絡が来た。その時点のスケジュールでは「4月6日に始業、週1回は学習状況の確認のため短時間の登校日」のはずだった。
しかし、緊急事態宣言の発令が確実になったことから、事態は一転。結局、6日の始業式はかろうじて登校したものの、緊急事態宣言の明ける5月6日まで全ての登校日が中止となった。
未曾有の危機とはいえ、3月の一斉休校では「教科書の残りをご家庭で読んでおいてください」と担任教師に言われただけで、学校からは課題も宿題も一切、出なかった。3月はAmazonで学習用ワークを慌てて購入したが、新カリキュラムになる新年度は、教科書にしてもワークにしても前年の「3年生」とは違うものになる。
登校日も結局なくなり、4月は一体どうなるのか——。
「予測はしていましたが、新学期も家庭任せは同じでした」(前出の母親)
結局、登校日で配布されるはずだった教科書を、「ソーシャルディスタンス(社会的距離)」を心がけながらバラバラに親が学校まで取りにいくことに。教科書一式と、前学年の復習プリントを、新担任から「丸つけをして(緊急事態宣言の期限明けである)5月7日に提出してください」とだけ言われ、手渡された。
実質、新学期は始まらない。
「宿題プリントこれだけなんだ……」
「オンライン授業やってほしいけど、今からICT教育やろうなんて無理だよね」
ママ友間のLINEグループでも、諦めモードが漂っている。
「もう学校は頼りにならない」
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「もう学校は頼りにならないので、新学期から使うオンラインの教育サービスを調べています。先生は何をしているんだろうと素朴に疑問です」
練馬区の小学4年生の母親(40代)は気持ちを「切り替えた」という。
2017年9月から全児童に1人1台タブレットが配布(通信費も区が負担)されている渋谷区の保護者(30代)も、
「タブレットに宿題プリントが送られては来ますが、それを家でやるのみ。授業が行われているわけではない」
緊急事態宣言下で、基本は「各自で自宅学習」。家庭で子どもの勉強を見るには、家庭ごとに状況も異なり、限界がある。教材の購入やオンライン学習環境の整備も「各家庭の努力次第」となる以上、教育格差は開く一方だ。
すでにテクノロジーを用いた授業指針が進んでいる海外諸国では、今回の感染による外出自粛を受けてもオンラインでの授業が十分に行えている。(写真はスペイン)
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アメリカ、中国、イタリア、韓国など感染拡大した各国では、政府が早急に全面的なオンライン授業に切り替えた。「休校」が意味するのは登校がなくなるだけで、授業は継続している。せいぜいプリントを配って「ただの休校」とする日本の多くの公立校とは、かなりのギャップがある。
果たして緊急事態宣言の期限である5月6日に、新型コロナウイルスが抑えられ、学校再開ができるのかは未知数だ。「賭け」のような状況で、ただの「休校」を続けていていいのか。
「教育を止めないで」激減する社会とのつながり
休校中、家に引きこもり不健康な生活を送ってしまいがちな子どもたち。遊んだり、友達と交流する場でさえも奪われてしまうのだろうか。
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そんな「放置」状態の休校中も、小学校低学年を中心に、子どもたちの受け皿として機能してきたのが放課後や夏休みなどに子どもたちを受け入れる、学童保育。家にいれば「子どもがYouTube漬けになる」「仕事中みてくれる人がいない」という親にとっても、手持ち無沙汰の子どもにとっても、頼みの綱だった。
3月以来の休校期間には特に、「子どもにとっての社会との接点」や「知的好奇心を刺激する場」といった、学校の代替機能も一手に担ってきた面がある。
そんな数少ない子どもたちの居場所だった学童も、4月7日の緊急事態宣言下の都府県では閉鎖および、医療従事者や物流など特定業種の家庭の利用に制限する自治体が相次ぎ、子どもたちの教育の機会や社会とのつながりは、かつてないレベルで激減している。
首都圏で複数拠点の学童保育を運営する「放課後NPOアフタースクール」も、宣言後は預かる子どもたちの数が半減。同NPO事務局長の島村友紀さんは言う。
「この先、どれだけ休校が続くか分からない中で、地域によってはさらに子どもたちに閉塞感が生まれると思います。とにかく、つながりを持ち続けることが大事です。私たちはオンラインで学童の先生と子どもたちをつなぐ試行も始めています。1日にわずかな時間でも、好きな先生とつながる時間があれば、それだけでも子どもたちは嬉しい。学校の先生とも連携できれば」
家庭内に閉じこもる子どもたちのリスク
杉並区内で民間学童保育「みんなのがっこう」を運営する高橋和の助さんも、休校期間中について「学校から要請があれば、子どもたちの休校中の過ごし方について協力したい」と話す。
「こんな状況に学校も戸惑うのは分かります。ただ、休校期間に何をしていいのか分からないのなら、学童に様子を見にきたり知見を交換したり、できると思います。地域のリソースをもっと使って欲しいと、歯がゆい思いをしました。同じ子どもをみているわけですから、連携した方がいいに決まっています」(高橋さん)
さらに高橋さんは、教育にとどまらない点を強調する。
「今後は家庭内でしか子どもの状態が分からなくなってしまうリスクもあります。教育を止めない意味でも、子どもを守る意味でも、学校、民間、保護者が連携できるネットワークがこんな時こそ必要では」
休校で子どもが家庭のみに閉じこもることで、虐待や放置まで見えなくなる。教育格差のみならず、「社会による子育ての機会」も失われる損失は、計り知れない。
この現実に文科省の回答は……
文部科学大臣の萩生田光一氏。今回の感染で、ICT教育の著しい遅れが浮き彫りになってしまった日本……これからの対応は?
REUTERES
新型コロナウイルスの到来で、ICT教育の遅れや、学校と学童、地域や保護者とのネットワークの脆弱さが浮き彫りになった日本社会。
オンラインで学校とのコミュニケーションが継続されることは一つの解になり得るはずだが、教育用コンピューターの普及率が児童生徒5.6人で1台、教室の無線LAN整備率34%というのが日本の現実(2018年総務省調べ)だ。即座のオンライン授業の実施のハードルはあまりに高い。
日本の児童生徒が「放置」される現実を文部科学省はどう見ているのだろうか。
文科省情報教育課の担当者は言う。
「ICT教育の遅れはもちろん認識しています。ただ、日本の公教育で、まずはWifiなど環境の整っている家庭からオンライン教育をどんどん始める——といったことはできない。まずは環境整備からと、インターネット環境のない家庭に(通信用の)モバイルルーターを配る予定です」
今変わらなければ、この先も変わらない
「1人1台端末」支給の前倒し措置を発表した文科省。休校中に全国の家庭でオンライン授業ができる環境を整えられるのか、疑問を持つ親たちも多い。
撮影:伊藤有
文科省は新型コロナウイルスを受けた緊急経済対策パッケージを4月7日に発表。「1人1台端末」実現の前倒しや、家庭でつながる通信環境整備費用として、2020年度補正予算に2290億円を計上した。
ただ、それには全国の何家庭分のモバイルルーターが必要なのかという調査から始める必要があり、さらには休校期間中にその調達が可能かどうかも未知数だ。
「アメリカなど諸外国と比べて遅れは当然、認識している。家庭で学べるサイトの紹介などはしているつもりだが……。なかなか『文科省』で検索はしないですよね」(文科省担当者)
手をこまねいているのが現状だ。
都内の小学1年生の子どもをもつ、母親は言う。
「タブレットの全員配布がなくても、学校のホームページに動画をアップする、メルマガを配信するなど、今からでもできることはあるのでは」
これで変わらなければ、この先も変われない。学校とは教科書を持って教室に集まり一斉に授業するもの……というこれまでの「当たり前」を脱却する、最後のチャンスが来ている。
(文・滝川麻衣子)