緊急事態宣言が発令された翌朝の丸の内。さすがに出勤する人の数は減っていた。
撮影:竹井俊晴
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府は緊急事態宣言を発令、一層踏み込んだ「外出自粛要請」が出された。朝夕の通勤ラッシュは多少緩和されているというものの、それでも在宅勤務に踏み切れない職場は少なくない。
「4月6日の夜、急に上司から部署内に一斉メールがきたんです。『明日から会社には来ないでください』と。いきなり180度態度が変わったので、ビックリしましたね」
6日の夜と言えば、翌日に安倍首相が「緊急事態宣言」を発令するとの報道が流れた後だ。
20代のこの男性が勤める都内の会社は社員200人ほど。3月下旬になって、小池都知事が「外出自粛要請」を繰り返し出しても、職場だけでなく会社全体の危機感は薄く、毎日ほぼ全員が出社していたという。会社からも上司からも「テレワーク推奨」という話は一度もなかった。
途中、職場内で体調を崩した同僚がいても、
「『もしコロナだったら、俺たちヤバイね』とヘラヘラしている人が多く、全く危機感はなく……。私は感染が怖く、1日でも早く在宅勤務にしてくれ、と祈っていたのですが、“男子校”ノリの職場で、そうした正常な危機感を口に出せる雰囲気はありませんでした」
仕事自体が在宅でできない訳ではない。実際、上司の一斉メールの翌日から、この男性を含め在宅で働いているが、特に支障はないという。
在宅だと「サボり」を警戒する上司
緊急事態宣言について会見で説明する安倍首相。新宿のアルタの大型ビジョンに映ったその画面を見る人もまばらだった(4月7日夜、新宿で)。
撮影:竹井俊晴
では、なぜ在宅勤務が進まなかったのか。
もともと外回りの仕事も多かったので、ホワイトボードに行き先さえ書いておけば1日の行動について細かく聞かれることはなかった。だが、むしろ新型コロナウイルスの感染が広まり、「テレワーク推奨」が叫ばれるのと反比例するように、職場の上司の「管理は強まった」という。
「顔が見えないと不安になるようでした。サボっているじゃないかと。1日でも顔を見せない同僚がいると、『あいつ、どうしてる?』と急に気にするようになったんです」
在宅勤務になると部下が「サボるんじゃないか」。その昭和的な価値観の上司たち。働き方の変化を受け入れられない上司たちが在宅勤務を阻んでいる。この職場では、緊急事態宣言の発令後も、数人の管理職は出社を続けるという。
「6割は会社で特段対応なし」
出勤についても「自粛」が要請されているが、在宅勤務が「できない」とする事業者も少なくない。
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Yahoo!ニュースでは緊急事態宣言を受けて、「あなたの会社はどう対応?」という緊急アンケートを実施。4月9日10時時点では約17万7000人が回答、63.4%が「特に対応なし」と答えている。「テレワーク推奨」は15.3%、「テレワークと時差出勤推奨」は10.9%に過ぎない。
またソフトバンクグループの子会社アグープは、4月7日のJR東京と大阪両駅周辺の人の動きをスマートフォンの位置情報を元に解析、その結果、3月中旬の平日と比べると東京駅周辺で約38%、大阪駅周辺では約33%の減少が見られたが、政府が感染爆発を防ぐために掲げる「8割の接触減」という目標値にははるかに届いていない。
もちろん、医療関係者や生活必需品を販売する小売店など、どうしても出勤を余儀なくされる人も少なくない。東京都でも事業継続緊急対策(テレワーク)助成金などを用意はしているが、中小企業の中には在宅勤務のための設備投資が進んでない事業者もあるだろう。
だが、「できるはず」の職場で進まない理由には、働き方を変えることに対する大きな抵抗力がまだまだ存在する。
全員出社の取引先から打ち合わせ要請
都内のPR会社に勤める40代の男性は、緊急事態宣言が出されるという報道があった翌日の4月7日も、普段通り神奈川県内の得意先に向かった。そこで見たのは「全員出社状態」という風景だった。
「取引先に呼ばれたのも、うちは宣言が出ても普通に出社するので打ち合わせに来て欲しい、という要望があったからです。『大丈夫かな』と思いつつ、結局、私たちのような会社は、自分たちの意思ではどうすることもできず、取引先に振り回されるのです」
男性の勤務先でも3月下旬、「外出自粛要請」が都知事から出された後、会社としては「在宅推奨」、でも「実質出社」という事態が続いていた。さすがに宣言が出された後は、上司から「会社に来るな」と言われたが、プレゼンの打ち合わせ、制作物のチェックなどだけは、短時間出社して業務を行なっている。
緊急事態宣言が出される前の4月6日、東京駅。多少人通りは少なくなっているものの、まだ出勤する人の姿が。
撮影:竹井俊晴
もともと顧客のNDA情報も多く扱っているため、会社のパソコンを自宅に持ち帰ることは禁止、、自宅で仕事をするためには新たにモバイルパソコンの申請を会社にする必要がある。3月、周囲の同業者で在宅勤務が広がっても、この勤務先では危機感は薄かった。それが4月になり、「宣言」の可能性が指摘されるようになり、モバイルパソコンの申請が殺到した。
「緊急事態宣言が出る当日まで、『宣言が出たらどうする』という議論さえなかった。会議も普通に行なっていた。なぜもっと早く準備しておかなかったのかと思います」
在宅勤務推奨の第1波は、2月下旬に一度起きていた。電通など大企業で感染者が見つかり、資生堂など大企業が相次いで全員リモートを徹底させてからだ。
急遽派遣社員にまでパソコンを支給
4月6日16時半ごろの品川駅。まだ人の姿は多い。
撮影:竹井俊晴
2月17日から「テレワーク・時差出勤推奨」となった大手通信会社も、当初はなかなか出社する人が減らなかった。社内にも職場にも「これを機に一気に業務全体を見直して全員がテレワークできる環境を整えよう」という雰囲気もなかった。
だが、空気が一変したのは、3月に入ってから。月8日までという在宅勤務の日数制限が外され、派遣社員に至るまで全員に持ち帰り可能なパソコンが急遽支給された。この企業に勤める50代の女性は言う。
「この数年全く浸透しなかった在宅勤務や『できない、できない』と言っていたパソコンの全員支給など、一気に進みました。派遣社員の管理に社員が必要、と言っていたこともなくなり、お客様からの問い合わせも携帯で受けられるようになり……おそらくトップや部長間の議論で一気に進んだんだと思いますが、『なんだ、やればできるじゃん』と感じましたね」
この女性はもともと子育てのために、時短勤務を選択する職場では“少数派”だった。だが、在宅勤務が徹底されたことで、むしろ時短を選択しなくても、1日8時間働ける日も増えた。
ウェブ会議で発言がしづらい社員
4月6日18時、東京駅八重洲口。緊急事態宣言前とあって、まだ出勤している人は多かった。
撮影:竹井俊晴
この女性が今感じている課題は3つだ。
機密情報を取り扱う際には、監視カメラや複数の社員の目でチェックするルールだったが、非常事態の在宅勤務では相互チェックの仕組みを緩めざるを得なかったこと。在宅勤務は家族とは別室で、というルールもあるが、自宅や家族の都合で守れていない人がいるかもしれない、ということ。
社員が一斉に在宅勤務をする想定をしていなかったため、在宅勤務用のシステムの負荷が間に合わないこと。緊急事態宣言今でも時々システムが重くて作業が中断してしまう。この女性は在宅でも、みんなが少し勤務時間をずらすなどの工夫が必要だと感じている。
さらに、ウェブ会議になった場合、発言者が限定されがちだということだ。部署内のコミュニケーションのために気軽にチャットできるチャンネルも作ったが、特に若い女性社員は自室や化粧をしていない顔を見られるのが嫌だということから、どうしても参加や発言の回数が限られてしまうという。
それでも、とこの女性は言う。
「4月には新入社員や他の部署からの転入社員もいて、業務をゼロから在宅でオンラインを通じて教えるのは、かなり大変です。そうであってもこの変化を前向きにとらえたいと思っています」
(文・浜田敬子、写真・竹井俊晴)