都庁の職員からも感染者が出た。だが、公的なサービスに従事している公務員からは、在宅勤務は難しいという声も。
撮影:竹井俊晴
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、政府は4月11日、緊急事態宣言を出した7都府県で「出勤7割減」を要請した。それまでの「できるだけ在宅勤務を」から一転、「7割減」要請。毎日のように変わる状況に、職場の指示も二転三転する。
戸惑っているのは、民間企業の社員だけでなく自治体職員も同じだ。
中には上司に「国の機関は前線だと思え」と通常勤務を強いられた翌日に一転、窓口業務が縮小され勤務日が半減した職員も。行政手続きのオンライン移行も不十分な中、やむを得ず来庁する人に対応するため、職員が手作りで窓口に「間仕切り」を設けるといった涙ぐましい努力も始まっている。
求職者に自前のマスクを渡す
働かざるを得ない人たちでもマスクは自分で調達、というケースは少なくない。
Shutterstock /InkheartX
「国の機関だから、こういう時は前線だと思って仕事をしないといけない。窓を開け放して、話を聞くしかない」
神奈川県内のハローワークに勤務する女性相談員(40代)は、緊急事態宣言発令の翌日、上司に「職員の感染防止対策はしないのか」と聞くと、そう言われたという。
「コロナウイルスという大きな脅威に、精神論という『竹槍』で対抗しようとしているようなもの。とても戦えないと思った」
感染拡大に伴う営業自粛などの影響で失業者が増えたのか、3月下旬以降の来所者は例年以上に多かった。窓口では、職員と求職者が一つの端末画面をのぞき込み、「濃厚接触」しながら求人を探した。この女性も求職者1人当たり約1時間、対面の相談業務を続けていた。
職員の中には、持病があり感染した場合の重症化リスクを抱える人もいる。女性も免疫系に疾患を抱え、不特定多数の人と接することに不安を感じていた。せめてもの予防策として、マスクなしで相談に来る相手には、自前で購入したマスクを渡し、付けるように頼んでいたという。
職員には毎朝、検温と発熱確認が課されていた。女性が「せめて来所者にも発熱確認をするか、必ずマスクを着用するよう呼び掛けてほしい」と訴えると、上司は「来所者の人権が……」と言葉を濁した。
「部下の人権を守る気はないのか、と思いました」と、女性は憤る。
正職員の「指示待ち」姿勢に疑問
緊急事態宣言後、大企業を中心に在宅ワークへの切り替えは進むが……。
撮影:竹井俊晴
しかし4月10日、事態は一転した。
週明け13日から対面での相談業務を中止し、出勤する職員の人数を大幅に減らすことになったのだ。予約の入っていた相談は当面、すべてキャンセルとなり、女性の出勤日も半分程度に減ったという。
「自分が感染する恐怖だけでなく、来所者を感染させてしまう怖さもあって退職も考えていた。出勤はゼロにはならないが、やっと少しほっとした」
ただ一連の混乱を通じて「上からの指示」がない限り、動こうとしない正規の公務員の姿勢には、大きな疑問を感じたという。
女性は専門職だが、契約上は1年更新の「非正規公務員」だ。窓口にいる職員も、非正規職員が多い。
3月以降、上司に感染の恐怖を訴え、オンラインや郵送手続きへの移行を進言したのは、もっぱら非常勤職員だった。正職員の多くは、「やれと言われたことをやるしかない」という様子で、不満も言わず淡々と業務をこなしていたという。
正規と非正規の公務員は、雇用の安定性や賃金水準に大きな格差がある。正職員は感染しても90日間の病気休暇があり、期間中の賃金は100%補償されるが、非正規だと休暇日数も補償額も少ない。「雇い止め」と減収の不安を抱えながら働く非正規公務員が、感染リスクを避けようとするのは無理もない。
窓口業務が制限されたとはいえハローワークは開いており、来る人を拒むことはできない。失業保険の受給資格を得るための申請など、来所が必要な手続きもある。女性はこう話す。
「『公僕』としての覚悟の違いと言われればそれまでかもしれないが、正職員が対面・紙重視の業務に慣れ、オンライン化を先送りにしてきたつけを払わされているようにも思う」
手作りの「間仕切り」設ける自治体も
警察官からも感染者が相次いでいる。
Shutterstock/Roaming Freeman
4月7日には、東京都庁職員の感染が確認された。他県でも警察官らの感染が相次ぐなど、公務員への感染はじわじわと広がっている。
年度変わりで、異動や転勤に伴う引っ越しも多いこの時期は、行政機関の「繁忙期」でもある。神奈川県内の区役所に勤める女性職員は、民間企業で在宅勤務が進みつつあった3月下旬にも、「毎日、600人ほどの来庁者と接していた」と話す。
緊急事態宣言が発令されてからも来庁者は絶えず、「(市販のマスクを入手できずに)自作の布マスクを付けて対応している職員もいる」。
中には、高齢者や障がい者に発行される無料のバス乗車券をもらうために来庁した人も。
「通院に必要などやむを得ない事情のある人もいるが、多くは郵送でやり取りするより役所に直接行った方が楽だとか、単に時間があるといった理由で来ており、危機意識は薄め」(女性職員)
区役所側も、来庁者との間にソーシャルディスタンス(社会的距離)を取るなどの対策は特に取っていないという。
転入届の提出など、オンラインではできない手続きもある。別の自治体のある職員は、「転入手続きと一緒に、印鑑登録や児童手当の申請も済ませる人が多いため、どうしても庁舎での滞在時間が長くなってしまう」と話した。
一方、神奈川県秦野市や同県海老名市など一部の自治体では、窓口の職員が独自に、来庁者との間に「間仕切り」を設けている。
海老名市役所では9日の窓口業務終了後、職員が保管されていたビニールなどを活用して、透明なカーテンを手作りした。
同市窓口サービス課の職員は「市民から飛沫感染を懸念する声も出ていたので、職員の発案で設置した。アクリル板などで正式な設備を用意するには時間もお金もかかるので、今できる対策をした」と話す。
同市役所は「感染が収束してから役所に来ても支障のない手続きや、郵送・オンラインでできる手続きも多い。住んでいる自治体のサイトをチェックし、不要不急の来庁はなるべく控えてほしい」と呼び掛けている。
(文・有馬知子)