リーマン・ショック乗り越えた先人たちに学ぶ、フリーランスの不況生き残り術

コロナ 街並み

撮影:竹井俊晴

新型コロナウイルスのまん延によって、あらゆる業界が経済的なダメージを受け、非正規雇用で働く人々を中心に大きな不安を抱えている。

我々フリーランスも例外ではない。

4月7日、東京都をはじめとする7都府県を対象に「緊急事態宣言」が発令され、併せて公表された108兆円規模の「緊急経済対策」では、個人事業主やフリーランスに対しても最大100万円が支給されることが明らかになった。支給条件は「売り上げが前年同月比50%以上減少」という。

コロナウイルス収束のメドが立たず、世界がリーマンショック級の大恐慌に陥る可能性もある中、そもそも100万円では足りないだろう。コロナウイルスの影響で契約を解除され「会社員に戻るための転職活動」を余儀なくされているフリーランスも少なくない。筆者も少なからず打撃を受けている。

不安なこと、心配なことをあげればキリがないが、この苦難を乗り切るためには何をすべきか?を考え抜き、できる限りのことをやり切るしかない。

その際、10年ちょっと前、リーマン・ショックとそれに端を発する金融危機が起きたとき、当時フリーランスだった方々はどんな影響を受けて、どのように乗り越えていったのかを知ることは、いくらか参考になるかもしれない。

そう考えた筆者は、SNSで協力者を募り、複数人のフリーランスに話を聞いた。「ウィズコロナ時代の生存戦略」を考える上で、参考になる知見がたくさんあったので、ぜひご紹介したい。

下を向かずに前を向いて営業活動を

商談

仕事が少なかったら少ないなりにどうにかする方法がある。営業活動をやめないこと。

Shutterstock/OneStockPhoto

はじめに話を聞いたのは、現在は研修講師として多方面で活躍されている倉本祐子さん。

リーマン・ショックが起きた当時は、大手人材企業からのオファーを受け研修講師として働いていたが、リーマンショックの影響で業績が悪化。所属していた部門が「解散」となった。職を失ったわけだが、茫然自失としているヒマはなかった。

夫婦共働きではあったものの、夫の勤務先のレストランもリーマンショックが直撃して給与が支払われなくなった。どうしても、倉本さん自身が1円でも多く稼ぐ必要があった。

倉本さんがとったアクションは極めてシンプル。元上司や元同僚、知人や友人など、信頼関係のある人にしぼって片っ端から電話やメールで連絡をして、「何か私にできる仕事はないですか?」と伝えたのだ。頼み込んだところで仕事の依頼がもらえる保証なんてどこにもなかったが、この「営業活動」が窮地に追い込まれていた倉本さんを救った。

当時、妊娠・出産とタイミングが重なったこともあり、「在宅でもできる仕事」に限られていたものの、知人経由で得た執筆案件や、インターネットで検索し続けて見つけた就活生のエントリーシートを添削する仕事をこなし、月に10万~15万円ほど稼いで糊口をしのいだ。倉本さんはその時のことを振り返って、こう話す。

「生活がかかっていたので間違いなく必死でした。ただ、決して悲観的ではなく、『仕事が少なかったら少ないなりにどうにかする方法がある。どうにかなる』と楽観的に考えていました。下を向かずに前を向いていたからこそ、何とか突破できたのかもしれません」

その後、2013年頃から徐々に好転しはじめ、子どもが少し大きくなって手が離れたタイミングで、2014年からは企業研修の講師業にシフト。今ではハラスメント対策の専門家として著書を出版するなど、日本全国から引っ張りだこの存在になっている。

苦境は繰り返される、タフなメンタルを

整体師

震災の影響もあったが、懸命に技術を磨き、営業。5500店舗中の1位に(写真はイメージです)。

Shutterstock/buritora

現在は整体師として東京・世田谷でお店を営む畑中みどりさんが、整体師を目指して会社員を辞めたのは、なんと2008年の8月末。リーマン・ショックが起きるわずか半月前のことだった。

最初の3カ月は修行期間として、知人に紹介を受けたある整体院で働きながら技術を習得。当時住んでいた名古屋を中心に、時に長野へ、時に東京へと行きながら出張整体を続けた。お盆休みや年末年始を除き、土日なく働き続けても月収は20万円程度だったが、自分が好きではじめた仕事だったのでまったく苦にはならなかった。

その後、満を持して世田谷に自身の整体院を開業するも、時は2011年1月。そう、東日本大震災の直前である。震災の影響に耐えながら懸命に技術を磨き続け、営業活動を続けた結果、2011年7月に来店数が急増した。整体の口コミサイトで全国5500店舗中1位になったのだ。

それ以来、現在に至るまで人気店として繁盛し続けている。

来る仕事は拒まず、徹底的にクライアントに寄り添う

Webデザイナーの川平雄一さんも「2008年退職組」だ。もともとは大手企業で派遣スタッフとして勤務していたが、「Webデザイナーの仕事にチャレンジしたい」と思い立って退職したタイミングが、リーマン・ショックが起きるタイミングと重なった。

約半年間の勉強期間を経て、2009年の夏に個人事業主として開業する。Webデザイナーとしての初めての仕事は、「行きつけのカフェのホームページ制作」だった。報酬は、カフェで提供しているコーヒーと食事だけだったが、独立して初めて依頼をもらうことができ、小躍りするように嬉しかった。

当初はクラウドワークスなどのクラウドソーシングサイトを使って愚直に案件をこなし続けた。目先の利益を求めず、クライアントのニーズにとことん寄り添い、無料でできる方法があれば、自分の売り上げにならずとも喜んで提案した。

「自分に期待して発注してくれたのなら、報酬以上の価値を提供したい」

徹底的にクリエイティブにこだわって仕上げた。

不況かつ駆け出しという状況の中で、価格交渉には難しいものがあったにせよ、粘り強い仕事の姿勢が、やがてクライアントの心をつかむようになったと言えそうだ。

そうした川平さんのスタンスはクライアントからも好評で、現在も案件の依頼が日々川平さんのもとに舞い込み続けている。

不況期を生き抜くフリーランスに5つのアドバイス

フリーランス

Shutterstock/Tirachard Kumtanom

ここで紹介した3人の方々は、最悪のタイミングでリーマン・ショックに直面し、苦難の道を歩むことを余儀なくされた。その道のりは決して平坦ではなく、「先の見えないトンネル」を抜け出すまでに数年間の期間を必要としている。

しかし逆に言えば、数年間腐らずに耐え忍んで努力をし続ければ、必ずトンネルは抜けられるということだ。記事の締めくくりに、インタビューの最後に3人から聞いたアドバイスをまとめてお伝えしたい。

1.「聖域なき節約」をせよ

3人の方が、いずれも真っ先にあげたのが「聖域なき節約」だ。

しばらくの間、収入が減るのは避けられない。ならば、節約をして支出を減らすしかない。経費や家計を徹底的に見直して、聖域なき節約を。今の時代なら、自宅にある「不用品」や「なくても困らないもの」をフリマアプリなどで売って少しでも生活の足しにするのもアリ。

2.世の中の動きに振り回されず「自分のありたい姿」を考え抜け

世の中の動きや日々のニュースに一喜一憂しても仕方がない。フリーランスとして独立したからには、自分がどうありたいか?を今一度考え抜いて、理想像に近づくためにやれることをやるのみ。

3人に共通していたのは、とくに収入面では最初から順調なわけでは決してないが、とにかく自分の道をコツコツと貫いていたことだ。

3.手に職をつけて、必要とされる存在になれ

ライティング、整体、Webデザインなど何でも良いが、「稼ぐ」ためには手に職をつけるのが一番。今までのスキルだけでできることをやるのではなく、必要に応じて新たなスキルを身につけて仕事の幅を広げることも、突破口を開くきっかけになる。

4.つまらないプライドを捨てて「営業」すべし

これはまさに、冒頭の倉本さんが実践したこと。好景気の時とは異なり、待っていても向こうからは仕事はやってこない。1円にもならないつまらない「プライド」はかなぐり捨てて、頼れるツテはすべて頼り、使えるマッチングサービスはすべて活用し、仕事を獲得するために「営業」すべし。その経験は必ず財産になるから。

5.新たなニーズを捉えて自ら動け

新型コロナウイルスの流行をきっかけに「コロナ特需」が生まれているように、どんなときでも常に「新たなニーズ」は生まれ続けている。いま、何が求められているか?最先端のトレンドにアンテナを立て続け、そのニーズに対して自分はどんなことができるかを考え抜き、とにかく行動しよう。

以上、リーマン・ショックを生き抜いたフリーランスからのメッセージをお伝えした。筆者自身、彼らの話を聞いていくうちに、少しずつ焦燥感が消えていくのを感じた。

不安になることで事態が好転することはない。こんな時だからこそ、焦らず、自分を見失わず、自分がすべきことを冷静に考え、一つ一つの努力を積み重ねていくしかない。そうすることでしか道は開けない。「明けない夜はない」のだ。

(文・西村創一朗)

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