撮影:今村拓馬、イラスト:Shutterstock
これからの世の中は複雑で変化も早く「完全な正解」がない時代。コロナウイルスがもたらしたパラダイムシフトによって不確実性がさらに高まった今、私たちはこれまで以上に「正解がない中でも意思決定するために、考え続ける」必要があります。
経営学のフロントランナーである入山章栄先生は、こう言います。「普遍性、汎用性、納得性のある世界標準の経営理論は、考え続けなければならない現代人に『思考の軸・コンパス』を提供するもの」だと。
この連載では、企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、入山先生が経営理論を使って整理。「思考の軸」をつくるトレーニングに、ぜひあなたも参加してみてください。参考図書は入山先生の著書『世界標準の経営理論』。ただ本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
前回から引き続き、読者のみなさんから寄せられた声に、入山先生が経営理論を思考の軸にしながら答えていきます。この議論をラジオ形式収録した音声でも聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。今回のテーマは「就職活動、仕事探し」です!
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:6分35秒)※クリックすると音声が流れます
こんにちは、入山です。前回に引き続き、僕がこの連載初回で読者のみなさんに投げかけた「お題」に対していただいた回答を紹介していきたいと思います。
僕が出したお題は、「あなたがいまビジネスで抱えている課題やキャリアの悩みについて教えてください」というものでした。今回ご紹介するのは、20代前半の学生Cさんからのこんな回答です。
なるほど、大事な問いかけですね。僕は常々、「これからは正解のない時代であり、そんな中でも、意思決定だけはしなくてはならない」と言っています。この方が「就職活動はいちばん最初にする正解のない意思決定」とおっしゃっているのは、まさにその通りですよね。
ちなみに、読者のみなさんの多くと同じミレニアル世代の横山耕太郎さん(Business Insider Japan編集部)は新卒で新聞社に入社し、その後Business Insider Japan編集部に移られたわけですが、10年ほど前に就活をしたときは自分なりに納得して就職先を選ぶことができたようです。
横山さんは最初のうちこそ悩んでいたようですが、「ここだ!」と納得して意思決定することができました。しかしこれはおそらくレアケースで、一般的には必ずしも全員がそうできるとは限りません。
では、そういうときにどうすればいいか。実はこのテーマ、以前別のメディアでも取材を受けたことがあるのですが、僕の考えは今も変わっていないので、経営理論の考え方を使いながらもう一度お答えしようと思います。
自分が成長できる企業を選ぶ
一つは、Cさんもおっしゃっているように、自分が成長できる就職先を選ぶという考え方です。しかしよく考えていただければわかるのですが、成長できるかどうかは、事前にはわかりません。
成長とはあくまで自分がやりたいことがあった上での「手段」であって、成長そのものは「目的」ではないのです。現実にはまずは自分のやりたいことがあって、やりたいことを一生懸命、死ぬ気でやった結果、あとで振り返ってみると「ああ、成長していたな」とわかるものです。
そうなると本当に重要なのは、月並みですが、やはり「自分がやりたいこと」に納得して、その仕事を選ぶことです。ミシガン大学の世界的な組織心理学者であるカール・ワイクが中心となって生み出された「センスメイキング理論」によれば、人にとって何より重要なのは、「腹落ち・納得感」です。人間は自分が腹の底から納得したことならば真剣に取り組むが、心の底から納得していないことには真剣に取り組まないからです。
つまり、本当はやりたくないけれど、上司の命令でやらなければいけない「やらされ仕事」では、今ひとつ身が入らないので成長することもない。逆に心の底からやりたいと思うことであれば、なんであれ一生懸命取り組む。一生懸命取り組めば、成長することは間違いありません。センスメイキング理論については拙著『世界標準の経営理論』の第23章でも説明していますので、詳しくはそちらをご参照ください。
若いときから意思決定ができる組織を選ぶ
「自分が成長できるのはどの企業だろう」。就活中、一度ならず自問する難題だ。
撮影:今村拓馬
さて、このように仕事選びに関しては、「自分が本当にやりたいこと」を選ぶのが何より重要なわけですが、とはいえ、この回答をくださった方は20代前半とまだ若い。この年齢では、まだやりたいことなど見つからない場合も少なくないことも、多くのみなさんが認識されていると思います。
ちなみにここで言う「やりたいこと」というのは、「一生かけて」「生涯この道一筋」というような、重いものでなくてかまいません。「とりあえず目の前にある面白そうなこと」程度で十分。しかし、そういうものですら見つからないこともあると思います。
だとしたら僕のおすすめは、「若いときから意思決定の責任者になれる組織」を選ぶということです。
僕は日本の大手企業の人事担当者と交流がかなりあるのですが、彼ら・彼女らがいちばん悩んでいるのは、「意思決定ができる人材」が少ないことです。すなわち経営者候補・ビジネスリーダー候補が少ない、ということです。
学者の僕が言うのもなんですが、経営というものは答えがありません。時間も情報もたっぷりあれば悔いのないベストな意思決定ができるかもしれませんが、これからの現実は、わずかな情報をもとに、急いで決断を下さなければならないことも多い。場合によっては「直観」を根拠にするしかないことすらあります。
このようなとき、決断を下すのは怖いし、勇気がいる。決断の結果、自分ひとりが路頭に迷うだけで済むならまだいい。しかし組織のトップともなれば、自分の意思決定が及ぼす影響の大きさを考えると、足がすくむはずです。しかしそうやって意思決定を先送りにしていくうちに、取り返しのつかない結果になることも多いのです。
したがって、意思決定ができる人材になるためには、若いころから小さな意思決定をどんどん繰り返していくしかありません。意思決定の鍛錬だけは、座学ではできないからです。どんなに研修を受けても、実際に意思決定をしなければ意思決定力は上がりません。
「やりたいことが見つからないなら、若いうちから意思決定の機会を与えてくれる組織がおすすめ」と話す入山先生。
撮影:今村拓馬
その点、ベンチャー企業は規模が小さいだけに、比較的若いうちから意思決定をさせてもらえる機会が多い。そういう意味では、そこだけを見れば大企業よりもベンチャー企業のほうが若い頃のキャリアとしてはおすすめとも言えます。
例えばサイバーエージェントは、若いうちから意思決定に携われる会社として有名です。同社は「社長の肩書きほど安いものはない」と言って、見どころのある若者、やりたい事業がある若手を20代のうちからどんどん子会社の社長にしています。だからいまサイバーエージェント出身の人材は逸材ぞろいだと言われているのです。
ただし少しだけ気をつけなければいけないのは、ベンチャー企業でも、急成長して「メガベンチャー」手前くらいの規模になると、若い人に意思決定を任せなくなる場合もあるということ。そういう意味では、さきほどの横山耕太郎さんのいた新聞業界のように、成熟しきった業界にあえて進み、修羅場の中で意思決定ができる権限をもらえるなら、それを繰り返すのもいい経験になるかもしれません。
その会社が若いうちから意思決定をさせてもらえるところかどうかを入社前に確かめるには、自分と近い世代の先輩に会って、話を聞くのがいちばんいいでしょう。おそらく人事担当者に聞いても、いいことしか言わないからです。
もしも先輩が「自分が裁量権を持って決断した結果、失敗した話」を誇らしげに語るのであれば、その会社がいい会社である可能性が高いです。逆に「大胆な意思決定をした経験がない先輩が多い会社」「意思決定の成功話しかしない先輩ばかりの会社」は、行くのを気をつけた方がいいということです。
【音声版フルバージョン】(再生時間:12分55秒)※クリックすると音声が流れます
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。