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Business Insider Japan読者にも多い「30代」は、その後のキャリアを決定づける大切な時期。幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。
この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
今回は、読者の方からお寄せいただいたご相談にお答えします。テーマは「ベンチャー企業のCxOのポジションを目指すなら、どんな経験を積めばいいか」。
大手で経験を積んでいればベンチャーに歓迎される?
CEO(最高経営責任者)、COO(最高執行責任者)などの役職名は広く浸透していますが、近年は「最高○○責任者」の○○部分の細分化が進んでいます。○○部分=「x」とし、「CxO」と総称されます。
CxOには、COO(最高執行責任者)、CSO(最高経営戦略責任者)、CFO(最高財務責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)、CHRO(最高人事責任者)、CIO(最高情報責任者)……など、多様な種類があります。いずれもその分野のプロフェッショナルとして、経営のかじ取りを担います。
最近、Aさんと同様、20~30代の皆さんから「ベンチャーのCxOを目指したい」というご相談が増えています。
そこで今回は、ベンチャーのCxOポジションに近づくために、どんな経験を積んでいくのが有効かをお伝えしましょう。
自由な雰囲気、フラットな組織、頼れる仲間……。「大企業からいずれベンチャーへ転身を」と希望する人は多い。
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まずは、ありがちな「誤解」を解いておきたいと思います。
「大手企業で経験を積んでいれば、それより事業規模・組織規模が小さいベンチャーでも十分に活躍できるのでは」
これについてハッキリ言っちゃいます。「そんな甘いモノじゃない!」。
大手企業では、ビジネスモデルにおいても組織体制においても、しっかりとした基盤ができ上がっていますよね。資金も潤沢。周囲に優秀な人材も豊富に揃っています。とても恵まれた環境です。
しかし、ベンチャーの場合はリソースが限られているのに加え、一から仕組みを創り上げる必要があります。パートナーや顧客を開拓するにしても、大手企業のような知名度やブランド力がない分、交渉にも苦戦を強いられます。特に最初のファーストクライアントの開拓は並大抵ではありません。
ですから、いずれかの専門分野についてよほどしっかりした経験・スキルがなければ務まるものではないのです。さらに、入社後に専門性をさらに深く極めていくこと、また、専門分野の枠内にとどまらず、周辺分野にも知見を広げていく必要があります。
ストイックに努力する覚悟が欠かせないことは認識しておいてください。
「経営企画部門へ異動」は有効な手段?
Aさんの場合、いまお勤めの会社で経営企画部門への異動希望を出しているのですね。それが功を奏するかどうか。これは、「企業による」「上司による」が率直な答えです。
経営企画への異動が叶ったとして、そこでどんな役割を与えられるかがポイント。会社や上司の方針が「経営人材としてしっかり育て上げる」ということであれば期待できますが、実のところ、「データの集計」「レポート作成」程度しか任されず、経営企画の根幹部分になかなかたどり着けないケースも多いようです。
もし後者だとしたら、Aさんは経営企画部門に異動するよりも、今の営業企画部門で営業戦略策定のスキルを極めたり、目の前の業務に取り組んで高い成果を出し社内評価を獲得していくほうが、目標に早く近づけるかもしれません。
「経営企画部門に異動できたとしても、本当に経営スキルを身に着けられるかは組織と上司次第です」と森本さん。本来やりたい経営企画には携われず、補助的な業務に終始してしまうことも。
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では、「ベンチャーのCxO」のポジションに近づくためにはどんな経験を積んでいけばいいのでしょうか。
私はエグゼクティブクラス専門の転職エージェントとして、CxOの転職を数多く見てきました。CxOとして迎えられている人の多くに共通する要素をお伝えします。
「経営」を体系的に学んでいる
あなたは「PL/BS/CF」が読めますか? まずは、そこから始めましょう。
PLとは損益計算書、BSは貸借対照表、CFはキャッシュフロー計算書です。経営のかじ取りをするには、この3つを読み取る力が欠かせません。
これは独学でも習得できるので、すぐにでも勉強を始めてください。この知識を備えたうえで、今、自分が所属している事業部門の状況を分析してみる、あるいは自社のIR情報を見てみるだけでも、経営センスを養うことができます。
ベンチャー企業でハードワークをこなしながら、企業経営に必要な知識を座学で学ぶ——CxOを目指すなら、そんなタフさも必要だ。
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経営のコアメンバーとして転職に成功している人を見ると、経営の基礎知識・メソッドをしっかり学んだ経験がある人が多数。MBAを取得している人も多く見られますし、MBA取得まで至らなくても、ビジネススクールなどで学び、経営・事業戦略や業務改善などに役立つフレームワークを身につけています。
皆さんも、経営に関する本を読むなり、スクールやセミナーに参加するなりして、勉強してみてください。「中小企業診断士」のカリキュラムを学んでみるのもお勧め。資格取得までしなくても、学ぶだけで財務・組織・マーケティングなど経営の基礎が体系的に身につきます。
また、昨今、企業経営にIT・インターネットの活用は欠かせません。最新のテクノロジーやそれを活用したツールなどに対するリテラシーを高めておくのも有効です。
こうした知識・メソッドを習得したら、それを今の職場で実践してみましょう。例えば、会議終了後、議論された内容を集約したり図式化したりと、A4紙1枚に収める作業をしてみるのも有益なトレーニングとなります。
また、担当業務では学んだ知識を使う機会がなくても、業務の改善提案をする、新しいプロジェクトを起案する、勉強会を企画するなど、知識を活かしてできることはあるはずです。
新しい取り組みにチャレンジし、そのPDCAのプロセスをしっかり検証して「自分のものにする」ことは、経営のポジションを目指すうえで強い武器となります。
「非連続キャリア」を積んでいる
「非連続キャリア」を積むことの有効性については、この連載の第4回でもお伝えしました。
単一の部門・職種を長く経験してきた人よりも、転職・異動・出向などの「変化」を経験している人のほうが転職市場での評価が高く、ことCxOのポジションに就く人物には、複数の事業部門・職種を経験している人が多いのです。
経営のコアメンバーとして会社全体を俯瞰し、リソースを最適な形で組み合わせて戦略を立てるためには、さまざまな部門の役割や仕事内容を理解している必要があります。また、特にスタートアップ企業では人材リソースが常に不足しているため、「兼務」は当たり前。フォーメーションを柔軟に変えながら少ない経営ボードメンバーで補完し合うことも必要です。
リソースが不足していることの多いベンチャー企業では、さまざまな部門・職種を経験してきた人のほうが柔軟に対応できる。足りないところを補い合うチームワークも必要だ。
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ですから、何らかの専門分野を持ちつつ、幅広い経験を積むことも大切。今の部署でひととおりの経験を積めたのであれば、あえて別の部門・職種への異動・出向希望を出してみてはいかがでしょうか。
異動が難しい場合は、他部門が主導する「組織横断型プロジェクト」などに率先して参加するのも手です。
一度「大きくしゃがんだ」経験がある
私はベンチャー企業の経営者から「CxO候補となる人材を紹介してほしい」というご相談を受けることも多いのですが、「大手企業からそのままうちに入社してもらうのではなく、一度はベンチャーで働いた経験を持つ人がほしい」とよく言われます。
大手企業で実績を持つ優秀な方であっても、スピード感やカルチャーが大きく異なるベンチャー企業に入ると、ギャップが生じて活躍できないケースも多数。ですから、いきなりCxOのポジションを狙うのではなく、メンバーないしチームリーダークラスとしてベンチャーへ転職し、経験を積むほうがいいと思います。
大手企業からベンチャーのメンバークラスへの転職となると、年収が大幅に下がることがほとんど。「ステータスが下がる」ことを気にする人も……。
しかし、CxOのポジションを手に入れた人の中には、そんな「大きくしゃがむ」転職を受け入れ、チャレンジした経験を持つ人が多数います。そして、着実に実績を積み重ねて報酬も伸ばし、最終的には大手企業時代の年収を大幅に超えているのです。
そのように、中長期視点でキャリアを考え、今持っているものを「一旦捨てる」覚悟も重要です。
とはいえ、家計の事情などから、年収ダウンのリスクを取ることができない人もいるでしょう。その場合、「副業としてサポート」という形で始めてみる方法もあります。
最近は副業(複業)を許可する大手企業も増えてきました。今の会社に勤務しつつ、平日夜間や土日などを利用し、スタートアップ企業の事業立ち上げに関わってみてはいかがでしょうか。
SNS、ビジネススクール、スタートアップが集うピッチイベントなどを通じて、成長性があるスタートアップ企業に出会うことができます。そこに対して、自分のスキルを提供するとともに、「事業づくり」「組織づくり」の経験を積み、ベンチャーならではのスピード感を身につける。それによって、目指すキャリアに一歩近づけるでしょう。
「経営企画へ異動」といった、会社の人事に頼らなくても、自分一人でスタートできることはたくさんあります。自分で考えて行動を起こしていくことで、CxOに必要な力も養えるはずです。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひアンケートであなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合がございます。
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※本連載の第13回は、4月27日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。