(出所)内閣府「景気ウォッチャー調査 令和2年3月調査結果」(2020年4月8日)をもとに編集部作成。
感染拡大が止まらない新型コロナウイルス。4月7日にはついに緊急事態宣言が出され、厳しい外出自粛要請が出されました。
そうなると気になるのが、日本経済への影響です。リーマンショックや東日本大震災など、これまで日本経済が打撃を被った出来事と比べて、今回のコロナショックはいったいどの程度の深刻さなのでしょうか。
そんな時に参考になるのが「経済統計」です。
この連載の筆者、鈴木卓実さんをはじめエコノミストが参考にする統計にはさまざまな種類がありますが、今回はその中から、この4月に入って公表された2つの主要な統計、「短観」と「景気ウォッチャー調査」の読みこなし方を解説。
今後の日本経済の行方を予想します。
全国1万社の景況が分かる「短観」
4月1日に日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(2020年3月調査)の概要が、翌2日には全容が公表されました。正式名称に馴染みがない方も、「日銀短観」「短観」と言われればピンと来るのではないでしょうか。
日銀短観は、四半期ごとに全国約1万社を対象に行う調査です。海外のエコノミストやマーケット関係者の関心も高く、BOJ TankanやTankan survey、あるいは単にTankanでも通じる有名な統計です(BOJはBank of Japanの略)。
経済統計は、政府や日本銀行といった公的機関、業界団体や民間企業が作成するものまで合わせると実に数百種類にのぼりますが、その中でも短観の注目度はトップクラス。5本の指に入ると言っても過言ではないでしょう。
短観にはいくつか特徴がありますが、そのひとつが回答率の高さです。今回の回答率は99.0%でした。前回(2019年12月)調査の回答率が99.6%、前年同期(2019年3月)調査では99.4%ですから、今回はコロナショックの影響で若干の取りこぼしがあったのかもしれませんが、それでも極めて高い数字と言えます。
調査先を変えない継続調査であることや、情報セキュリティが徹底していること、短観の知名度が高いので調査先に重要性が理解されていること、日銀職員も回答率100%を目指して調査先に督促の電話をかけていることなど、この回答率の高さはさまざまな要因に支えられています。
私が日銀に在職していたときは、短観の調査期間中、担当部署はパーテーション(いわゆる蛇腹)で囲われ、調査表の誤廃棄がないようゴミ箱まで管理されていました。今で言う“3密”の状態で、風邪すらうかつに引けない雰囲気でした。
公表日の前営業日まで調査表を集め、公表資料は当日の朝、担当者が早めに出勤して作成します。今回の回答期間も2月25日から公表日前日の3月31日ですので、作業スケジュールは変わっていないようです。公表まで、黒田東彦・日銀総裁も担当部署である調査統計局の局長も集計結果を見ることはできません。
このように短観は、回答期間が終了した翌営業日には公表されるので速報性が高いのも特徴です。
短観の調査項目は多岐にわたります。判断項目として業況の良し悪し、雇用人員や営業用施設の過不足などを調査すると同時に、年度項目として売上や経常利益、設備投資額などの数字を調査しています。
また、事業計画の前提となる想定為替レート、日銀の政策とも関連する物価見通し、新卒採用状況(6月調査、12月調査)、海外関連項目(公表は2020年6月調査から)も質問します。
なかでもハイライトと言えるのは、分かりやすく、経験的にも景気との関連が強いことが知られている、「業況判断DI」です。特に注目度の高い大企業・製造業の業況判断DIは、経団連の調査によれば「四半期GDP」と並んで最もよく利用されている数字です。
業況判断DIとは、簡単に言えば、企業が感じる自社の好不調を、選択肢の回答割合に基づいて計算するDI(Diffusion Index)という指数にしたものです。
具体的には、収益を中心とした、業況についての全般的な判断を「1.良い」「2.さほど良くない」「3.悪い」で回答してもらい、「1.良い」と回答した企業の割合から「3.悪い」と回答した企業の割合を引いて算出します。
全社が「1.良い」と回答すれば100、逆に全社が「3.悪い」と回答すれば▲100になるので、短観のDIは100から▲100までの値を取ります。
時系列データで業況判断DIを確認
さて、短観の概要が分かったところで、4月初めに公表された調査結果を見ていくことにしましょう。
グラフは、日本銀行の時系列データ検索サイトで大企業・製造業と非製造業の業況判断DIをデータ始期から折れ線グラフにしたものです。直近については、業況判断DIの先行きの値となっています(なお、始期の違いに興味がある方は、日本銀行のサイトにある「「短観」の歴史を教えてください。」をご覧ください)。
「大企業・製造業」には悪化の予兆
まずは「大企業・製造業の業況判断DI」からです(図表2)。ここには自動車や鉄鋼、金属機械、食料品などを製造する業種が含まれます。
(出所)日本銀行「短期経済観測調査」をもとに筆者作成。
今回の調査結果では、大企業・製造業の業況判断DIが▲8になり、2013年3月調査以来、7年ぶりにマイナスになったことが大きく報じられました。
悪い数字ではありますが、1970年代半ばの第1次オイルショック(▲57)や1990年代前半のバブル崩壊(▲43)、1990年代後半のアジア通貨危機や金融危機(▲51)、2000年代のITバブル崩壊(▲38)やリーマンショック(▲58)に比べると、足許の落ち込みは“まだまだたいしたことはない”という印象を受けます。
これほど世界を揺るがせているコロナショック危機の最中なのに、いったいなぜでしょうか?
先ほど、短観は「回答期間が終了した翌営業日には公表されるので速報性が高い」と述べました。ただし、短観は回答期間が1カ月ほどあるため、最近のコロナショックのように、影響が時々刻々と変化する状況では、どのタイミングで企業が回答したかを考える必要があります。
4月1日に公表された概要には記載されていませんが、調査表の記入要領を見ると「回収基準日は3月11日」とあります(図表3)。この回収基準日の前後に調査表の回収が集中することが知られていて、4月2日のNHKニュースによると、回収基準日までに7割の企業が回答したようです。
(出所)日本銀行調査統計局「短観(全国企業短期経済観測調査)2020年3月調査 記入要領」より。
日本で新型コロナウイルス感染者数が急激に増加し始めたのは3月11日以降のため、2020年3月調査の短観では、それ以降の自粛強化や緊急事態宣言が発令された後の企業の動きはあまり反映されていないことになります。ですから今回の業況判断DIを見る際には、その点を念頭に置きながら数字を見ていく必要があります。
「大企業・非製造業」は山谷がなだらか
次に、「大企業・非製造業の業況判断DI」を見てみましょう(図表4)。こちらには建設業や不動産業、小売や卸売、飲食などの各種のサービス業などが含まれます。
(出所)日本銀行「短期経済観測調査」をもとに筆者作成。
大企業・非製造業も、バブル崩壊や金融危機、リーマンショックの影響が見て取れますが、長い目で見ると、製造業に比べて山谷の振幅がなだらかという特徴があります。製造業が海外景気や為替レート、工場稼働率などの影響を受けやすい一方で、非製造業は生活必需品や身近なサービスの購入など、景気の影響を受けにくい面があるからです。
今回は非製造業の悪化ペースが速い
ただし今回の短観を見ていて気になるのは、その非製造業の業況の悪化ペースが、製造業よりも急であるという点です。業況判断DIを2019年12月調査(最近)→2020年3月調査(最近)→2020年3月調査(先行き)と時系列で追ってみると(図表5)、大企業・製造業は0→▲8→▲11と11ポイントの悪化、大企業・非製造業は20→8→▲1と21ポイントの悪化となっています(※1)。
※1 「最近」は回答時点の状況、「先行き」は次回調査がある3カ月後(今回の例では6月)の状況を予想して回答したものです。つまり、今回調査の「先行きの悪化」は、企業が「6月にはさらに業況が悪化するだろう」と考えていることを意味します。
短観は業種ごとの計数も公表されています。大企業・非製造業の内訳を見ると、塾やフィットネスクラブなどの「対個人サービス」、そして「宿泊・飲食サービス」が著しく悪化していることが分かります(図表6)。
(出所)日本銀行「短期経済観測調査」をもとに筆者作成。
最近の値で比較すると、「対個人サービス」は▲6とリーマンショック期の▲11に迫っていますし、宿泊・飲食サービスは▲59とリーマンショック期の▲55という記録を更新しました。前回調査は11だったので、変化幅は▲70。大半の企業が一斉に「悪い」と回答したことになります。
対個人サービス、宿泊・飲食サービスは自粛要請の影響が直撃する業種ですし、宿泊・飲食サービスについてはインバウンド減少の影響も大きいので、これらの業種は非製造業全体よりも著しく悪化しました。
ここまでで、2020年3月調査の短観の調査結果を見てきました。今回の短観に多くの企業が回答した時期は3月上旬。日本においてコロナショックのマイナスの影響がそこまで深刻化していない時期だったこともあり、製造業や非製造業という大きなくくりでは、まだまだ「最悪」と言うほどではありません。
しかし、3月上旬以降のコロナショックの状況を踏まえると、実態の経済はこの調査結果よりももっと悪いのではないでしょうか。そこで今度は、4月8日に公表された内閣府「景気ウォッチャー調査」を参照しながら、コロナショックに見舞われた経済の状況を概観したいと思います。
身近なビジネスの景況感が分かる“街角景気”調査
景気ウォッチャー調査には馴染みのない方も多いでしょう。これは毎月25日から月末にかけて、2050人を対象に家計動向、企業動向、雇用に関して内閣府が調査するもので、翌月上旬に公表されます。
速報性があり、DIという数字だけでなく「景気判断事由集」として調査先のコメントがまとめられるという、ユニークな調査です(ちなみに、令和2年3月調査の景気判断事由集を「コロナ」で検索すると996もヒットします)。
スーパーや飲食店、商店街、タクシー運転手など身近なビジネスの景況感が分かるので、「街角景気」調査という愛称でも知られています。
景気ウォッチャー調査の調査結果は、図表7のような形でまとめられます。まず、全国の動向として、景気の現状判断DI(季節調整値)・先行き判断DI(季節調整値)、次に各地域の動向として、景気の現状判断DI(季節調整値)・先行き判断DI(季節調整値)と続き、最後は景気判断理由の概要という構成になっています。
この調査結果のうち、エコノミストたちは特に全国の景気の現状判断DI(季節調整値)に注目しています。
景気ウォッチャー調査のDIは、「良い」を1、「悪い」を0とする5段階評価をもとに、それぞれに回答した割合を加重して作られているので、100から0までの値を取ります。例えば、良いと回答した企業の割合が50%、悪いと回答した企業の割合が50%であれば、50になります。同じDIと言っても、短観のDIは100から▲100までの値を取るので、統計の数字を見るときは作成方法にも注意する必要があります。
景気ウォッチャー調査では鮮明に「悪化」
ではさっそく、4月8日に公表された景気ウォッチャー調査(令和2年3月調査)を確認してみましょう(図表8)。
(出所)内閣府「景気ウォッチャー調査」をもとに筆者作成。
2002年からのデータで確認すると、「合計」「家計動向関連」ではリーマンショック期を下回っています。製造業や建設業、不動産業などが含まれる「企業動向関連」、人材派遣会社や求人情報誌、職業紹介所などが含まれる「雇用関連」も東日本大震災の時期を下回り、過去最低の水準まであとわずかというところにあります。
2020年1月から3月までの「合計」の数字を見ると、41.9→27.4→14.2と急速に悪化していることが分かります(図表9)。27.4となった2月調査は今回の短観の調査と同じ2月25日から始まっています。そこからわずか1カ月で14.2まで悪化したことになります。
(出所)内閣府「景気ウォッチャー調査」をもとに筆者作成。
本稿執筆時点で2月の失業率は2.4%とまだ低く、有効求人倍率は1.45倍と高い状態が続いています。しかし、今回の景気ウォッチャー調査で注目したい点は、「雇用関連」のビジネスに携わっている方の景気判断が急速に悪化していること。1月からの推移では、39.8→30.4→13.6と、2月から3月にかけて急激に落ち込んでいます(図表10)。
(出所)内閣府「景気ウォッチャー調査」をもとに筆者作成。
失業率や有効求人倍率といった統計に表れる前に、人材派遣会社や求人情報誌、職業紹介所などの現場目線で雇用情勢の急速な悪化を感じているのでしょう。
折しも4月8日には、東京都内でタクシー事業を営むロイヤルリムジンがグループ会社従業員を含む約600人を解雇することを明らかにしました。
これまではリーマンショック期にしても東日本大震災時にしても、底を打った後はV字回復というパターンをたどってきました。しかし新型コロナウイルスの影響については、現在の状況が長期化する可能性や、いったん収束したかに見えても再度流行する可能性もあり、これまでにない不況になることもありえます。V字回復とはいかず、Ⅼ字型や二番底があるかもしれません。
状況が急速に悪化している以上、これから公表される統計も調査時期によっては、「今とはだいぶ違う」ということになりかねません。短観は速報性で知られていますが、それでも、景気ウォッチャー調査の危機感に比べると「甘い数字」と言えます。他の統計はよりズレるでしょう。
報道される数字はどうしても、統計のヘッドラインに偏りがち。調査時期などが説明されることは少ないという現状があるので、過去の数字を真に受けて安心することがないよう注意が必要です。
次回の短観(6月調査)の公表予定日は7月1日。今回同様、調査期間中に情勢が変化する可能性もありますし、「甘め」の数字だった3月調査と比較して、どの程度変更されるのかがポイントになります。
また、6月調査から海外売上高や海外での設備投資額などが公表されるので、グローバル展開する日本企業が海外でのコロナショックの影響をどう見ているのかにも、ぜひ注目したいところです。
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※本連載の第7回は、5月15日(金)の更新を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
鈴木卓実:たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。元日銀マン。新潟生まれ、仙台育ち。2003年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本銀行にて、産業調査、金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年、独立・開業。経済・金融や健康のリテラシー向上のため、セミナーや執筆等を通じて情報を発信。既存組織に属さないフットワークを活かし、ポジショントークのない活動を行う。