撮影:伊藤圭
「現場のニーズに合わせ、『かゆいところに手が届くAI』をつくっていく」
そう話すのは、シリコンバレーに拠点を置きAI開発とAIビジネスを創造する「パロアルトインサイト」CEOの石角友愛だ。日本のクライアント企業100社近くにAI導入や提案を行ってきた現場から、今の日本が抱える課題を抽出。日本のAIビジネスの未来のために奔走している。
石角が2017年に立ち上げたビジネスの根幹は、「最先端のアメリカ西海岸のAI戦略とAI技術、AI開発を日本企業に導入すること」だ。
パロアルトインサイトの技術チームは日本にも少数いるが、主にアメリカのシリコンバレーとシアトルに集まっている。
なかでも、AIの機械学習を導入するためのデータ構造を設計し、それを実装する役割までを一貫して担うデータサイエンティストの比率が高い。人材集めの基本は、ネットワーキング。彼女がグーグル本社に勤務していた時代の友人の紹介もある。
ピュアな知的好奇心を根幹に持つ
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石角がワクワクするのは、「リアルなビジネスの課題と、クリエイティブな知との融合」だ。
「このビジネスモデルとこの数理モデルを掛け合わせたら、むちゃくちゃ効率が良くなるとか、すごく面白いビジネスが生まれるよねとか。なんか新しいものが生まれるぞという匂いがクンクン立ち込める現場にワクワクします。
今も私は、ある金融系の案件を持っていて、『データの重みづけ』をするときに、物理学出身のエンジニアと組んでいて。物理学だから、加速に質量をかけると力になるという原理を機械学習に活かせないかと、『金融×物理』のコンセプトの開発を進めているところ。考え方がクリエイティブで、そういう双方向の知の交点に立って話ができるのも、この仕事のたまらなく面白いところです」
クライアント企業の業種は、金融、医療、住宅、建築、ユーティリティ、芸能事務所……と多岐にまたがる。民間企業だけでなく、政府系機関からのオファーもある。人の紹介もあれば、石角の著書やインタビュー記事を読んでアクセスしてくる経営者もいる。
「私たちの顧客には、さまざまな業種にまたがるビジネスを手がける大企業の経営者もいれば、社員10人の会社のCTOもいて、多種多様な経営層とのお付き合いがあるんです。私をはじめとする『AIビジネスデザイナー』は、構想設計からプロジェクト設計、ビジネス設計までをする役目なので、まずは、相手方が取り組むビジネスに対してピュアに好奇心を、自分の根幹に持つことが大事なんです」
現場の知や熱さを伝える役割
ジェスチャーを織り交ぜ熱く語るスタイル。対面の仕事では相手のリアルな反応を感じ取りながらのコミュニケーションを大切にする。
撮影:伊藤圭
例えば、クライアントの1社である木造住宅専門店の事例は、AIの活かし方がユニークだ。
ここの企業のウリは使っている材木。海外に20ヘクタールの森林を持ち、現地で伐採して加工した材木を使う。その材木を船で日本に輸送し、日本でさらに加工したものを売る。
木の種類や樹齢、切り方などにより、同じ顔料で塗装しても、発色具合が微妙に異なる。木造住宅の建て主が、「注文したのは、この色じゃない」といった齟齬が生まれないよう、実際の発色と木のタイプや加工法との相関を分析して、事前予測にAIを活用できないだろうかと。そういうAI活用の提案も行なっている。
「材木がお客さんのもとに届くまでのストーリーや、発色というミクロなサイエンスを、ピュアに『面白い』と思うこと。それと、『木によってそんなに違うんですね!』という驚き。私はこうしたストーリーや知識をピュアに面白いと感じることを、自分の中でとても大事にしています」
リアルなビジネスの現場はさまざまなストーリーを背景にアツい思いを抱いている。一方で、エンジニア側はクールに知をたたえている人たち。
石角らAIビジネスデザイナーは、リアルなビジネスとデータサイエンティストを含むエンジニアとをブリッジする役割であり、「右脳と左脳、もしくは『経営脳と技術脳』の両方が大事」だという。
「例えば、『データサイエンティスト』はすごい知を持っているけれど、クライアントのビジネスの全容を必ずしも理解する立場にはいない。その人に、『こんな面白い課題あったよ!』と、目を大きくさせて、『ほらすごいでしょ』と差し出す。するとチームの中に、自分たちは今、面白い問題に取り組んでいるんだという空気が生まれてくるんです。私たちは、エンジニアの知を媒介するだけじゃなく、彼らの温度も上げていく役割なんですよね」
「AIの登場は、大企業と中小企業の格差、あるいは都市と地方の格差などの格差をなくすチャンスでもある」という。
彼女は、日本の中小企業や地方の会社も注視している。
「AIはビジネスに取り入れたいけれど、誰に相談していいか分からないですとか、目の前でビジネスを拡大させることに追われているような経営者もたくさんいる。アイデアをぶつける相手がいなければ、構想はあってもビジネスに結びつかない。そういう人たちに、『かゆいところに手が届くAI』を作って導入したいんです」
石角が多様な経営者を相手にビジネスする上で大事にしているマインドは、自身が「キャタリスト(触媒)」の役割に徹する、ということだ。
「私が技術を熟知しているからといって、クライアントとなる企業経営者に、『こんな技術も分かっていないの?』というようなスタンスは絶対に取らない。あくまでも、技術と経営の歩み寄りを促す間のキャタリストなので。
私の商談の現場を見てもらったら分かると思うんですが、私たちAIビジネスデザイナーの話し方って、先方の経営者にとっても、すごく話がしやすいと思うんです。そういう役割の人材として育てているので」
そんな触媒を増やしていくことにより、あらゆる格差を埋めていく。彼女はビジネスを通じた社会貢献も意識している。
目指すのは「使いやすい現場AI」
石角は、現場で働いている人の「知」を重視する。そうでなければ実際使ってもらえるものは生まれないという。
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現在、パロアルトインサイトにはAIビジネスデザイナーが数人在籍している。クライアント企業には、こうした媒介役の人材がまだ少ないため、AIビジネスデザイナーを介在させたコンサルティングやAI開発を提供する同社の需要は伸びているという。
「普通のAIカンパニーやIT企業って、実際のビジネスをしている側の仕事を軽視しがちなんです。技術畑の人のプライドがあるから、技術者は専門外の仕事はなるべくしたくない。
じゃあ、テクニカル・マーケティング・マネージャーを置こうとして、文系の人を配置したりするけれど、その人が必要な技術の現場を分かっていない場合も少なくないんです」
AIビジネスデザイナーは、ビジネス現場にも深く入り込んで、現場の知も吸収する。
石角がある物流会社を担当した折、日本の地方都市の配車センターまで見学に出かけた。中年のベテランの配車マンがAIを用いて仕事する様子をビデオで撮影した折、男性はAIが弾き出した「最適な配車順」のデータを、「ドラッグ・アンド・ドロップ」、すなわち、要らない情報として画面の下に下げた。石角は思わず聞いた。
「今、何でデータを剥がしたんですか?」
この、「人間が省いたデータ」こそが、開発の上でも大事な「現場の知」となる。石角はそうした現場を目の当たりにするだけでもテンションが上がるのだと話す。
「AIの吐き出した値を、教師である人間が駄目とみなしたということ。その『何で?』を大事にしないと、いくらいいシステムを導入したところで現場の人が使ってくれない。定着の壁と導入の壁を越えられないんです。
だから、上から目線の理論上の最高の最適解を『ハイッ』と出して終わりというのでは、お粗末。私たちが目指しているのは、あくまでも、現場の人がAIを使えるようにしてビジネスの結果につなげる『現場AI』なんです」
この現場では、配車現場における局所的な課題をAIにより解決し、9割の配車作業をAIで行えるようになったという。
危機感こそがデジタル化のチャンスを生む
コロナウイルスはビジネスの将来にも暗い影を落とすが、石角は常にビジョナリーだ。取材中も、仕掛けているさまざまな構想を語った。
撮影:今村拓馬
日本企業の9割が中小企業と言われている。中小企業は大企業の下請けの位置づけが多く、優秀な人材が集められず、後継者が見つからないなど、多くの課題を抱えている。
日本企業のAI導入率は、データ上では2.5%から5%の間を推移している(矢野経済研究所調べ)が、特に中小企業のAI活用がなかなか進んでいない。理由の一つとして、莫大な費用や人員がかかる一大プロジェクト」という思い込みの壁があるという。
「まずは思い込みの壁を捨て、AIを導入して効率化や売上増加を実現することで競争力をつけられる」
と石角は考える。
彼女はこうも提案する。AIツールを使いこなせるデータネイティブな人材が見つからない、あるいは、優秀な人材がいたとしてもスキルを活用するデータ基盤が整備されていないという場合には、先述の物流会社の事例のように、外部のリソースを使いながら「局所的な課題」を解決していくやり方もあるのだと。
「コロナウイルス感染拡大の危機などで経済が落ち込み、人手不足も深刻で日本企業は皆が危機感を持っている。この危機感こそがチャンスを生む。
今はAIビジネスも変革期だと思うから、私は1社でも多く、危機感をチャンスにして、デジタルトランスフォーメーションを行う会社を増やしていきたい。データを活用して強みに変えることができる『AIネイティブカンパニー』を日本から生み出すお手伝いをしていきたいです」
(敬称略、明日に続く)
(文・古川雅子、写真・伊藤圭、撮影協力・WeWork丸の内北口)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。