非正規社員の解雇・退職強要・契約打ち切り、休業補償など雇用関係の相談が労働組合に相次いで寄せられている。
撮影:竹井俊晴
新型コロナウイルスの感染拡大により雇用が急速に悪化している。とくに4月7日の「緊急事態宣言」の発令により営業を休止した、飲食店や小売業界などで働く派遣社員やバイトの“非正規切り”が相次ぎ、ネット上でも悲鳴が上がっている。
すでに2月から新型コロナウイルスの影響でインバウンド需要が激減し、観光・宿泊・旅行業を中心に非正規社員の雇用も縮小していた。しかも年度末の3月は派遣やアルバイトの契約更新の時期にあたっていた。
労働組合の中央組織である連合本部が3月30〜31日の2日間に実施した「新型コロナウイルスに関する緊急集中労働相談」には168件の相談が寄せられた(全国のフリーダイヤル受電件数は569件)。
無給で「休んでほしい」、テレワークは拒否
企業の業績悪化で真っ先にクビを切られるのは雇用の不安定な非正規社員だ。
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連合本部に寄せられた労働相談によると、パート・アルバイト・契約社員など非正規社員の相談が6割強を占め、解雇・退職強要、契約打ち切り、休業補償など雇用関係が5割強を占めている。
年代別では20〜30代、40〜50代がそれぞれ約4割で、全体の8割を占めるが、60代以上も2割弱いる。例えば「明日いきなり派遣を切ると言われた。仕事がない中で、派遣元会社からは仕事を探すからと自宅待機を命じられていたが、先週、やっぱり『仕事はない』と言われた」(60代、男性)という相談もあった。
相談では休業補償の相談も目立つ。派遣社員として20年勤務してきた女性からこんな相談も寄せられた。
「コロナの関連で、派遣先の勤務形態の調整に伴い、派遣の私は1月30〜31日は休んでほしい(無給)と告げられた。正社員はテレワークで対応。派遣もテレワークにしてほしいと派遣元が派遣先に求めたが拒否された。派遣元には休業補償の話もしたが、支給できても4割と言われている」
休業した店舗に勤務していた男性からはこんな相談もある。
「コロナの関係で店が休業。はじめは休業補償を6割払うと言っていたが、自宅に『休業補償は支払わない』との書類が送られてきた。不支給についての同意書を送り返さないと希望退職の意思表示とみなして退職にすると言われている」
6割以上の休業補償を支払う労働基準法を無視した扱いを受けたり、決して法的に認められない退職の強要をされたりした事例だ。企業の業績悪化で真っ先にクビを切られるのが雇用の不安定な非正規社員だ。
リーマン直後、完全に止まった求人
2008年9月16日時点の日経平均株価の推移を見る男性。
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実は同じ現象がリーマン・ショック時にも見られた。
リーマン・ショック時の経済危機は「100年に1度の危機」と騒がれた。今回も安倍晋三首相は「日本経済が戦後最大の危機」「未曾有の国難」と呼んでいる(4月7日記者会見)。どちらの危機がすごいのかよくわからないが、当時起こった雇用危機を改めて検証してみよう。
2008年9月の米投資銀行リーマン・ブラザーズの破たんを機に発生した金融危機は世界的な経済の冷え込みを招いたが、日本では破たん直後から企業の求人が完全に止まった。2008年前半までは企業の求人案件に対応できないほど人材市場は活況を呈していたが、中途採用市場も冷え込んだ。
そして2008年10月に入ると、製造業の期間工や派遣労働者の契約更新を拒否する「雇い止め」や中途解除を実施する「派遣切り」によるリストラの第一波が襲った。事態を重く見た厚労省は2009年3月までに派遣労働者2万人を含む約3万人の非正規労働者が失職すると発表。実際にそれを上回る非正規失業者が発生した。
一方、労働組合の連合も2008年12月11〜12日の2日間に全国規模の緊急雇用相談を実施した。当初、連合は雇い止めに関しての相談が多いことを想定していたが、雇い止めは1割弱。フタを空けてみれば派遣労働契約の中途解除が3割を占めるなど予想を超えて“派遣切り”が進行した。
自動車や家電、事務機器メーカーを中心に中途契約解除が相次いだ。その結果、会社の寮を追い出される派遣社員が続出し、東京・日比谷公園内に設置された「年越し派遣村」が世間の話題になった。
派遣労働者は「物件費扱い」
2008年にも派遣切りが多く発生し、寮を追い出された労働者の悲惨な実態がメディアで連日のように報道された。
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もちろん政府も手をこまねいていたわけではなかった。2008年末には再就職支援を実施するための緊急雇用対策本部を厚生労働省および都道府県労働局に設置。12月には3年間で2兆円規模の新雇用対策をまとめた。その目玉として掲げたのが非正規社員の失業手当の受給資格の拡大と給付日数の特例的延長だ。
さらに緊急雇用創出事業として4000億円を計上し、都道府県によるシルバー人材センターなどでの半年間の短期の直接雇用の実施と、社員寮から追い出された派遣労働者などに1万3000戸ある雇用促進住宅への入居あっせんも実施した。
ところが2009年1月の通常国会での予算成立を前に派遣切りのスピードが加速し、前述の年越し派遣村のような状態を呈した。なぜ派遣切りが急速に進んだのか。当時の連合の幹部はこう語っていた。
「派遣労働者は派遣先との雇用契約がない。派遣先が打ち切るのは雇用ではなく派遣契約の解除という商取引上の領域であって、経営者は解雇という意識が薄い。もう一つは派遣労働者を管轄しているのは人事・労務部ではなく資材・工務部であり、しかも人件費ではなく物件費扱いで、余計に解雇という認識が薄い。派遣先の雇用責任や社会的責任のあいまいさが一気に出てきて、予想以上に事態を悪化させている」
派遣切りは企業にとって生産調整のための民事上の商取引行為にすぎないのかもしれない。だが、当時は寮を追い出された労働者の悲惨な実態がメデイアで連日のように報道された。
世界的な需要低迷による輸出不振が起こすこと
では今はどんな状況なのか。総務省の2月の労働力調査によると、契約社員は前年同月比8%減の278万人。減少した3分の1を製造業が占める。厚労省によると製造業派遣の新規求人が大幅に減少しているという。
また、自動車業界ではマツダが2019年秋から2工場で期間従業員(非正規)の募集を停止。トヨタ自動車も2月からすべての工場で期間従業員の募集を停止。ホンダも同様に全拠点での募集を停止している。
すでに新規募集がストップしている。それだけではなく大手自動車8社が国内生産を停止し、他の国内メーカーも工場停止や減産体制に入り、正社員を含めた一時帰休(自宅待機)に踏み切っている大企業も多い。その背景には「緊急事態宣言」というより、世界的な需要低迷による輸出不振がある。
製造業の派遣社員は35万人、事務職派遣は44万人いる(2018年)。現時点では中小企業を除いて大企業は休業補償などで持ちこたえているようだ。安易に派遣切りを行うとリーマン・ショック時のように世間の指弾を浴びることを恐れているのかもしれない。
派遣業の産業別労働組合の幹部はこう指摘する。
「2月の段階で旅行業、3月になって小売・飲食業大手の派遣社員が契約を相次いで打ち切られている。契約満了で4月以降更新されない製造業大手の派遣社員が相当数にのぼっている。
現時点では自動車メーカーなど製造業大手は契約期間が残っている派遣社員の雇用をなんとか維持しているが、生産停止や休業状態が長引くと、いつ決壊するかわからない。 リーマン・ショック時にはうちの組合員だけでも2万人が切られた。今後増えてくるのは間違いない」
しかもリーマン・ショック時は非正規のリストラで終わりではなかった。2009年早々には第二波となる正社員のリストラが襲った。2008年9月以降の半年間で希望退職の募集に踏み切った上場企業は117社、募集人員は約2万人に達した。さらに、2009年1月から2カ月余りで約7000人の正社員がリストラされている。わずか半年間で2万人というのは、2002年のITバブル崩壊時の1年間の早期退職募集者2万8000人を上回る水準だった。
その結果、2008年10月に3.8%だった完全失業率は、2009年7月に過去最悪の5.6%(1.8%増)に跳ね上がった。2020年2月の完全失業率は2.4%だが、仮に1.8%増えると4.2%。就業者数に占める失業者数は単純計算で120万人も増加することになる。
リーマン・ショックを超えるのか
リーマン・ショックを超えるとの指摘もあるコロナ不況の今後を筆者はこれからも注意深く見守っていく。
撮影:竹井俊晴
もちろんそうならないために政府の対策は不可欠だ。政府は6兆円の現金給付を柱とする108兆円の緊急経済対策を決定、今国会で成立させる予定だ。しかし、どのように給付するのか、現時点では細目が決まっていない。
雇用を支える従業員の休業手当の一部を助成する雇用調整助成金の助成率をリーマン・ショック時と同じように大企業は4分の3、中小企業は10分の9に拡大している。しかし、申請は休業翌月に行い、受給するまで2カ月かかることから、時間がかかりすぎるとの批判も浴びている。なお、リーマン・ショック時は手続きを簡素化する措置をとっている。
当時は雇用維持策として中小企業緊急雇用安定助成金の拡充および雇用調整助成金の拡充によって政府・与党は生活対策により60万人、新雇用対策により80万人の計140万人の雇用の下支えが可能と判断した。140万人は失業率換算で2%に相当する。当時の厚労省の担当者はこう豪語していた。
「11月(2008年)失業率が3.7%であり、過去最悪の失業率は5.5%であるが、失業率2%増の悪化は食い止められるだろう」
しかし、実際には失業率は悪化の一途をたどった。
今回のコロナ不況の雇用への影響はリーマン・ショックを超えるとの指摘もある。
前出の労働組合の幹部は「リーマン・ショックでは日をおかずして非正規と正社員の雇用が一気に破壊された。今回は逆でじわじわと雇用が失われ、それが拡大していく構図だ」と指摘する。
まるで新型コロナウィルスの感染拡大と同じように、終わりの見えない形で徐々に雇用が侵食されていく。今後の推移を注意深く見守っていく必要がある。
溝上憲文:人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。