ギリシャ・アテネの空港で航空機から降ろされる、中国政府から寄付されたマスク(2020年3月21日撮影)。中国は欧州各国に積極的な「マスク外交」を仕掛けている。
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新型コロナウイルス(COVID-19)の感染の抑止にめどをつけた中国は、武漢の都市封鎖を解除、イタリアなど感染が深刻な欧州諸国に医師団を派遣し、医療機器を供与する「マスク外交」で存在感を誇示している。
それは、コロナ後の世界で中国がアメリカに代わって世界のリーダーシップをとることを意味するのだろうか。マスク外交を振り返り、コロナ後の世界の中国を展望する。
60カ国首脳と電話会談
新型コロナの感染拡大は、外交活動を凍結させてしまった。
そんな中、習近平・中国国家主席は2月末、党最高幹部会議で「(コロナ問題で中国は)責任ある大国の役割を果たす」と宣言。それ以来約60カ国のトップと電話会談し、経済・医療支援を申し出てきた。
トランプ大統領も連日ホワイトハウスで記者会見し露出度を高めているが、視線の先にあるのは11月の大統領選での自身の再選。内向きなのだ。
中国は世界保健機関(WHO)のパンデミック宣言翌日の3月12日、第1陣の医師団をイタリア入りさせ、18日には人工呼吸器や検査キット、医療用マスクなど計9トンの医療物資を現地に運んだ。
中国政府によると、中国がマスク、防護服などを提供した国・国際機関は130以上、3月から輸出したマスクは38億枚を超えた。関係が悪化しているアメリカからも大量の人工心肺を受注している。
「健康シルクロード」を提唱
中国からイタリアに届けられた医療用防護具(4月7日撮影)。中国政府は欧州に向けての「健康シルクロード」を提唱している。
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習氏はコンテ・イタリア首相との電話会談(3月16日)で、医療支援について次のように話した。
「中国は疫病攻撃の国際協力のための『健康シルクロード』構築に貢献したい。両国の全方位協力は、広々とした前途に満ちている」
中国が提唱するユーラシア、中東・アフリカを連結する「一帯一路」はよく知られている。「健康シルクロード」という聞き慣れない言葉を持ち出したのは、経済協力だけでなく、対ウイルス戦でも、「中国とヨーロッパはともに運命共同体にある」と強調するためだ。
協力と警戒が同居する欧州
ロックダウン中のパリ。厳しい外出制限を続けている国ではやっと効果が現れ始めている(2020年4月8日撮影)。
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感染が爆発的に拡大したイタリア、スペイン両国は、欧州連合(EU)の中でも「一帯一路」に積極的だった。EUはもはや一枚岩ではない。英国のEU離脱、統合の中心役のドイツとフランスの足並みの乱れなど、グローバル化の中で加速した国家連合の求心力に陰りが差している。
中国が「マスク外交」の照準を、ヨーロッパに合わせているのは興味深い。「アメリカ第一」のトランプ政権が、グローバルなリーダーシップ役から退場しつつある時、国際政治の一極を占めるヨーロッパとの関係強化は、米中対立の行方にも影響を与える。
中国・EU関係を少し振り返る。
2003年、双方は「包括的戦略的パートナーシップ」を結び、冷戦終結以来の新たな関係構築に乗り出した。EUは成長著しい中国を「重要な経済パートナー」として投資を歓迎。だが巨大化する中国の経済力がヨーロッパ全体を覆い始め、企業合併や買収、技術流出などの問題が顕在化すると、「中国脅威論」が次第に鎌首をもたげてきた。
「ライバル」との表現も
通信機器大手「華為技術」(ファーウェイ)を巡る対応でもアメリカと欧州の間には温度差があった。
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「脅威論」を裏付けるのが、2018年9月にEUが発表した政策文書「欧州アジアの連結性戦略」。ヨーロッパとアジアの連結強化を掲げる一方、協力のあり方として「持続性と包括的で国際ルールに基づく」と強調した。中国を名指ししてはいないが、中国の負の要因を意識した表現だ。
さらに「EU・中国戦略概観」(2019年3月)では、中国を「協力のパートナー」としながらも「経済的競争相手」「体制上のライバル」とも書く。
EUは中国を警戒してはいるが、決して敵視はしていない。トランプ政権は、通信機器大手ファーウェイ(華為技術)の排除を同盟国に求めた。しかし「最強の同盟国」のイギリスは、完全排除には応じなかった。トランプ政権下で、米欧関係にも亀裂が走っている。
多国間「協力不全」のスキを突く
EUで最初に感染爆発したイタリアは医療支援をEU各国に要請したが、加盟国間の協力は機能しなかった。
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一方、中国は2008年のリーマンショックやユーロ危機(2010年)の際、直撃を受けたギリシア、スペイン、ポルトガルなど南欧と中・東欧諸国への経済協力を戦略的に進めてきた。これが「一帯一路」をヨーロッパで展開する基礎になる。巧みな戦略外交だ。
EUで最初に感染爆発したのがイタリア。イタリアは2月からマスクや呼吸器など医療支援をEU各国に要請したが、ドイツとフランスの答えは「ノー」。自国での感染拡大を不安視し、医療用品の輸出を禁止した。コロナ対応でもEU加盟国間協力は機能しなかった。
そんな中、中国が「マスク」を差し出した。
国際政治の文脈でみれば、EUの求心力低下と加盟国間協力の乱れ、さらに米欧間の亀裂など「多国間協力の不全」のスキを突いた支援だった。「マスク外交」というと、日本的情緒からすれば、「火事場泥棒」的な負のイメージが付きまとう。
「人類運命共同体」のテストケース
マスク外交で「恩を売り」、感染拡大を抑えることに一役買い、各国の経済回復が起きれば需要が喚起される。結果、中国の利益にもつながる。
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しかし支援を受ける側からすれば、選り好みしている余裕などない。
中国と国交のないバチカンは4月9日、中国の支援を高く評価するメッセージを発表した。パンデミックを抑え各国の経済回復につながれば、世界的な需要を喚起させ、引いては中国自身の利益にもなる。「ウィン・ウィン」外交でもある。
中国国家統計局によると、20年1~3月期の中国の国内総生産(GDP)は前年同期比マイナス6.8%と、1992年以降初のマイナスとなり、とてもV字回復は望めない。中国にとって経済再建は、社会安定と一党支配維持の「要」で、マスク外交は、習近平氏が好んで使う「人類運命共同体」のテストケースとなる。
サプライチェーン再構築めぐる攻防も
コロナ禍は、世界を1929年の大恐慌以来の不況に陥れている。不況から脱出し経済再建する上でカギを握るのが、国境封鎖で目詰まりしているサプライチェーン(部品・製品の供給網)の再構築だろう。
トランプ政権は「対中新冷戦」を仕掛け、世界経済を二分する「デカップリング」も厭わない。アメリカの退場と並んで見えてきたのは、自国第一を追求する政府・国家の復権である。
2019年、安倍政権が半導体材料の韓国向け輸出の規制に出たのは、「ミニ・デカップリング」だった。ナショナリズムをあおりながら、エゴ丸出しの国家同士が火花を散らす姿である。
米中新冷戦論の落とし穴
香港で抗議デモ隊を拘束する警察(2020年3月1日撮影)。コロナウイルスの感染拡大で強権国家を求める声は強まるのだろうか。
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「サプライチェーン」の再構築は、世界経済再生にとって必須の条件であり、経済合理性がある。
だが人も国も必ずしも合理性に基づいて行動しているわけではない。中国はコロナ後、自由貿易と多国間協力の旗手になるだろう。
しかしアメリカ退場後の世界で、直ちにその空白を埋めるリーダーになるとみるのは過大評価だ。
「新冷戦派」の論法は、米中のあらゆる争点を「体制間対立」というアジェンダに引き込み、「民主」か「独裁」かの二者択一を迫る。香港問題でもコロナ禍でも同様だ。二択を迫られたとき、代表制民主に慣れた人々は「独裁」を選択するだろうか。
だが冷静に見てほしい。
中国は一党独裁システムを選択するよう世界に求めているわけではない。世界の「多極化」と「内政不干渉」を説いているだけである。
国際政治学者のイアン・ブレ―マーが説くように、コロナ後の世界は当面「主導国なき時代」が続くだろう。サプライチェーンを早く再構築する上でも、新冷戦という「思考の落とし穴」にはまるのは避けたい。
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。