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本題に入る前に、まずは簡単な質問をさせてください。ネックレスを引っ張ると、どこが切れるでしょうか?
答えは簡単。ワイヤーが傷ついていたり、細かったりする箇所、つまり「最も弱いところ」です。ですから、その最も弱いところを強化すると、ネックレスは強度が増します。
そこで次の質問です。最も弱かったところを強化して、引っ張っても切れなくなったことを確認したうえで、再びネックレスを引っ張るとします。さて、今度はどこが切れるでしょうか?
お分かりですね。答えは「次に弱いところが切れる」です。要するに、引っ張った時点で「最も弱いところ」でネックレスは切れるのです。
ネックレスを引っ張ると、一番弱いところで切れる。これを組織に応用すると……?
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では次に、工場の組立機械の例で考えてみましょう。
下図のように、組立ラインの左側から組立機械A→B→Cと順番に部品を通して完成品を作ろうとしています。組立機械の生産能力は、1時間当たりA:50台、B:20台、C:40台です。さて、この組立機械は、1時間当たり何台の完成品を作ることができるでしょうか?
生産能力の異なる3台の組立機械。1時間でつくれる完成品は果たして何台?
写真:vladru/Getty Images(左)、Vladimiroquai/Getty Images(右)
答えは「20台」ですね。
組立機械Aは1時間当たりに50台、Cは40台の生産能力があります。しかし、Bは1時間当たり20台の生産能力しかありません。この組立機械Bが、プロセスの中で「一番弱い箇所」となり、全体の生産性を決定するわけです。
これが、ベストセラーとなった『ザ・ゴール』で有名なエリヤフ・ゴールドラット教授が提唱した「制約条件理論」です。
先ほどのネックレスの例で言う「最も弱いところ」、そしてこの組立機械の例でいう「一番弱い箇所」を、「制約条件」と呼びます。アウトプットの量は、この制約条件に影響されます。
ですからアウトプットの量を高めるには、次々に現れる「弱いところ」を強化し続ければよい、ということになります。そうすることで、ネックレスは引っ張っても切れなくなり、組立機械が1時間当たりに作れる完成品は増えるわけです。
余談ですが、『ザ・ゴール』はもともと原書がアメリカでベストセラーとなったものの、その後17年もの間、著者であるゴールドラット教授が日本語への翻訳を認めなかったという異例の本です。
なぜ邦訳を許可しなかったのか。「日本人は、部分最適の改善にかけては世界で超一級だ。その日本人に、『ザ・ゴール』に書いた全体最適化の手法を教えてしまったら、貿易摩擦が再燃して世界経済が大混乱に陥る」とゴールドラット教授は考えたのだそうです。
私がこの本に出合ったのは2001年、日本語版が出版された直後でした。中身を読んで衝撃を受け、さっそく自分自身の業務でもこの制約条件理論を意識してみました。
すると驚いたことに、たしかに「全体最適」で物事が判断でき、業務の生産性を高めることができるようになったのです。以来、リクルート在職時代はもちろん、独立してからもさまざまな場面で制約条件理論を活用しています。
組立ラインの生産性を高めるには?
「最も弱いところ」がどこかはわかった。では、全体の生産性を高めるにはどうしたらよいのだろう?
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ここで本題に戻って、組立ラインの生産性を高めるにはどうしたらよいか、もう少し具体的に考えてみましょう。
組立ラインの1時間当たりの生産性を20台から35台に高めたいなら、組立機械AやCに手を加える必要はなく、いま制約条件となっている組立機械Bの生産能力を、1時間当たり35台に引き上げればよい、ということになります。
例えば、1時間当たり15台しか作れない旧型の組立機械が倉庫に眠っているなら、それを引っ張り出してきて並行稼働させることで新型20台+旧型15台=35台の完成品が作れる可能性が出てきます。
では、組立機械を扱う作業員はどうすればよいでしょうか。あなたが工場長だったら、次の3択のうちどれを選びますか?
- 組立機械Bの作業員を増員すべく新規採用する
- 組立機械Bの既存の作業員に頑張ってもらう
- 組立機械A、Cの作業員に異動してもらう
多くの組織がやってしまいがちなのは「2」の選択肢かもしれない。だがこれでは作業員が疲弊すること必至だ。
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前提条件が違えば当然、さまざまな回答があり得ます。しかし、新規採用する(選択肢1)となると採用コストもかかりますし、人件費も増えます。育成に必要なコストも無視できません。
では、追加コストをかけずに既存の作業員に頑張ってもらえばいいのでしょうか(選択肢2)。もちろん、一時期であればこのような選択肢もありかもしれません。実際の現場では、これが多く採られている選択肢かもしれませんね。
しかし、作業員に無理をさせ続けると、体調を壊してしまったり、悪くすると辞められてしまうおそれがあります。無茶な施策は長続きしません。これでは「制約条件」がさらに弱くなってしまいます。
よって、「制約条件理論」に従えば、「組立機械A、Cの作業員から異動してもらう」という回答が妥当ということになります。
一般的に、組織は組立機械の生産能力に合わせて人員配置していることが多いものです。組立機械AやCにはそれぞれ50台、40台組み立てられる作業員が配置されているものの、目標台数はあくまで35台。つまり余剰人員がいるということです。
生産能力が一番低い組立機械Bを、制約条件ではないAとCが支援することで、Bの生産性を強化することができるのです。
さて、ここまでの例を参考に、以降ではあなたの組織における「制約条件=一番弱いところ」を見つけて、そこを強化する方法を考えていきましょう。「制約条件理論」に従えば、組織はあっという間に強くなります。
組織の「一番弱いところ」の見つけ方
制約条件理論では、まず何よりも「一番弱いところ」を特定することが大切です。そこで、あなたの組織の「一番弱いところ」を見つける方法を2つご紹介します。
1つめの方法は、組立ラインを参考に、ビジネスモデルを矢羽(矢印)で表現する方法です。下図は、営業活動の一例です。左から順に「リストアップ」→「アプローチ」→「ヒアリング」→「プレゼンテーション」→「クロージング」→「納品」→「売上回収」というステップで営業活動が行われます。
自分の組織のビジネスモデルを活動ごとに分解してみよう。
筆者作成
何件リストアップし、そのうち何件アプローチできたのか、そして次のヒアリングに何件進めたのか……という具合に、順を追って数値で把握していきます。この時、もし業界平均の値が分かるなら、それと比較するとよいでしょう。分からなければ、部署間、例えば営業1部、2部、3部、4部で比較できるように自社の全体数値を把握しておきます。
これらの数値でざっくり状況を掴んだうえで、今度は歩留まりが最も高い部署(ハイパフォーマー)の数値を参考に他部署を比較します。
このとき比較対象は、歩留まりが悪い部署(ローパフォーマー)ではなく平均的な部署(ミドルパフォーマー)にするのがコツです。ローパフォーマーには特殊要因が影響しているケースがあるので、分析にノイズ(誤差)が入ってしまうことがあるからです。
こうして、ハイパフォーマーミドルパフォーマーの差を徹底的に比較していくプロセスで、歩留まりが悪い部署が制約条件の候補となります。
このやり方を用いて「最も弱いところ」をあぶり出すことに成功した、ある焼肉チェーンの例をご紹介します。
焼肉店自慢のわかめスープをフックに売上を伸ばしたい。ハイパフォーマーの手法を学んだミドル/ローパフォーマーの売上はどう変わったのか?
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この焼き肉チェーンの加盟店の中に、「わかめスープを追加でご案内して売上を上げよう」と考えた店長がいました。
この店のわかめスープはとてもおいしいと評判なだけでなく、飲むと口内がさっぱりするので肉の追加オーダーを誘えるという逸品。しかも、わかめスープは原価が安く利益率も高いとなれば、お客様にご案内しない手はありません。
しかし、この取り組みをチェーン全店舗で展開しようとしたところ、ハイパフォーマーはわかめスープの追加注文をほぼ100%もらえるのに、ミドルパフォーマーは50%前後、そしてローパフォーマーは20%程度と、店やフロアスタッフによって歩留まりが大きく違うことが分かりました。いったい何が違うのでしょうか?
そこでハイパフォーマーとミドルパフォーマーの取り組みを徹底的に比較しました。
当初の予想では、ミドルパフォーマーはハイパフォーマーと比べてお客様への声かけが徹底していないのかと思われましたが、そうではありませんでした。ミドルパフォーマーも全員の顧客に対してわかめスープを勧めていたのです。では何が違ったのかというと、声かけの「中身」、つまりわかめスープの案内の仕方にあったのです。
ミドルパフォーマーはお客様に対し、「当店自慢のわかめスープはいかがですか?」と尋ねていました。これに対してハイパフォーマーは、「当店自慢のわかめスープはいかがでしょう。大にしますか、小にしますか?」と声をかけていました。
つまり、ミドルパフォーマーは「Yes or No」の提案をしていたのに対し、ハイパフォーマーは「大 or 小」という選択の提案をしていたのです。この部分こそが、ミドルパフォーマーにとっての「最も弱いところ」にほかなりません。
そこでハイパフォーマーの声かけを参考に、チェーン全店のわかめスープの提案の仕方を「大 or 小」に統一しました。その結果、ミドルパフォーマーが追加注文を獲得できる率は90%程度へと跳ね上がり、肉の追加オーダーも増えました。こうして各店とも売上、利益を高めることに成功したのです。
組織の制約条件を見つける方法
さてここでもうひとつ、組織の中の制約条件を見つける第2の方法をご紹介します。
冒頭でお話ししたネックレスの例を思い浮かべてください。ネックレスを引っ張って切れるのは、「最も弱いところ」でしたね。このことを、組織で制約条件を見つける方法に応用してみましょう。
先ほどと同じように、ビジネスプロセスを矢羽として描きます。次に、各プロセスを担当している構成メンバーの情報を書き込んでください。さて、どのような属性の人がその箇所を担当していますか? その中で制約条件になっている箇所はどこでしょうか?
あなたの組織のビジネスプロセスを書き出してみよう。それぞれの活動を担当しているのは誰で、制約条件となっているのはどこだろう?
筆者作成
このように情報を整理していくと、多くの場合、「弱い人」や「弱い人が多く所属している部署」が制約条件となっていることが可視化されるものです。組織内における「弱い人」とは誰かというと、主に以下の3つが想定されます。
組織で弱い人とは——
- 組織での経験が浅い人:新人、異動者、転職者
- 雇用形態が弱い人:契約社員、派遣社員、業務委託
- 役職が低い人:メンバー
逆に組織で強い人とは——
- 組織での経験が長い人:既存メンバー
- 雇用形態が強い人:正社員
- 役職が高い人:経営者、管理職
つまり制約条件理論に従えば、「弱い人」がいる部署を守ってやることで、組織全体が強化できることになります。
考えられる手立てとしては、例えば、次のような対応を制約条件となっている部署に施すのです。
- 「強い人」を内部から積極的に異動させる
- 教育研修を施す
- 営業目標を低めに設定し成功体験を得てもらう など
大半の企業では、これと真逆の対応をしていることが多いものです。強い部署により強い人を異動させ、彼らに教育を施して……といった行為はすべて、実は「制約条件理論」に反する判断なのです。
実際、業績が良い組織をよく観察してみると、この制約条件理論に沿って判断をしているケースが多いと言えます。
余談ですが、2019年にロバート・キーガンとリサ・ラスコウ・レイヒーの『なぜ弱みを見せあえる組織は強いのか』が話題になりました。キーガンとレイヒーはこの著書の中で、「弱い」「困っている」と言える環境に加えて、その人や部署を支援する環境がある組織ほど、結果として業績を挙げられると述べています。まさに「制約条件理論」の教えそのものですね。
ここまでで、「制約条件」を見つけ、それを強化することで組織の成果を高められるというロジックをお話ししてきました。そこで次回は、制約条件理論を活用して具体的に業績を向上させる手順について紹介しましょう。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。「旅工房」、「LIFULL」、「ZUU」社外取締役、「LiNKX」非常勤監査役も兼任。新著に『「本当に役立った」マネジメントの名著64冊を1冊にまとめてみた』がある。