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テレワーク全盛は日本の事務系社員にとって“諸刃の剣”。開発途上国の「テレ移民」とのコスト競争が始まる

テレワーク 親子

テレワーク中の父親と一緒に勉強中の子ども。これがコロナ以降のスタンダードになるはずだ。ドイツ・ベルリン市内にて。

REUTERS/Fabrizio Bensch

コロナ禍のために多くの企業がテレワークに取り組んでいる。

テレワークは時間管理が難しい。急ごしらえのため、どうしても既存の労務管理の枠組みにとらわれてしまうが、在宅勤務の場合、そもそもオフィスに出勤しないので、時間管理という考え方になじみにくい。

電話応対を主な業務とする秘書のように、拘束時間に対して報酬を払うべき業種もあるとは思うが、多くの場合は、働いた時間ではなく、課せられた業務を完了したかどうかで管理するほうが合理的だ。

ちなみに、英語で職業を意味する言葉には、「occupation」と「profession」の2つがある。前者はoccupy(場所を占める)の名詞形で、人間にとって最も貴重な時間を会社に売る職業を指す。後者は、知識や技術を提供して対価を得る職業を指す。

日本の場合、働くことは会社に時間を売る「occupation」に近いと筆者は感じる。職場で「プロをめざせ」などと言われること自体、その仕事が「profession」でないことを露呈しているようなものだ。

しかし、テレワークにおいては、時間を売ってお金を得るというやり方はなかなか成立しない。多くの場合、会社側がやってほしい作業を明確に定義し、でき上がった具体的な成果を戻してもらう形でないと仕事が前に進まない。

そうなると、当面負担が激増するのは管理職だ。

通常時のオフィスだと、やってほしいことを明確に固めてから指示を出すのではなく、とりあえずあいまいな形で頼んでおいて、あとから適宜修正していくといったやり方がまかり通る。ところがテレワークだと、何を頼むのかきちんと定義しておかないと、頼まれたほうが作業できない。

おそらく最初はうまくいかず、効率が落ちるだろう。しかし、だんだん慣れてくれば、「job description」(=業務の要件定義)を明確にする能力が、企業や社会に定着してくるのではないか。

日本人の仕事を代替する「テレ移民」の出現

テレ移民 アルゼンチン

アルゼンチンの首都ブエノスアイレス。WhatsAppアプリを使ったビデオ通話で相談にのるセラピスト。

REUTERS/Agustin Marcarian

そうなった先にどんな社会が見えてくるか。筆者がいま考えているのは、「テレ移民」の出現だ。

在宅で仕事がこなせるよう明確に発注できるなら、従業員の住まいは通勤圏外でもまったくかまわない。それどころか仕事を頼む相手は日本人である必要すらなくなる。

日本での移民受け入れに関する議論は、少子化社会における生産人口の減少を補うのが最大の目的だ。テレワークで人手を補える仕事なら、何もわざわざ日本まで来てもらう必要はない。ネット経由の「テレカン」ならぬ「テレ移民」で目的は達成できる。

日本のものづくり企業は、経済の成熟化で売上高の大きな成長が見込めないなか、労賃の低い国に生産をシフトして固定費を下げることで利益を捻出してきた。人工知能(AI)やロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)は似たような発想から、ホワイトカラー(事務系)の仕事をマシンに代替させようという動きだが、最近はその限界を指摘する論調も増えている。

今後はむしろ、より手っ取り早い対応として、ホワイトカラーを「テレ移民」で代替する動きが出てくるのではないか。

インターネットにつながりさえすれば、厳格な入国管理局を経由することなく、日本での就労機会が得られるのだ。母国にいながら円貨で収入が得られることに大きな魅力を感じる開発途上国の若者は多いだろう。

フィンテックの伸展により、日本企業から支払われる給料を円建てのまま保有しておいて、スマホバンキングを通じて通貨安傾向のある(開発途上国の)母国通貨で自由に引き出して使えるサービスが普及するかもしれない。

こうして、かつて日本のブルーカラーが生産の海外移転によって大きな影響を受けたように、日本のホワイトカラーもこれから「業務の要件定義さえ明確にできれば、日本人より安くて確実な仕事をするテレ移民」との競争にさらされることになる。

「イノベーションが起きにくい領域を選ぶ」生き方

品川駅 外出自粛 緊急事態宣言

緊急事態宣言の発令を受けて徐々に閑散としてきたJR品川駅構内。職場に通勤して、一定時間働いて一定給与、という時代が終わろうとしている。

撮影:竹井俊晴

それでは、日本人はどうすればよいか。

ひとつは、地方に住んで東京の会社に就職すること、あるいは東京の会社に在籍したまま地方移住することだ。

大企業で出世するには実力以上に人間関係や幸運が必要だ。もし出世を求めないなら、わざわざ出社して人間関係づくりに精を出すこともないだろう。それよりは生活の豊かさ、生まれ育った土地を離れずに安定を得る生き方もあるはずだ。

東京の大企業も、海外の「テレ移民」を受け入れる前に、地方人材の「テレ採用」を大幅に増やすべきだ。よく指摘されることだが、若者の東京流入に歯止めがかかれば、地方創生にもつながる。

もうひとつの生き方としては、テレワークでは実現できない付加価値の高い仕事をすることだ。ただ、よくある「実力本位」や「高度で専門的な」仕事といった表現ではピンと来ないかもしれない。

少し古い経済学の用語で、「ボーモルのコスト病」というのをご存じだろうか。

※William J. Baumol, et.al, “The Cost Disease - Why Computers Get Cheaper and Health Care Doesn’t”(2012)

ITのような技術発展によってコストが指数関数的に下がる領域がある一方で、ヘルスケア、教育のように人間の関与が不可欠なためにコストを下げるのが非常に難しい領域がある。

ある商品やサービスの構成要素のうち、イノベーションによってある領域のコストが劇的に下がると、人間がからむためにコストを下げにくい領域の比率が高まってボトルネックとなり、結果として劇的にコスト削減できた部分の効果まで減殺されてしまうというものだ。

混雑 渋谷

混雑した東京に住んで仕事をする意義は薄れていく。

撮影:今村拓馬

このボーモルのコスト病を、「テレ移民」とのコスト競争に向き合う当事者の立場からみると、イノベーションが起きにくい領域を戦略的に選択すれば、コスト削減の荒波から解脱(げだつ)できる可能性があるということになる。

普通の日本人に当てはめて言うなら、戦略的に選ぶべきは「相手と近接してすること」が不可欠な仕事だ。これをホワイトカラーでもないブルーカラーでもない、マリンカラーの仕事と呼ぶことにする。

マリンカラージョブで誰でも思いつくのが、広義のヘルスケア事業。いまはキツくて儲からない仕事の代名詞とみられているが、ボーモルに従えば、必ず単価は上昇する。

コロナ禍にあって、タクシーによる買い物代行サービスが始まっているが、こういう小さな動きの先にこそ大きなチャンスがある。

筆者の専門とする金融でも、仕組みの中にIT化や金融工学による理論化が難しい要素をもつものが、一見ローテクに見えても最後は高い収益性を示すことが多いのだ。


大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。

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