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アルコール依存症患者が、再び依存性物質に手を出す「コロナ・スリップ」が、臨床の現場で相次ぎ報告されている。
外出自粛の影響で、自助グループなどの居場所が閉鎖され、家にこもりがちになったためだ。危機感を抱いた当事者たちが、オンラインでつながろうとする試みも始まった。
国連機関は外出自粛などのストレスで、患者以外の人や子どもたちにも、依存症のリスクは高まっていると警告している。依存に陥らないためには、どうすればいいのだろうか。
人とのつながり失い再飲酒
「電話しても連絡が取れず、自宅を訪問してみるとストロング系チューハイで泥酔していた人が何人もいる。現場では『コロナ・スリップ』と言われるようになりました」
斉藤章佳さん。家に閉じこもることで、依存症が再発するリスクを指摘している。
斉藤さん提供
こう話すのは、さまざまな依存症患者を受け入れている大船榎本クリニック(神奈川県鎌倉市)の精神保健福祉部長、斉藤章佳さん(精神保健福祉士・社会福祉士)だ。
中にはアルコールと一緒に、病院で処方される抗不安薬や睡眠薬を飲んでいた患者もいたという。
「依存症で失った人間関係を再構築することが回復につながる患者にとって、家に閉じこもり孤立することは、再発を引き起こす最大の要因になります」
新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛に伴い、断酒会など当事者の自助グループは軒並み中止された。
断酒して10年経つ患者でも、「自助グループがなくなってつらい。家で筋トレなどをしても、なかなかストレスを発散できない」と嘆く人がいるという。
「自助グループに参加したおかげで、今日はようやく酒や薬に手を出さずに済んだ、という毎日を繰り返している人もいる。居場所を失った彼らが飲み始めて数日も経てば、連続飲酒という危険な飲み方に陥りかねない」(斉藤さん)
メディアにあふれるコロナの深刻なニュースも、繊細で過敏な人が多い依存症患者を追い詰めがちだ。不安を紛らわせようと、つい慣れ親しんだ依存物質に頼ってしまう。
また多くの患者は、常に意識の片隅で、依存物質を再使用する理由を探している。斉藤さんは「『コロナで外に出られない』ことも理由に使われている」と指摘する。
斉藤さんはこう指摘する。
「依存症は、アルコールや薬物の場合は身体的な死、万引きや性加害の場合は社会的な死、ギャンブルだと経済的な死と常に隣あわせ。苦しい状況ですが、細いつながりを保ちつつ、乗り切ってほしい」
オンラインでの細いつながり求めて
依存問題の予防などでもオンラインの活動が始まっているという。
NPO法人アスク(ASK)のホームページより
当事者たちが「細いつながり」を保とうと始めているのが、オンラインミーティングだ。
依存問題の予防と回復支援を目的としたNPO法人「アスク」の今成知美代表によると、お互いの顔が見える会だけでなく、音声だけの会、テキストを書き込む会など、さまざまなスタイルの集まりがあるという。インターネット上ではトラブルを避けるため、オンラインミーティングの運営ルールなども公開されている。
場所を問わず誰でも参加でき、離れた地域に住む人や普段会えない人と交流できるのが、オンラインのメリットだ。自分の姿や声をさらさず、見るだけ・聞くだけの参加も可能なので、リアルな集まりに比べて気軽にアクセスできる。発達障害の人も音声だけなら集中できる、テキストで意思を伝えたいなど、得手不得手に応じてツールを選べる。
「対人恐怖やパニック障害などで、リアルの会合に足を運びづらかった人も参加しやすい。オンラインはアフターコロナの世界でも、ミーティングの1つの形として残るだろう」(今成さん)
ただネットの知識に乏しい高齢者らや、スマホなどのツールを持たない人は、オンラインの集まりからはこぼれ落ちてしまう。
斉藤さんは「オンラインでつながりを確認することには効果がある」としながらも、こう話す。
「自助グループは基本的に、目を見て話し頷いてもらって、仲間の受容と共感の中で回復していくので、対面という形がベストだとは思う」
子どもにも迫る性被害やゲーム依存
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斉藤さんは、依存症は本人だけでなく、家族や無関係な子どもたちをも脅かしかねないと警告する。
4月上旬に東京都江戸川区の男性が妻を平手打ちし、死なせる事件が発生したが、主要メディアの報道によると、男性は5時間半にわたって飲酒していた。
全国女性シェルターネットは3月末、コロナウイルス対策に伴う自宅待機や家計の悪化に伴い、児童虐待やDVが増加するとの懸念を表明した。斉藤さんは「DVや児童虐待の背景に、アルコールや薬物、ギャンブルによる借金問題が存在することは多い」と指摘する。
また臨時休校などに伴い、子どもたちの生活が変化することで、子どもの性被害が増える恐れもあるという。
「公園には普段より多いくらいの子どもが遊んでいる。親も突然の在宅勤務などで生活習慣が変わり、余裕を失って子どもに目が行き届かない時間が出てくる。小児性加害者は、こうした環境の変化をよく見ている」(斉藤さん)
実際に成人男性が「コロナの検査をしている」「コロナウイルスに効くアメをあげる」などと、女児に声を掛けるケースも起きている。事件には至らなかったが、「子どもたちが漠然と抱いているコロナへの不安に、加害者たちがつけこむことは十分考えられる」と、斉藤さんは語る。
子ども自身が依存に陥るリスクも高まっている。世界保健機関(WHO)は3月20日、コロナ感染拡大に伴い、「不健康な生活パターンに陥り、ストレスや不安解消、時間つぶしのためゲームなどに依存しやすい」と、注意喚起する文書を公表。
特に子どもたちがアフターコロナにゲーム依存に陥らないよう、親が子どものゲームの制限時間を延ばす場合は、あくまで期間限定の特別な対応だと説明するよう求めている。
「依存症予備軍」が歯止め失い本物に
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さらに、斉藤さんと今成さんがそろって指摘するのが、「依存症予備軍」が本当の依存症に陥ってしまうリスクだ。日本では入手の簡単なアルコールによる依存予備軍「プレアルコホリック」が中心だが、海外ではオンラインのギャンブル依存なども懸念されている。
厚生労働省の推計によると、スクリーニングテストによる「アルコール依存症疑い」の人は日本に300万人弱、生活習慣病リスクの高い飲酒習慣のある人は約1000万人存在する。
今成さんはこう話す。
「こうした人たちがテレワークや営業自粛、解雇などで家にいると、ついお酒に手を出すのではないか。『翌朝早く出社しなければ』『職場で酒臭いと困る』といった歯止めもなくなってしまう」
斉藤さんが近著『しくじらない飲み方-酒に逃げずに生きるには』などで再三強調するのが、「ストロング系チューハイ」の危険性だ。
「外出自粛以降、スーパーやドラッグストアで箱買いされているのはビールよりも安価なストロング系。若者もよく飲んでいる」
ストロング系は手軽に酔えて口当たりはいいが、アルコール度数は高く、500ミリリットル缶の半分強で厚労省が定める男性の1日のアルコール適正摂取量に達してしまう。斉藤さんは「飲むなら危険性を意識した上で、炭酸水と併用するなど自衛を」と呼び掛ける。
さらに「テレワークで通勤がなくなり早い時間から飲み始めると、結果的にだらだら飲み、飲酒量が増える」と指摘。
そうならないためにも、アプリなどを活用し、飲酒時間や量を記録することが依存症予防に有効だと勧める。記録を家族などと共有すると、さらに効果的だという。
夜の会食が難しくなる中、スーパーには「家飲み」コーナーが作られ、オンライン飲み会も普及し始めている。斉藤さんは「オンライン飲み会は、人とのつながりを確認できる機会ではあるが、終電などの物理的な区切りがないので、泥酔に注意してほしい」と話している。
※アルコール依存に関するASKの相談窓口はこちら
(文・有馬知子)