一大ブームを起こしている韓流ドラマ「愛の不時着」。なぜ同作品は今、多くの人々の心を掴むのか?
画像:Netflix『愛の不時着』
Netflix(ネットフリックス)で独占配信されている韓流ドラマ『愛の不時着』が、密かなブームを巻き起こしている。
2月後半の配信開始以来、Netflixの「今日の総合TOP10(日本)」に入り続け、配信から2カ月が過ぎる4月22日においても3位をキープしている。
韓国で2019年12月から2020年2月までケーブルテレビtvNで放送された本作は、局の最高視聴率を塗り替える大ヒットを記録した。
SNSの感想を見ても「韓ドラ史上最高」「引くほど号泣した」など、大絶賛の声がほとんどだ。筆者も今まで一切韓国ドラマは見たことがなかったが、どハマりしてしまった1人だ。
韓国エンタメといえば、映画『パラサイト』がアカデミー賞で作品賞をはじめとする4冠に輝いたことが記憶に新しい。『愛の不時着』も同様に、韓国エンタメ界全体の層の厚さを裏づける傑作だ。なぜ同作品は今、多くの人々の心を掴むのか?
<以下、物語のネタバレが含まれます>
「韓流あるある」をメタ化したドラマ
「韓流あるある」をメタ的にとらえながらも、そのメロドラマ的要素は外さない。
画像:Netflix『愛の不時着』
韓国の財閥令嬢がパラグライダー事故で北朝鮮に不時着してしまい、そこで出会った北朝鮮将校と恋に落ちる……。 「現代版ロミオとジュリエット」という謳い文句とそのあらすじだけを読めば、「あー、韓国ドラマあるあるっぽいな」と感じる人が多いのではないだろうか。
実際、物語の大枠で主人公カップルは離ればなれになったり危機に陥ったりを繰り返す。冬ソナ世代の韓流ファンからの熱い支持があるのも、そのストーリーとしての王道さにあるのだろう。
一方で、そうしたベタなメロドラマにスッと引き込まれる仕掛けがある。それは「韓流あるある」をメタ的(一段上からの客観的な視点)にとらえる、コメディ要素だ。
例えば、ヒロインの仲間となるおっちょこちょいな北朝鮮兵士の一人に、韓流ドラマのファンがいる(実際、北朝鮮では違法サイトを使ってこっそりと韓流ドラマを見る若者は多いという)。
小っ恥ずかしくなるシーンやセリフが飛び出すと、彼は決まってニヤリと笑う。
「これは南朝鮮(韓国)のドラマでよく見るやつですね」
なかでも彼の一番のお気に入り作品は、『冬ソナ』でヒロインを務めたチェ・ジウが主演し、日本でも大ヒットした『天国の階段』(2003)だ。同作は、交通事故・記憶喪失・病魔など、韓流ドラマの「あるある」が盛り込まれた作品としても知られている。
「韓流あるある」の金字塔、『天国の階段』のセリフをオマージュする場面も出てくる。
画像:『天国の階段』(AbemaTV)
しかしドラマの重要な箇所で、その名セリフがオマージュされるのだ。
「愛は戻ってくる。どんなに遠くにいても、最後にはきっと再会できる」 —— 韓国と北朝鮮の引き裂かれた関係という文脈で、このセリフは途端に政治的意味を帯びてくる。
「韓流あるある」を自虐的にコメディとして描きながら、ふとそこに朝鮮統一問題という現実がリンクする。そこでハッと気づくのだ。これは、対立する二国間で今現実に起こっている「誰か」の物語なのかもしれないと。
「自立した女性」の生きづらさ
ただのラブストーリーでは終わらせず、女性の生きづらさをもあぶり出す。現代韓国社会への痛烈な批判も見どころだ。
画像:Netflix『愛の不時着』
物語の骨子はラブストーリーだが、主人公カップルの描かれ方もジェンダーステレオタイプを覆すもので新しい。ジャーナリストの治部れんげさんは、北朝鮮将校、リ・ジョンヒョクの男性像を指して「ポスト #MeToo 時代のヒーロー」と評した。
さらに特筆すべきは、ヒロインであるユン・セリの描かれ方だ。セリは財閥令嬢として生まれながら家を出て自ら起業し、上場までしている。
好きな言葉は「ストップ高、高収益、業界1位」。兄2人よりもすぐれた経営手腕をもちながら、愛人の子であるために(そして女性であるために)、彼女は財閥グループの後継者として周囲から認められない。また、男性社会にいながら実力でのし上がったセリには敵も多い。
北朝鮮でいじめられっ子を助けに入るシーンで彼女は語る。
「殴られそうになったら先にパンチを食らわせなさい。殴る人は反省を知らないから。私もそう生きてきた。そうしたら誰もいじめず、寄り付きもしなかった」
ここで思い出すのは、130万部のベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』ブームをはじめとする、韓国のフェミニズム運動だ。
兄たちからキャリアを邪魔され、母からも「欲深い」と糾弾されるセリが抱える孤独。寂しいけれど痛いよりはマシ、といじめられっ子に語るセリは、韓国女性の生きづらさをあぶり出す。
彼女は、資本主義とは一線を画した北朝鮮で、人の温かさと愛を見つける。それは、現代韓国社会への痛烈な批判とも言えるだろう。
南北統一問題を正面から描く
ドラマの裏の主題は、70年にわたり解決されていない朝鮮統一問題だ。
画像:Netflix『愛の不時着』
そしてやはり、『愛の不時着』が注目に値する最たる理由は、メロドラマでありながら北朝鮮で暮らす人々の生活をリアルに描き出しているところだ。
村に起こる停電、盗聴者の存在、当局が人々の家を捜査する「宿泊検閲」。脚本は北朝鮮出身者がアシスタントとして参加しており、多くの脱北者への取材が重ねられたという。
ドラマの裏の主題は、70年にわたって解決されていない南北統一問題だ。「統一したら」というセリフが印象的に使われ、クライマックスでは軍事境界線が重要な舞台となる。
ところで、今世界でヒットしている作品には「フィクションが現実社会の問題に切り込む」という共通点を持っているものが多い。
その例が、1986年の原発事故を描いてエミー賞10冠を達成したドラマ『チェルノブイリ』であり、韓国の格差社会を鋭く突いた映画『パラサイト』であり、貧困とポピュリズムを暗に示した映画『ジョーカー』だ。
「韓流あるある」で笑わせ、メロドラマで泣かせながら南北問題を巧みに浮き彫りにする『愛の不時着』も、そうした作品のひとつに位置付けられるだろう。
新型コロナウイルスの世界的な蔓延は「現実がフィクションを追い越した」とよく形容される。現実とフィクションがどこまでも曖昧になり、混じり合っていくかのような「ポストコロナ」の時代が訪れようとしている今、エンタメが果たす役割とはなんだろう?
「愛は、文化は、政治的対立を超える」
シリーズを通して同作はそう訴え続ける。筆者は、エンタメが持つ想像力の限りない可能性をそこに見るのだ。
(文・西山里緒)