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世界中で蔓延している新型コロナウイルス、各国での感染の実態を知るのは容易ではない。希望すればだれでも検査を受けられる国もあれば、医療崩壊を防ぐために検査を絞り込んでいる国もある。
死者にしても同じで、確定診断されないまま亡くなっている人は相当数に上るだろう。実態に近い数字が整理されるのは、数カ月、あるいは数年後を待つ必要がある。
だが、感染が急拡大している国を肌感覚で知る方法はある。中国のデータを見ることだ。
日本からの入国者も複数の陽性例
ロシアからのウイルスの流入にたまりかねた中国は、陸路の国境・綏芬河を封鎖した。
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中国は3月以降、水際対策を強化しており、同月下旬には入国者全員にPCR検査と隔離を行うようになった。地方政府にとっても、水際で食い止めて市中感染を防げれば失点にはならないので、入国者の感染データは、透明性が高い。
例えば中国最大のビジネス都市、上海の場合、4月5日までに確認された入国者の感染は計142人。内訳はイギリス51人、アメリカ28人、フランス14人、イタリア10人となっている。日本からのウイルス逆流は多くないが、各省・市が発表する「入国感染者の国別内訳」を精査していると、数日に1件は「日本」という文字も見つけることができる。
中国の一部都市が水際対策を強化したのは自国での感染がピークだった2月中旬で、対象国は隣国の日韓だった。だが、実際には日韓からのウイルス逆流は起きなかった。そのころに好き好んで両国から中国に入国する人は少なかったからだ。
実際に海外からのウイルス逆流が表面化したのは3月初旬で、当時はほとんどがイタリア、イランだった。中旬に入ると欧州全体、さらにはアメリカ、アジア、中東と、各国の帰国者からまんべんなく陽性者が出るようになった。
たらればになるが、日本がもう少し早く欧州への渡航や入国に制限をかけていれば、日本国内の状況は違っていただろうと思わされる。
そして4月に入って、中国でウイルス持ち込みの震源地になったのがロシアだ。
プーチン大統領は3月には「状況はコントロールされている」と強調していたが、ロシア内で3月末に約2300人だった感染者は4月19日までに約4万2800人に増え、死者も300人を超えた。
だが、中国の水際で補足されたロシアからの入国者の感染状況を見る限り、その数字すら実態よりかなり少ないと考えざるを得ない。
ロシアからのフライト、乗客204人中60人が陽性
オフィスビルを転用し、4月11日に運用を始めた綏芬河のコンテナ病院に荷物を運びこむ人たち(4月10日撮影)
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中ロ国境の小さな市・綏芬河(すいふんが)では4月3日から8日まで6日連続で新型コロナウイルスの感染者が確認された。いずれもロシアから陸路で入ってきた人で、中には発熱などの症状が出てから12日経っている人もいた。特に4月8日には1日で40人の感染が確認された。
4月13日までに、綏芬河から入国した人は2497人。そのうち360人(無症状感染者含む)が新型コロナウイルスの検査で陽性と判定された。
警戒を強めた中国は、ロシアとの出入国検問所全てを一時閉鎖した。さらに綏芬河市はオフィスビルを改造し、4月11日からコンテナ病院として運用を始めた。湖北省から戻ってきたばかりの黒竜江省の医療チームを中心に、患者対応にあたるという。
4月10日まで52日連続で域内では感染者が出ていない内モンゴル自治区も、入国者からは80人の感染が判明している。うち27人は4月10日に確認され、全員がロシアからの入国者だった。
「ロシアがやばい」との認識が急速に広がる中で、さらに衝撃的な事実が明らかになった。
4月10日のモスクワ発上海行きフライトSU208便に乗っていた204人のうち、13日までに60人の感染が確認されたのだ。
中国メディア紅星新聞の報道によると、乗客の大半は、モスクワの2つの市場で商売をしているロシア華僑だった。陸路で国境を超えて綏芬河に入った人々の多くも、モスクワの2つの市場で仕事をしている華僑であり、報道によるとこの2つの市場では計約8000人の華僑がビジネスを営んでいるという。
紅星新聞が取材したSU208便の乗客によると、ロシアでは3月末から新型コロナの影響で店を開けられなくなり、治療体制もこころもとないため、華僑の間で帰国の動きが加速していた。
SU208便の搭乗率は5割ほどで、乗客は離れて座った。8時間のフライト中、大半の人が防護服やゴーグルを身に着けていた。ただし、モスクワの空港では検疫がなく、咳をしている人もいたという。
乗客の1人は「ロシア在住の中国人は自国の状況を知っているから、かなり防御をしていたし、市場でも2月に体温測定を導入した。それでもこれだけ感染しているので、現地での蔓延は相当深刻だろう」と話している。
クラスター「源流」の留学生は2度の検査で陰性
黒竜江省はロシアと国境を接し、異国ムードが漂う観光都市でもある。
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日本では今も「武漢は大丈夫なの?」というイメージだろうが、ロシアの脅威によって防衛の最前線は完全に黒龍江省に移っている。さらに、同省の省都ハルピン市では、検疫の網から漏れた帰国者から50人のクラスターが発生、市幹部も更迭され踏んだり蹴ったりの状況となっている。
29日連続で感染者0(入国者の持ち込み除く)が続いていた黒竜江省で、記録が止まったのは4月9日だ。この日、無症状3人を含めた感染者4人が確認された。そして16日までに4人は46人に感染を広げた。
調査の結果、そもそもの「起点」は3月19日にアメリカから戻ってきた22歳の留学生だと判明した。1人を見逃したことで、1カ月弱で50人のクラスターを生成したわけだ。しかもこの留学生は2度のPCR検査では陰性となっており、何重もの対策をすり抜けていた。詳しく見てみよう。
3月19日にアメリカからハルピンに戻ってきた留学生は、自宅で14日隔離された。3月31日、4月3日に実施したPCR検査の結果はいずれも陰性、発熱などの症状もなく、隔離を解除された。
留学生は、4月9日にハルピン市で感染者が出たことを受け、4月10日、11日に抗体検査を受けた。その結果、感染からかなり時間が経っていることを示すIgG抗体が検出された。つまり、PCR検査時には治癒していたが、その前に感染していたと推定される。
留学生と同じ建物の真下に住む曹さん(仮名)も、この流れで感染が確認された。2人の間に面識はなく、エレベーターの中で接触した可能性が高い。
発症前に脳卒中で入院、大規模院内感染に
黒竜江省の省都・ハルピンの空港は厳戒態勢となっている(4月撮影)。
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曹さんは彼氏と自分の母親に感染させた。そして曹さんの母親は、自分の交際相手である郭さん(仮名、54歳)にうつした。最初に症状が出て、このクラスターの中で一番初めに感染が確認されたのが郭さんだ(4月9日に確認された、4人の中の1人である)。
郭さんは4月7日に咳や発熱の症状で病院を受診し、CT検査とPCR検査によって新型コロナウイルス感染が確定した。病院についてきていた交際相手とその2人の息子も、無症状感染者であることが分かった。
郭さんと交際相手である曹さんの母、さらに友人の陳さん(仮名、87歳)はそれぞれの家族を交えて3月29日に7人で食事をした。その中から5人が感染した。
この食事がさらなる感染拡大の起点となる。高齢の陳さんはその後脳卒中を起こし、4月2日にハルピンの病院に入院した。入院中に熱が出たため、4月7日に別の病院に転院した。結果、2つの病院で同室の患者や医療従事者36人が感染した。
クラスターの発生で、ハルピンでは4月17日に予定していた中3、高3の登校再開が延期となった。市民の落胆や動揺は大きい。留学生を起点にこれまで50人の感染が分かっているが、さらに400人以上が濃厚接触者として、経過観察中だ。
検査、隔離をもすり抜けるウイルス
ハルピンのクラスターは、新型コロナ封じ込めの難しさを浮き彫りにした。持ち込んだ帰国者は2週間隔離していたし、PCR検査でも陰性だった。さらにクラスターの半数以上が無症状感染者だった。
ハルピン市の衛生当局は、3月20日以降帰国者を指定施設で隔離するようになったが、19日までは自宅隔離も許容していた。つまり、アメリカから戻ってきた留学生は、滑り込みで自宅に帰ることができ(その時は本人も「ラッキー」だと思っていただろう)、結果としてクラスターにつながったわけだ。
同市は「対応は適切だった」としたが、黒龍江省は3月6日に「帰国者は指定施設での14日隔離」を求める通達を出していたことを理由に、ハルピン市の落ち度を追及。市衛生当局トップが更迭されたほか、幹部18人が処分を受けた。
4月中旬には湖北省から内憂外患の黒竜江省に医療物資が送られた。今のところ黒竜江省以外に憂慮すべきクラスターが出ておらず、感染症対策に湖北省の資源をそのまま流用できるのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
潜伏期間の長さ、無症状感染者、そして「多くが軽症」という統計が生む油断……。新型コロナウイルスの厄介さ、いやらしさは日本でも広く認識されるようになったが、感染源がそれほど追跡できていないため、「厄介さ」の大部分は霧の中にある。
黒竜江省は名誉挽回のため、感染者の行動履歴や感染ルートを家系図のように詳細に公表しており、一つの小さな穴からあっという間に街に紛れ込み、生活を侵食するウイルスの動きが可視化できる。それを見ていると、日本の対策も、個人の危機感も、まだぼんやりとしていると言わざるを得ない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。