ロックダウン(都市封鎖)中のニューヨーク・マンハッタン地区。ハドソン川を挟んで対岸のニュージャージー州ウィーホーケンから。
REUTERS/Jeenah Moon
- 米ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は封鎖解除後の経済活動の再開に向け、科学的な根拠にもとづく計画を策定するため、マッキンゼーとコンサル契約を結んだ。
- マッキンゼーは、想定される複数のシナリオ、新型コロナウイルス感染症の帰結に加え、労働力と顧客、サプライチェーン、収益を守るために経営者がとるべきステップについて、スライド92枚におよぶブリーフィング資料を作成している。
新型コロナウイルスの世界的な流行はまだ数カ月続くことを想定し、マッキンゼーはその後にやって来る「ニュー・ノーマル」の時代に備えるよう、クライアントにアドバイスしている。
4月15日、封鎖解除後の経済活動再開に向けた計画策定のため、ニューヨーク州のクオモ知事はマッキンゼーに協力を依頼した。同社は今後、ウイルス検査の戦略、感染の拡大予測、それ以外にニューヨーク州の経済再興に影響を及ぼしそうなあらゆる事柄について、シナリオ立案を行う。
マッキンゼーは最近、新型コロナウイルスがビジネスに与える影響について包括的なインサイトレポートを作成し、経営者向けに92点のスライドから成るブリーフィング資料を提供している。同資料では、シナリオプランニング、各産業にウイルスがもたらす影響、危機管理のために企業が踏むべきステップを分析している。
資料に用いられているデータは、世界保健機関(WHO)、米疾病予防管理センター(CDC)、各国政府、マッキンゼーのクライアントから提供を受けたものだ。
とくに重要な11枚のスライドを抜粋して紹介しよう。
新型コロナウイルスの感染者数は国によって異なるが、その帰結には公衆衛生面での対応が大きな影響を及ぼしたとマッキンゼーはみている。
マッキンゼーは、8カ国を対象に、感染者数が100人を超えてからの動向を分析。30日後には各国の間に顕著な差が現れた。
イタリアとスペイン、フランスはヨーロッパでも最悪の部類のコロナ流行国だが、全土封鎖(ロックダウン)と、イタリアについては緊急事態宣言を発令しての対応が徐々に効果を発揮し始めている。マッキンゼーのブリーフィング資料は、政府による外出自粛令と積極的な検査、感染症に関する調査を徹底した韓国の対応が最も有効だったと指摘している。
パンデミック(世界的大流行)への対応の仕方は、感染者数に影響する。例えば、アメリカと韓国は同じ1月20日に初めての感染者を出しているが、両国の延べ感染者数にははっきりとした差が現れた。韓国は「カーブを平坦にする」のに成功したが、アメリカは世界最大の感染者数(2020年4月20日時点で69万人超)を記録している。
感染者の20〜50%は無症状。各国はそれぞれの状況と感染拡大のフェーズに応じて対応を決めている。
実例が蓄積されてきたことにより、新型コロナ感染者の10〜60%が無症状感染者からの感染であることがわかってきた。CDCによれば、感染者の20〜50%がまったくの無症状で、周囲の人たちを感染リスクにさらしている。
各国政府はより厳格なソーシャルディスタンシング(社会的距離戦略)ポリシーを採用せざるを得なくなることを、マッキンゼーは予測していた。
ブリーフィング資料には、感染防止にマスクの全面的な活用が有効であることが記されており、現実に、韓国や日本、ベトナム、アメリカはそれぞれ異なる方法でマスクの使用拡大を推し進めている。
新型コロナが経済にもたらす影響の大きさは、公衆衛生と政策の対応次第でほぼ決まる。
迅速かつ効果的な公衆衛生面での対応を行い、感染拡大をコントロールできたシナリオが上段。中段は効果的な対応を行ったが一部で再発、下段は公衆衛生面での介入に失敗したケース。右側にいくほど経済政策面での介入が功を奏したケースを示している。
McKinsey & Company
GDPに影響を及ぼすファクターは2つ。公衆衛生面と政策面での対応だ。
公衆衛生面での対応には、都市封鎖や旅行の禁止、検査、ソーシャルディスタンシングなどが含まれる。政策面での対応とは、企業の破たん、失業率の上昇、既存の社会システムの脆弱性への手当てを指す。いかに早く経済的回復を実現できるかは、これらのファクターによって決まる。
例えば、ウイルスの迅速かつ効果的なコントロールと強力な政治主導は経済成長の加速につながる。しかし、公衆衛生の対応を疎かにしたままの政治介入は経済の回復を遅らせることになる。
民間の航空産業、旅行業、石油・ガス産業は平均して40%以上の株価下落が報じられているが、その回復には数年かかるだろう。
航空、旅行、石油・ガス、自動車は新型コロナウイルスによって最も大きなダメージを受けている産業だ。旅行禁止や外出自粛令によって旅行需要は8割まで減った。マッキンゼーは、国際路線の回復には6四半期(1年半)かかると予測している。(ボーイングやエアバスのような)民間の航空機産業も同様で、製造と供給の停止から回復するまで数年の月日を要するという。
一方、最もダメージが少ないのは、製薬、小売り、情報通信、ハイテク産業だ。
レストランやホテル、学校、フィットネスクラブといった感染リスクの高いビジネスの再開は一番最後になる。
図表上部が感染リスクの低い優先セクター。農業や製造業、流通が含まれる。下にいくほどリスクが高く、再開の優先順位も低くなる。また、右にいくほど経済的妥当性が高いセクターを示す。
McKinsey & Company
政府は再開するセクターやビジネス分野を決める際、経済的妥当性と感染リスクという2つのファクターをもとに判断すべきとマッキンゼーは指摘する。
いわゆる「必要不可欠な」ビジネスはパンデミックの最中も操業を続けていたので、まず再開すべきは農業と製造業で、続いて不動産やそのほかの専門サービスなど。レストランやホテル、学校、フィットネスクラブといった感染リスクの高いビジネスは最後になるという。
職場復帰のフレームワークは、「誰が」「いつ」「どうやって」という3つのコンポーネントから成る。
新型コロナウイルスの不確実な性質のため、企業は操業再開の計画をどのように立てたらいいのか明確にできずにいる。近い将来の職場はいまとは違ったものになるだろう。人々は(感染リスクの面で)安全性に不安を抱き続ける。多くの人たちが、ビジネスへの影響が長期化するのを恐れている。
そんななかで、マッキンゼーはまずリモートワークを継続することを推奨する。従業員にはよりフレキシブルな働き方を提案し、それが安全な職場復帰プロセスの第一歩であることを認識してもらった上で、「ニューノーマル」の時代の新たな職場づくりを進めていくのだ。
ただし、職場復帰プロセスを実行に移すのは、あくまで条件が揃ってからの話。つまり、当局による外出自粛要請が終わり、地域の医療体制が回復してから、ということだ。
福利厚生を充実させ、労働時間を短縮し、リモート・ノンリモートを柔軟に選べるようにする。最も大事なのは従業員を守ることだ。
リモートワークの生産性が低下する主な理由は3つある。不安、貧弱あるいは不適当な遠隔コミュニケーションツール、仕事と日常生活の線引きがあいまいになることだ。
企業は従業員を守るために、柔軟なワークポリシーを制定・運用し、福利厚生を充実させ、労働時間を制限する必要がある。職場への出勤を求める従業員については、とくに労働時間の短縮に配慮すべきだ。
また、従業員の仕事への集中力を保つためには、明確な目標を設定し、リモートワークをうまくいかせるコツをお互いに教え合い、リモートワークを円滑化するツールを徹底活用するのが大事だとマッキンゼーは指摘する。
危機に際したリーダーが犯しやすい2つの失敗。それは不十分な実行と意思決定の遅延。
パンデミックの影響が深刻化するなか、ビジネスリーダーたちの多くが世界的な景気後退に備え、リモートワークのチームを指揮し、事態が収束したあかつきには新たな時代の働き方に移行しようと考えていることだろう。
しかし、危機の際にはリーダーたちも失敗を犯しがちだ。その最たるものが、対応に長い時間をかけすぎること。また、ウイルスとどう闘おうとしているのか、明確に指示を出さないのもマズい。従業員がリーダーに求めるのは、責任をもって答えを出すことなのだ。
不測の事態への対応計画を策定する際のキーワードは「4つのD」。Discover(発見)→Design(策定)→Decide(決定)→Deliver(実行)だ。
事態に遅れをとらないようにするためには、4ステップのアプローチを用いるのがいい。
最初のステップは、できる限り正確なデータを探し集めること(発見)。次に、そうやって集めた情報をもとに計画を策定する(策定)。そして、危機対応に特化した意思決定の責任者を指名し(決定)、できるだけ迅速にその計画を実施する(実行)。
ちなみに、意思決定者を決めるときに忘れてはならないことがある。マッキンゼーで危機対応チームを率いるミヒル・マイソールはこう強調する。
「会社の株主だからとか、キャリアがどうだからではなく、個々の倫理観から判断して、組織全体にとって正しいことをすると確信できる人を選ぶべきだ」
危機対応は将来を見据えて行う必要がある。その意味で、シナリオプランニングとレジリエントなチームビルドは必須。
図表の左側に見えるように、従業員の保護、顧客管理、サプライチェーン、キャッシュといったワードの視線はすべて現在に向けられている。危機対応チームに求められるのは、未来にフォーカスする態度だ。
McKinsey & Company
後手に回らず、先手を打て。
マッキンゼーは、非常時対応計画(コンティンジェンシー・プラン)を策定する際、将来に視線を向けるべきとアドバイスする。当然のことながら、これから先に起きることについての計画だからだ。また、計画にはシナリオプランニング(=起こりうる複数のシナリオ設定)とレジリエント(強靭)なチームビルドがセットで組み込まれていなくてはならない。
前出のマイソールは次のように指摘する。
「次に起きることを知らずにいると、最初の危機が起きた時点よりさらに危険な状況に陥ることになる。企業ではありがちなことだ。情報収集の時間を確保して、次に何が来るのかを把握することができれば、別のアプローチも選べるだろう」
リモートワークには3つのシナリオが考えられる。キーワードは「組織の構造」「決定権」「従業員数の規模」だ。
最大の変化シナリオでは、全面的にリモートワークが受け入れられ、ホワイトカラーの4分の1が完全リモート化する。また、あらゆるポジションがギグワーカーの仕事になり、フルタイムの割合は2割を切るとされる。
McKinsey & Company
パンデミックが収束したあとの職場はいまとは違ったものになるだろう。
マッキンゼーはリモートワークの将来について、組織の構造、決定権のあり方、従業員の規模によって異なる3つのシナリオ、さらにそれぞれについて想定される変化の度合いによって3つのシナリオを想定している。
最も可能性の高そうな中程度の変化シナリオでは、リモートワークはより広く受け入れられるものの、専門職のほとんどは対面型の仕事であり続ける。チームはプロジェクトごとに結成されるようになるが、管理職はフルタイムワーカーのままで、(単発でさまざまのプロジェクトに関与するような)ギグワーカーは最前線のメンバーまでにとどまるという。
(翻訳・編集:川村力)