撮影:今村拓馬、イラスト:Shutterstock
これからの世の中は複雑で変化も早く「完全な正解」がない時代。コロナウイルスがもたらしたパラダイムシフトによって不確実性がさらに高まった今、私たちはこれまで以上に「正解がない中でも意思決定するために、考え続ける」必要があります。
経営学のフロントランナーである入山章栄先生は、こう言います。「普遍性、汎用性、納得性のある世界標準の経営理論は、考え続けなければならない現代人に、このコロナ後の時代では特に『思考の軸・コンパス』を提供するもの」だと。
この連載では、企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、入山先生が経営理論を使って整理。「思考の軸」をつくるトレーニングに、ぜひあなたも参加してみてください。参考図書は入山先生の著書『世界標準の経営理論』。ただ本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
今週も、読者のみなさんから寄せられた声に、経営理論を思考の軸にしながら入山先生が答えていきます。この議論をラジオ形式で収録した音声も聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。
今回のテーマは「組織運営」。チームの立ち上げに際し、どう方向づければいいのかで悩んでいるようです。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:2分08秒)※クリックすると音声が流れます
みなさん、こんにちは。入山です。前回に引き続き、今回も僕が連載初回に出した「お題」に対するみなさんからの回答とともに、さまざまな経営理論を紹介していきたいと思います。
僕が出したお題は、「あなたがいまビジネスで抱えている課題やキャリアの悩みについて教えてください」というもの。今回は、20代後半の人材コンサルタント、Dさんからの回答をご紹介します。
この回答だけでは詳しい事情までわからないので、ひとまず、「こういうことなのかな?」と推測した話をさせてもらいます。Dさん、もし僕の回答が的外れだった場合は、改めて「この前の質問はこういう意味だった」と教えてください。背景が詳しくわかれば、より深い議論ができると思います。
まずはチームの目的を確認し合うこと
まず、Dさんが立ち上げるチームは、どういうものなのでしょうか。例えばベンチャー企業のようにゼロからメンバーを集めるのか、それとも大手企業が既存社員をピックアップしてプロジェクトチームを編成するのか。いずれにせよチームを立ち上げるときの最大のポイントは、その「チームの目的を言語化する」ことだと僕は思います。
これは、ある著名な元コンサルタントの方から聞いたことなのですが、その方がチームで初めて会議をするときに最も重視するのは、「このチームは何のためにあるのか」を確認することなのだそうです。僕もこれが重要だと思います。
なぜ「目的を言語化」することが必要なのでしょうか。ここで2つ、重要な理論があります。
まず1つは、僕の『世界標準の経営理論』という本の第15章に出てくる、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生が提示されたことで有名な「SECIモデル」です。SECIモデルとは、ごく簡単に説明すると、個々のメンバーがなんとなく持っている「暗黙知」を言語化して「形式知」にするプロセスを通じて、組織の創造性が高まるということです。
(出所)野中郁次郎「組織的知識創造の新展開」(DIAMONDハーバード・ビジネス 1999年1-2月号)をもとに筆者作成。
つまり会社にはいろいろな社員がいて、それぞれがうまく言葉にできないノウハウや思想などを暗黙知として多く持っている。それを文章などで言い表すことのできる「形式知」にすることで、それを広く共有できて、知的創造が可能になる。
しかし、現代の日本の多くの組織では、トップ・社員のやりたいことがモヤモヤと内面にはあっても、それが必ずしも明快な言葉で形式知化されていません。SECIモデルは野中先生による日本発の世界的理論であるにもかかわらず、これを実践できている日本企業は実は現代では決して多くない。だからこそ、いま日本では「デザインシンキング」などが流行っているのです。デザインシンキングは暗黙知をデザインの手法で形式知化する作業そのものだからです。
企業の目的がはっきりしていないくらいですから、その内部組織やチームを立ち上げる時には、その「目的」がモヤモヤしていることも多い。各メンバーの中に豊かな暗黙知はあっても、それが形式知化されていないことが多いのです。
目的を言語化し、共感してもらう
加えて重要なのが「共感・腹落ち」です。これは組織の立ち上げだけでなく、その持続性において極めて重要です。当たり前ですが、同じ船に乗った人たちが、同じ方向に進むことに共感していないと、組織運営はうまくいかないし、継続しない。
僕の本の第23章に「センスメイキング理論」というものが載っています。これが2つ目の重要な理論。簡単に言えば、「人間は自分が本当に納得(センスメイキング)したことであれば、共感して、不確実性が高い環境でも一生懸命取り組む」ということです。したがって、チームのメンバーがそのチームの目的に納得し、心からそれに共感できていれば、チーム運営はうまくいく確率が高くなる。
ところが実際には、チームの立ち上げにおいて、意外と共感なしで、いきなり腹落ちもしていないアジェンダを始めてしまうことも少なくないはずです。そして途中で「あれ、これ何のためにやってるんだっけ?」と混乱をきたす。結果、それぞれが独自の解釈で動き始めて組織がバラバラになってしまう。これは実際の会社でもよくある話です。
「目的が腹落ちしてもいないのにプロジェクトがスタートしてしまった」という例は多い。だが不確実性が高まる時代にそのようなチーム運営では危うい、と入山先生は指摘する。
撮影:今村拓馬
したがってチームを立ち上げるにあたり、何からどう動いていいかわからないというとき、最初にすることは1つです。すでにチームのメンバーが決まっているのであれば、その人たちに集まってもらい、「そもそもこのチームはこういうことをやるのが目的だよね」ということを議論し、言語化し、シェアしてそれに共感してもらうことなのです。
あるいは逆に共感してくれないのなら、その時点でチームのメンバーを入れ替えることが重要です。共感してもらえない人がそのままチームに入っていると、あとで大変なことになるからです。この作業がいちばん重要なのだと、僕は経営学的に思います。
そもそも会社に目的がない
しかし日本の会社には、チームの目的以前に、会社の目的がはっきりしていないケースも多い。この連載の編集担当の常盤亜由子さんは、次のように指摘します。
常盤さんの言う通り、このようなケースは珍しくないと思います。このようなチームに配属されてしまうと、仮にそのチームで何か新しいものができたとしても、上に持っていくと「いや、会社のやりたいことと違う」と却下されたりする。
このような場合、最初にやるべきことは、理想的にはトップに、「そもそもあなたは何をやりたいんですか」と問いただすことでしょう。それに答えられない経営者は失格です。しかしそうすると、多くの日本企業の経営者が失格になるかもしれませんが。
この問題はいずれ本連載でも取り上げるつもりですが、「トップが方向性を示せていない」というのも、従来の日本でイノベーションが起きにくい理由の一つだと僕は理解しています(この他の理由については、連載第4回を参照してください)。なぜなら会社の進む方向感に腹落ちがないと、新しいことはできないからです。特に、これは不確実性が高いであろう、アフターコロナの時代には特に重要になるでしょうね。
とにかくDさんには、まずチームと会社の目的の足並みを揃えることから始めていただくしかないでしょう。そのうえで万が一、会社の目的を明文化するのが無理であるならば、とりあえず目の前の自分のチームだけでも、解釈して「こうだ」と決めて、言語化してチームメンバーに共感してもらいながら、組織を動かしていくことです。健闘を祈ります。
【音声版フルバージョン】(再生時間:8分52秒)※クリックすると音声が流れます
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。