熊村 剛輔(くまむら ごうすけ)さん。セールスフォース・ドットコム シニアビジネスコンサルタント / エバンジェリスト。1974年生まれ。プロのサックス奏者からエンジニアに転身後、プロダクトマネージャー、オンライン媒体編集長、大手ソフトウエア企業のウェブサイト統括とSNSマーケティング戦略を担当。その後、広報代理店のリードデジタルストラテジスト、アパレルブランドの日本・韓国のデジタルマーケティング統括を経て、2018年から現職。
アメリカでは近年、ホリデーシーズン商戦に変化が見られるという。従来は「年末の風物詩」だったが長期化し、夏の終わりから始まるのだという。デジタル時代になり、マーケティング戦略は何が変わっているのか。セールスフォース・ドットコムのシニアビジネスコンサルタントでエバンジェリストの、熊村剛輔さんに話を聞いた。
アメリカの「クリスマス商戦」が8月から始まる理由
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──近年、ホリデーシーズンに大きな変化が起こっているそうですね。アメリカでは従来、11月最終週からクリスマスまでのホリデーシーズンは、1年間の売り上げの大半を稼ぐ、とても重要なものでした。
熊村剛輔さん(以下、熊村):そうなんです。アメリカでは長い間、売り手も買い手も感謝祭(アメリカでは11月の第4木曜日)後、11月最後の木金土日あたりにセールと消費の照準を合わせるものでした。企業によってはその4日間に年間広告費の4分の1を注ぎ込むほど重要視されていました。
ところが近年、そのホリデーシーズン商戦が大きく変化しています。
以前なら無風だった10月や9月、8月にまで小さな消費の山ができるようになっているんです。実際、アメリカの消費者を対象に行われたアンケートでは、全体の3〜4割が「ホリデーシーズンよりかなり前から買い物を始めている」と答えていて、早い人は「8月下旬くらいから」という。季節に関係のないものは、欲しいと思ったときに買うようになっているんです。
じつはこの変化、売る側が、少しでも早い段階から顧客をつなぎ止めておこうと仕掛けた結果なんですね。
アメリカではちょうど、8月下旬から9月の頭にかけての新学期から感謝祭、クリスマスまで、大体1カ月おきにイベントがあります。売る側はそれに絡めて小さなセールを打って、早い段階から顧客とつながり、彼らが好きなもの、やりそうなことのデータを取って、ホリデーシーズンの本番備えておく。他社に顧客を取られてしまわないように囲い込んでおくんですね。
デジタルで変わった、新しい購買行動6パターン
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──企業側のマーケティング活動が変わっているということですが、デジタル化によって消費者の行動も変化しているのでしょうか。
熊村:最近の消費者の購買行動には、6つの新しいパターンがあるんです。
- 「ウイッシュリスト・ショッパーズ(Wishlist Shoppers)」といって、とにかくウィッシュリストには入れるのだけれど、買わないというパターン。
- 「エディターズ・ピック(Editor’s Pick)」。情報過多になりすぎて何を選んでいいのかわからない、自分で選ぶのが面倒くさい、だから価値観の似た人のオススメなどを参考にして買うというものです。
- 「プレスクリプティブ・パーフェクション(Prescriptive Perfection)」は、とても積極的なパターンで、お店やブランドに「こういうのが自分には似合うと思う」と自分の情報を提供して選んでもらうというもの。
- もっとライトな感じで、単純に友達の口コミなどを大切にする、「バイイング・インフルエンス(Buying Influence)」というパターン。
- 「プライベート・チャンネル(Private Channels)」はD2C(Direct to Consumer)の形なのですが、消費者がメーカーや販売店と直接やりとりをして買ってしまうというものです。
- 「ストップウォッチ・ショッピング(Stopwatch Shopping)」は、日用品など比較検討が必要なさそうなものはもう、手間をかけずにオンラインで済ませてしまえという動きです。水がない、ビールが切れたというときに数クリックするか、「アレクサあれ買って」で済ませてしまう。
ここでアレクサに頼んだときに購入されるものはおそらく、過去に購入したことがあるものなどでしょう。ブランドは、消費者と早い段階でつながっておかなければ、こういうときにも買ってもらえなくなってしまいます。
今後のマーケティングでは「パーソナライズ」がキーワードに
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──デジタルが浸透することによって、マーケティングのあり方も変化を求められてきたというわけですね。
熊村:この先の時代、大きなテーマとなるのは「一人ひとりをどれだけケアできるか、つながっていけるか」ということです。
大昔のマーケティングは、大きな集団に対してメッセージやサービスを投げ込めばどうにかなっていました。「知名度は低いけれどよい製品」より、コミュニケーションにお金を使える企業のブランドが認知され、消費者には限られた選択肢しかなかった。
しかし、今はネットやデバイスの発達によって、消費者がいつでもどこでも情報を手に入れることができるようになっています。しかも、調べたら調べただけ多くの選択肢が出てくる。そうなると、一人ひとりの消費者への向き合い方が大事になってきます。そういう意味では四半世紀前に言われていたCRM(顧客関係管理)の発想が、現在のデジタルマーケティングと同義になってきているのではないかと思います。
例えば百貨店では昔から、本当に顧客単価の高い顧客には外商がついて、どんな商品でも持ってきてくれていた。微に入り細を穿った究極の「パーソナライズ」です。精度が高いので対象の顧客の客単価は高くなる。ただし、明らかに客単価が低い顧客に外商はつきません。
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デジタルを使えばこれが、低コストで効率よくできるのです。アメリカでは、「パーソナライズ」のためにメールはもちろん、メッセンジャー、SNSの情報、来店履歴、行動、購買対象といったさまざまなデータが、デジタルで収集されています。
従来ならそのアウトプットは、PCやスマホの画面に表示されるレコメンデーションなど、デジタル的なものでした。それがいまはデジタルではなく、アウトプットがリアルな人になるケースが増えているんです。
例えばホテルの部屋にスマートスピーカーがあって、室温の調整などをスマートスピーカー経由でやる。そうして顧客の嗜好に関するデータをデジタル化して、次に同じ人が宿泊するときには、コンシェルジュが最初から室温を好みの温度に設定しておいてくれるとか。デジタルを活用して、生身の人間がそのとき提供できる最高のおもてなしをする――という方向に変わってきているんです。
──人間の存在意義が出てくるわけですね?
熊村:最終的に、人間の手に勝る究極のおもてなしはないと思います。
総務省の「情報通信白書」で、AI時代における理想の人材像を日本とアメリカで比較しているんです。
◼️人工知能(AI)の活用が一般化する時代における重要な能力
総務省「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」(平成28年)より作成
アメリカでは、AIの導き出した結果や方向性に対して、忠実にアクションを実行できる人が評価される傾向がある。日本ではそれとは違って、AIで考えつかないような人間らしい発想をする人を重要視する傾向があった。
先ほどの接客の話だと、どういう顧客にどういう接客をするか、ツールが決めた通りにきちんと失敗なくおもてなしをするのがアメリカ的なんです。
日本はというと、まず従来の「おもてなし」も、実際には過去の経験則というデータを活用しながら、人が考えて動くものでした。今後はそのインプットにテクノロジーを導入して経験をデジタルデータ化すれば、働き方が変わって人材の流動性が高くなっても、サービスのクオリティを担保することができるし、ノウハウを継承しやすくなるのではないでしょうか。
生き残りに必須なスピーディーなマーケティングのために
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──企業やマーケッターには何が必要なのでしょうか。
熊村:これからは、どれだけお客様を中心にビジネスを考えられるかだと思います。
今、世の中が便利になったことで、消費者の要求水準は加速度的に上がっています。10年前と今とは大きく違うし、今後も要求は高くなり続けるでしょう。
それはすなわち、主導権が消費者にあるということです。売る側はこれまで以上に努力をしないと、どんどん取り残されてしまいます。
危機感を持っているマーケッターの方は多いと思うんですが、想像を絶する時代のスピードに乗り遅れずに走り続けるには、テクノロジーの力で省力化、効率化することが必須になるのではないかと思います。
──そこで、セールスフォースのサービスが効いてくるわけですね。
熊村:これから先、価値観は大きく変わっていくことが考えられます。現在、私たちが直面している新型コロナウイルス禍を体験し、消費者の考え方や価値観がどう変化するのか、きちんとキャッチすることは絶対に必要になります。今まで以上に消費者と向き合うためにも、テクノロジーの活用は大切だと思います。
すべては、あくまで人と向き合うために、テクノロジーをどれだけ使えるかなんです。