PCR検査拠点「保健所」が1カ月デジタル化できた理由…背後にセールスフォースの姿

ダッシュボード

セールスフォース・ドットコムが船橋市の保健所で導入した保健所向けの「業務支援クラウドパッケージ」のダッシュボード。

出典:セールスフォース

セールスフォース・ドットコム(Salesforce)の日本法人は4月22日、同社が3月30日に発表した千葉県船橋市保健所向けに無償提供を開始した「業務支援クラウドパッケージ」に関する説明を行なった。

セールスフォースは、CRM(Customer Relationship Management、顧客関係管理)の業務システムを提供するソフトウェア・ベンダーだ。ガートナーが2019年7月に発表したCRMの市場規模(2018年の売り上げベース)は1936億ドル(約20兆7152億円)で、2017年から2018年の市場成長率は15.6%と2桁成長となっている。その成長市場で、セールスフォース・ドットコムはシェア19.5%(2018年)と業界トップ企業となっている。

シェア率

出典:ガートナー 図版作成:Business Insider Japan

そのセールスフォースが、千葉県船橋市の保健所とタッグを組んで実現したのが、より迅速なPCR検査を実現する、保健所向けの「業務支援クラウドパッケージ」だ。

しかも、その導入を検討し始めてから実際に稼働されるまでに要した時間はわずか1カ月だという。短期間で実現に漕ぎ着けられた背景とは?

対策の鍵となるPCR検査、その重要拠点となる保健所

新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言以降、日本は依然として毎日3桁の感染者が確認される状況が続いており、4月22日12時時点の段階で確認された累計感染者数は1万1350人、重症者241人、死者277人となっている(いずれも厚生労働省の発表ベース)。

そうした状況の中で、各地方自治体に設置されている保健所は、日本での疫病対策で大きな役割を果たしている。

保健所はPCR検査や積極的疫学調査など、感染症対策を行う上での拠点として機能しており、「帰国者・接触者相談センター」などの相談窓口を用意し、クリニックや患者などの相談を受けて、必要があれば拠点病院などで検査する仕組みになっている。特に4月に入ってから日本でも患者が急増したことを受けて、「帰国者・接触者相談センター」などにも相談の件数が増加しており、電話がつながりにくいなどと報道が相次いでいる。

紙ベースの3つの課題「記入の手間」「聞き取り漏れ」「集計の手間」

小暮剛史氏

セールスフォース・ドットコム日本法人の執行役員 エンタープライズ公共・金融営業統括本部 公共営業部長 小暮剛史氏。

出典:セールスフォース

セールスフォース日本法人の公共営業部長 小暮剛史氏は、同社のシステムを導入する前に、船橋市の保健所には「帳簿類の記入・転記に手間がかかる、手作業のため相談業務に漏れが発生する、状況を市や県などに逐次報告する為の集計に時間がかかっていたという3つの課題があった」と述べる。

船橋市でも1日に数百件に上る問い合わせがあり、それが時間を問わずに発生している状況だという。従来はそれらを紙ベースで処理していたため、問い合わせに対して帳簿類への記入、さらにはその情報を別の集計用紙などに転記したりという業務が発生していた。

課題のスライド

保健所が抱えていた課題。

出典:セールスフォース

また、その問い合わせを受けて市民に対してヒアリングをするが、必要事項を聞き忘れるなど、どうしても人的ミスが発生してしまう。そうなると、もう1度電話が必要になるなどムダが発生するため、業務効率が下がる。

また、保健所の通常の職員だけでは対応しきれないため、他の庁舎などに応援を頼む場合などもあり、どうしても慣れない人が携わるため、ミスやムダが発生しやすいという事情もあったという。

さらに、そうした日々の業務をやりながら、市や県への報告書なども作らないといけない。市や県ではそうした件数などを国に報告する必要があるからだが、紙ベースだとどうしても集計に時間がかかり手間もかかってしまう。

実際、厚生労働省もPCR検査確定者数は、後日訂正されることが少なくない。それも地方自治体から後から訂正が入るためだが、その裏には大小の差はあれ、こうした紙ベースで処理を行なっているからだと容易に想像できる。

業務支援クラウドパッケージ

保健所向けの「業務支援クラウドパッケージ」。

出典:セールスフォース

今回セールスフォースが導入したのは、クラウドベースで相談記録、調査票作成、PCR検査とのその結果、集計/分析などをダッシュボードから業務を実行できるシステムだ。これまで紙ベースで行なっていた相談記録や調査票の作成、PCR検査で陽性、陰性などの結果などの整理などを全てクラウドベースで完結する仕組みだという。

保健所が取り入れた「アジャイル導入」の手法

小暮氏によると、船橋市の保健所からセールスフォース側に相談があり、それを受けて社員を派遣し、業務をデジタルトランスフォーメーション(DX)するのに必要な要素の聞き取りから始めた。

それが3月上旬で、いくつかフェーズを切って、まず動かせるモノから動かし初めて、3月末のリリースにつなげていった。現在も開発は続いており、使えるようになったものから順次導入しているという。

つまり、これまでの官庁のシステムのように「完全にできあがったシステムを導入する」のでは無く、「できたものからどんどん導入する」といういわゆる「アジャイル」的な手法で取り組んでいるということだ。危機時の対応としてはとてもまっとうな対応と言えるだろう。

紙を読みながらPCを操作する女性

従来の紙ベースの作業がミスやムダを生んでいた(写真はイメージです)。

写真:shutterstock/fizkes

これまで紙ベースでやってきたものを、デジタルに置き換えて、職員の教育などは別途必要では無かったのかと心配になるが、小暮氏によると「保健所では既に別のITシステムが動いており、既にITに関するリテラシーを持っており問題はなかったと認識している」そうだ。既に職員がPCなどに慣れ親しんでいたため特に大きな問題にはならなかったということだ。

なお、PCR検査の結果などのセンシティブなデータの管理はどうなっているのかが気になるところだが、保健所の職員は業務PCから、LGWAN(Local Government Wide Area Network、総合行政ネットワーク)経由でセールスフォースのクラウドシステムに、セキュリティーが確保されたネットワーク経由で接続するなどしてデータ管理に細心の注意が払われているという。

また、セールスフォースのクラウドを活用していても、データの管理権は保健所側が持っている。そのため、仮に将来他のクラウドへ移行したとしても、データはそちらへ移管し、セールスフォース側には何も残らない契約だ。

他の地方自治体の保健所にも提供開始

横展開

船橋市のシステムを元に横展開していく。

出典:セールスフォース

小暮氏によると、今後船橋市のシステムをベースにし、他の保健所に対しても提供していく方針だ。セールスフォースが2020年9月まで無償で利用できるライセンスを提供し、システム構築などに関しては同社のパートナー企業(システムインテグレーター)が提供する計画だという。

「発表して1週間なので具体的に決まった案件などはないが、問い合わせはいただいている」(小暮氏)とのことで、今後話が具体化すれば、他の保健所に対しても横展開ができるようにする計画だ。興味がある保健所は同社のウェブサイトから問い合わせ可能だ。

問い合わせ画面

保健所からの問い合わせ画面。

出典:セールスフォース

今回の新型コロナウイルスの疫病対策では、PCR検査などによる感染状況を把握することは迅速な対応を行なっていく上で重要だ。

とりわけ、保健所の業務効率化は、4月22日の専門家会議でも指摘された重要な課題だった。

効率化をどのように実行するかは国の専門家会議などの方針次第だが、保健所のデジタルトランスフォーメーション(DX)で効率化が進めば、職員などの人的資源を他に割り振るなども可能になると考えられる。

ぜひともほかの保健所でも活用され、より効率の良い検査態勢の確立などが実現してほしい。

(文・笠原一輝)


笠原一輝:フリーランスのテクニカルライター。CPU、GPU、SoCなどのコンピューティング系の半導体を取材して世界を回っている。PCやスマートフォン、ADAS/自動運転などの半導体を利用したアプリケーションもプラットフォームの観点から見た記事を執筆することが多い。

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