アメリカ最大の石油ハブ(拠点)として知られるオクラホマ州クッシングの衛星画像。
Business Insider via Google Maps
- 世界は誰もほしがらない石油であふれ返っている。史上初めて原油先物価格がマイナスに落ち込み(その後下落前の水準まで回復)、世界中の貯蔵タンクが満杯寸前だからだ。
- 生産国からの供給が減らず、価格が下落して在庫が増える場合に備えて、世界にはどのくらいの原油貯蔵能力があるのか、正確に把握しておくことにはそれなりの価値がある。
- アルファベット(グーグルの持株会社)傘下のGVやゴールドマン・サックスが出資するオービタル・インサイトは、特殊な手法で原油在庫を計算するスタートアップだ。
- 同社が割り出した原油在庫は世界で最も広い範囲をカバーしており、それによると、過去1カ月で在庫は1億4000万バレルにふくれ上がった。
アメリカ最大の石油ハブとして知られるオクラホマ州クッシング(上写真)の上空を太陽が横切るとき、その小さな街を取り囲むように配置されたいくつもの原油タンクに日差しが降り注ぎ、影をつくり出す。
あなたが何か知りたいことがあるなら、その影がいろんなことを教えてくれる。例えば、原油タンクのサイズ、あるいはそのタンクの満タン度合い。そして実は、その2つの数字さえわかれば、タンクに入っている原油の量を正確に計算できることはあまり知られていない。
その情報には価値がある。なぜなら、原油には価値があるから。
トレーダーやアナリスト、エネルギー企業は、貯蔵タンクにどのくらい原油が入っているか把握するためなら、どんな苦労も惜しまない。在庫量は、サプライサイド(供給側)が原油の将来コストを判断する上で考慮する大事な要素のひとつだからだ。
そして、もしあなたが原油の量を把握できる貯蔵タンクの数をもっと増やして、世界に約2万7000基あるとされるフローティングルーフ(浮き屋根式)タンクのすべてについて、誰かが知りたいときに即座にその中の量を教えてあげられるようになったとしたら、その情報の価値は格段に、格段に高まる ——。
オービタル・インサイトが原油在庫を計算する際に活用している衛星画像。
Orbital Insights
上で紹介したストーリーは単なる例え話ではない。シリコンバレーのベンチャー企業オービタル・インサイトが展開するビジネスモデルそのものだ。同社は、人工衛星や匿名化された携帯電話の位置情報など、リモートセンシングツールから収集したデータやその分析結果を有償提供している。
2013年に設立されたオービタル・インサイトは、影だけではなく、タンクに反射するレーダー波も活用して、世界の原油在庫をトラッキングしている。
大手石油会社やアナリストはもちろんのこと、アルファベット傘下のGV(旧グーグル・ベンチャーズ)やゴールドマン・サックス、セコイア・キャピタル、シェブロンといった企業も注目しており、4社による総投資額は1億2500万ドル(約135億円)を超える。
宇宙からの画像
地球を周回する人工衛星は2000機以上、通信から気象パターンまであらゆる情報を収集・発信している。オービタル・インサイトはそのうち200機以上(同社ウェブサイトによる)から、高解像度の画像やレーダー波による監視データを取得している。
オービタル・インサイトの最高経営責任者(CEO)で、元グーグルのエンジニアリングディレクターのジェームズ・クロフォードによると、原油在庫のトラッキングを始める上で最初の難関は、世界に存在するすべての貯蔵タンクをマッピングすることだったという。
問題を解決したのは、いわゆる「コンピュータービジョン」だ。まず、宇宙から見た貯蔵タンクがどんな姿をしているか、複数の画像を入力してコンピューターに理解させる。そのうちコンピューターは自身で(タンクの)画像を判別できるようになる。フェイスブックで投稿した画像から友だちの顔が自動検出されるのと同じ仕組みだ。
このプロセスを通じて、同社は世界のありとあらゆる浮き屋根式タンク、とまではいかないもののそのほとんどを捕捉することに成功した。ちなみに、「浮き屋根式」という名前は、放出物や爆発性ガスの増加を防ぐため原油の上にフタが載せられていることに由来する。
レーダー波の活用
オービタル・インサイトはこうした衛星画像に写る「影」から貯蔵タンク内の満タン度合いを計算する。
Orbital Insights
次のハードルは、それぞれのタンクに貯蔵されている原油量の計算だった。
同社はまず、コンピュータービジョンをよりいっそう活用して、膨大な計算によって「2つの」影の測定を進めた。1つはタンクの外に伸びる影で、サイズを計算する根拠となる。もう1つはタンクのへり(外縁部)によって生まれる影で、それを測定することで浮き屋根がどのくらい下がっているか、つまりタンクに入っている原油の満タン度合いがわかる。
満タン度合いの把握には、人工衛星から放射するレーダー波による測定も併用する。レーダーから放たれる電波は雲を貫通するため、雲の有無に関係なく観測データを得られる利点がある。クロフォードCEOは次のように説明する。
「私たちは2つのパルスを受信します。1つはタンクのへりからの反射波、もう1つは浮き屋根からの反射波。この2つの反射波の差分によって、満タン度合いを知ることができるわけです」
オービタル・インサイトは全世界の原油在庫を調べるのに、毎年3億平方キロメートル分の画像分析を行っているという。
原油在庫はここ1カ月で「クレイジーな増加」
オービタル・インサイトのクロフォードCEOは昨今の在庫増を率直に「クレイジー」と表現する。
Orbital Insights
原油需要は2月に急落して回復の兆しが見えない。新型コロナウイルスの感染拡大防止策として外出自粛令が発出され、世界の石油系燃料のほとんどを消費する輸送分野は大きなダメージを受けた。
ノルウェーのエネルギーコンサル企業リスタッド・エナジーによれば、2020年4月の世界の原油需要は前年同月比で30%近く減少する見通しだ。
石油輸出国機構(OPEC)加盟国と非加盟の主要産油国で構成する「OPECプラス」は4月前半に日量970万バレルの減産という歴史的な合意を成立させたが、アナリストたちは「あまりに少なく、あまりに遅い」と批判している。
ゴールドマン・サックスは最近のレポート(4月20日)で、「新型コロナの影響で失われた4〜5月分の需要は平均日量1900万バレル。それを相殺するには、各国がもっと積極的な減産に動く必要がある」と記している。
石油輸出国機構(OPEC)など産油国の「歴史的」減産合意も、不十分で手遅れとの指摘。写真はサウジアラムコの石油積み出し港、ラスタヌラの衛星画像。
Orbital Insights
オービタル・インサイトの提供するデータベースによると、世界の原油在庫は2019年との比較で2億バレル増えている。しかも、その大半にあたる1億4000万バレルは直近30日間で蓄積されたもので、とくに中国とOPEC加盟国での増加が著しい。
CNNビジネスのローラ・ホーは、中国の在庫増について、油価が安い時期に原油備蓄を増やす戦略の一環で、好機をつかんだ形だと報じている。
一方、OPEC加盟国の在庫増については、すでにBusiness Insiderが報じているように、原油需要の急減にもかかわらず増産を続け、過剰供給が起きた結果だ。
「中国とOPECの思惑によって、世界の原油在庫はかつてない数量に達しようとしている。この増え方は……クレイジーと言うしかない」(クロフォードCEO)
リスタッド・エナジーもレポートで警鐘を鳴らす。
「4月の在庫増によって、世界の原油貯蔵能力は残り3分の1まで減る。つまり、計算上は2億バレルしか余力がない。現在のペースで在庫が積み上がると、あと2カ月で原油がタンクからあふれ出すことになる」
原油の先物価格(5月物)は史上初めてマイナスを記録。その後、産油国の減産への期待からプラス圏まで回復したものの、貯蔵能力の限界が近づくなかで、今後価格がどう動くかは不透明だ。
生産者が費用を支払って原油を引き取ってもらう日も現実味を帯びてきている。
(翻訳・編集:川村力)