オンライン請求書受け取りサービス「Bill One」公式サイト。5月11日のサービスインに向け、公式サイトもオープンしている。
撮影:伊藤有
名刺アプリ大手のSansanは4月24日、あらゆる請求書をオンラインで受け取れる新サービス「Bill One」(ビル・ワン)の提供を始める。
紙の名刺のデジタルデータ化と、そのビジネス活用で市場をつくってきたノウハウを生かし、請求書をデータ化し、一元管理するものだ。5月11日のサービスインを目指している。
新型コロナウイルス流行を背景とした、急激なテレワーク推進の流れのなかで、「物理的な請求書」をどう処理していくのかは、現在進行形の社会課題の1つだ。
なぜこの時期にサービスインし、どんな機能があるのか。Sansan創業者の寺田親弘社長に聞く。
請求書は、ビジネスを支える究極の「アナ・デジ領域」
Sansan創業者の寺田親弘社長。取材はオンラインミーティング形式で実施した。
オンライン会議のスクリーンキャプチャ
新型コロナウイルスの感染リスク回避のため、オフィスの出社を避ける・極力出社させない、という考え方は日に日に強まっている。
けれども、経理業務や一部の「社内承認の押印」といった企業内の古い慣習が残る業務の担当者は、今も変わらず出社せざるを得ないケースは少なくない。「請求書の受領」もウィズ・コロナの時代に浮上した企業課題だの1つだ。
寺田氏によると、Bill Oneの開発は、1年半ほど前からスタート。世の中に発表できる段階になって、偶然にも世界がコロナショックに入ってしまった。
Bill OneはSansanにとって、寺田氏の肝入りで取り組む社長直轄の新規事業。「(Bill Oneの進捗)打ち合わせは、ほぼ毎日」(寺田氏)というほど自身でもコミットしている。
Bill Oneが請求書をデジタル化する際のサービスイメージは次の通りだ。
Bill Oneのサービスイメージ。請求書送付の主要手段をカバーし、すべてをデータ化したうえでオンライン受取ができる。
Sansan提供
導入企業にとっては、オフィスに出ることなくあらゆる取引先から請求書を受け取れ、「社内の経理担当者の作業フローは何も変わらない」というところが、Bill Oneのポイントといえる。
名刺のデジタル化の領域に続いて、「請求書のデジタル化」に取り組む理由は何か。
鍵になるのは、名刺も請求書もビジネスの根幹を支える「アナログ・デジタル領域」であることだ。
寺田氏は着想の経緯を次のように説明する。
「(不定形な名刺の情報を、精度高くデータ化する)我々のテクノロジーの適用領域はほかにもたくさんあると思ってます。社内ではアナデジ領域と呼んでいます。
請求書はいまだに紙で送られてくることが多く、メール送付だとしてもスキャン文書(画像)でしかないケースが多い。実態は、“ほぼ紙”として処理されている」(寺田氏)
そこにビジネスチャンスがある。
「(例えば)“御社が大手のクラウド事業者に直近でいくら請求されているか知ってますか”と聞かれて、即答できる人はほぼいません。これがアナデジ領域の最たる例です。
請求書を正しくデータ化するプロセスを、意味ある形で提供できれば、(今はまだほぼ存在しない)マーケットが作れるんじゃないか、というのがスタートラインでした」(同)
紙、メール、ファイル。あらゆる請求書をデータで受け取り可能に
Bill Oneの請求書管理画面の1つ。紙の請求書もメール請求書も、すべて統一されたUIのなかで受け取れるようになる(画面は開発中のものです)
Sansan提供
1年半の開発期間で、外部企業とのPoC(概念実証)を経て、まずサービスイン時点では、
「郵送」「専用のメールアドレスへの請求書ファイル添付」「ファイルとしてのアップロード」の3つの受け取り手段を用意する。それらを企業ごとにデータ化して、一元管理する、というものになっている。
Bill Oneの注意点は、既存の「請求書の入力支援サービス」とは機能が違うことだ。
請求書をデータ化し、一元管理できるプラットフォームだが、請求書の仕分けなどは「現時点では行わない」。入力作業は経理担当者が今までどおり行う。ただ「あらゆる請求書をオンラインで受け取れる」に特化したサービスだと考えると分かりやすい。
言ってみれば、現時点では非常にシンプルなサービスだが、「昨今のテレワーク推進の状況を考えれば、それだけでも十分なセリングポイントになるのではないか」(寺田氏)と言う。
現時点で認識率は99.9%をうたうが、その技術には、名刺アプリのSansanで磨いてきた、人力と機械学習を組み合わせたノウハウを使う。
「リリース当初は(請求書の認識は)人間の割合が圧倒的に多い。コストもかかる」(寺田氏)
まずコストをかけてでも人力で精度を担保し、そのうえで機械学習のアルゴリズムを高精度化していき、自動認識でも高い認識精度が出るように、徐々に人力から機械学習へと比率を変えていく。現時点では、人力の比重が大きいが、それは(名刺アプリサービスの)Sansanの立ち上げの頃にもやってきたことだ、と寺田氏は言う。
Bill Oneの請求書データ化通知の画面。こういったメッセージで「請求書が届いた」ことを確認して、社内の経理担当者に渡していくような形になるようだ(画面は開発中のものです)。
Sansan提供
5月のサービスインに先立った4月24日時点の公開情報では、価格体系は「1企業につき月額10万円から」「新型コロナ対策支援のため、契約企業に対しBill Oneを3カ月無償提供」という情報しかない。
関係者によると、月額10万円で一定枚数の請求書に対応、それ以上の枚数は決められた価格帯テーブルに応じて重量課金するというサービスになると見られる。
通期決算は黒字化。Sansanの次の成長の柱になるか
Sansanが4月13日に公表した通期業績見通し。2019年5月期は最終損益は-9億4500万円だったが、上場後初の決算となる2020年5月期は、最終損益でも黒字化を見込む。
Sansan2020年5月期通期業績見通しより
Sansanが4月13日に発表した2020年5月期の通期業績予想では、下方修正後の見通しとして売上高132億2100万円(前年同期比29.5%増)、本業の儲けにあたる営業利益は5億9100万円、また詳細は非公表ながら、純利益は黒字化を見込む。
新型コロナウイルスの景気悪化を背景とした本業の先行きは、「平均解約率の低さ」「年間契約」などを理由に、新型コロナによる大きな影響は想定せずとする。
撮影:伊藤有
とは言うものの、テレワーク前提社会への急激な変化は、「名刺」の位置付けも従来と変わってくる可能性もある。Sansanとしても、6月の前倒し投入に向けて開発を進める「オンライン名刺交換」機能によって新型コロナ対応を進めるが、「コロナショック」がどの程度長期化するのか、オンラインミーティング相手との「新しい連絡先の交換手段」として何が普及するのかは、容易には見通せない。
そうした不透明な競争環境の一方で、日本の遅れたビジネス慣習とも言える「紙として処理される請求書」に切り込む時期としては、今は偶然にも高い需要が期待できるタイミングだ。
Sansanとしては、Bill Oneの立ち上げには大規模なマーケティングは行わないという。名刺アプリSansanを利用する数千社の既存顧客とのコミュニケーションの中でBill Oneを訴求し、市場を開拓していく考えだ。
名刺で成功したビジネスモデルと技術をもとに進める「請求書版Sansan」ともいえるサービス。日本の旧来のビジネス慣習が変わり得る時期だからこそ、気になる動きだ。
(文・伊藤有)