バーニー・サンダース上院議員が残したものは何だったのだろうか?
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新型コロナウイルスの感染爆発で、日本ではほとんど話題にならないうちに、バーニー・サンダース上院議員のアメリカ大統領への挑戦は終わっていた。
バイデン前副大統領が民主党の事実上の指名候補となり、秋の本選挙では現職のトランプ大統領との一騎打ちとなる。
ただ、それでも、サンダースが残したものは多い。サンダースとは何だったのか。改めて考えてみたい。
コロナで突きつけられた重い現実
「アメリカ社会の基盤は破綻している(The Foundations of American Society Are Failing Us)」
サンダースが4月19日にニューヨーク・タイムズに寄せた論考のタイトルだ 。4月8日の撤退以降、サンダースがまとまった文章を著したのはこれが初めてとなる。
論考の概要は、簡単に言えば、「社会システムを再検討し、弱者にも公正な国家を目指すべき」というこれまでの主張通りだ。
2020年、そして4年前の2016年選挙でも同じことをずっと訴え続けてきた。
「アメリカは、世界の歴史の中で最も豊かな国だ。しかし、富は極めて不平等だ。4000万人が貧困にあえぎ、保険に加入していないか、保険が十分でない人は8700万人。ホームレスも50万人」
という冒頭の文章は、いつものサンダースの演説に出てくる数字だ。
しかし、コロナ禍と深刻な不況のいま、「貧困」「ホームレス」「無保険者」という言葉にはかつてない重い現実感がある。
PCR検査や治療のための費用の保険適用については、3月半ばから4月にかけての一連の緊急対策で国が対応する予算を確保した。仮にサンダースの主張してきた「メディケア・フォー・オール(国が運営する国民皆保険)」が導入されていたら、もっと早く対応ができたはずだ。
さらに、最低賃金を時給15ドルに上げるというサンダースの主張は一部の州が導入したが、これがもっと広がっていたら富の偏在は改善されていたかもしれない。
「もし」コロナ禍のピークがずれていたら
アメリカは世界最多の感染者数となっている(マサチューセッツ州、4月10日撮影)。
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アメリカでのコロナ感染は、予備選が始まった2月3日のアイオワ州党員集会、そしてバイデンが一気に逆転した3月3日のスーパーチューズデーの段階では目立っていなかった。しかし、その後、一気に感染は広がり、3月13日にトランプ大統領は国家非常事態宣言を発動。感染状況は3月半ばに「日米逆転」となる。
4月に入ってからは、感染による死者数が全米で1000人以上となる日が続き、4月28日午前0時段階で、感染者は98万8451人、死者は5万6245人となっている(米ジョンズ・ホプキンス大学調べ)。コロナ関連の失業保険申請者数は、5週間で2650万件に達している(4月23日現在)。
今やアメリカは世界最悪の感染状況となっている。
ミシガン州など6州で予備選・党員集会が実施された3月10日の段階で、予備選の結果に応じて配分される代議員数は、全代議員3979人のうち1864人(46.8%)と半分にも到達していなかった。この段階で、メディアの多くは「バイデンが大きく前進」「サンダース崖っぷち」と報じたが、実際に獲得した代議員数はバイデン920人、サンダース氏765とかなりの接戦だった。
ただ、この後で感染が一気に拡大し、3月17日にはオハイオ州知事が裁判所の決定を覆す形で、直前に投票延期を決めるなど、予備選どころではなくなってしまった。
サンダースが4月8日に撤退した段階で代議員数はまだ4割が決まっておらず、その段階での獲得代議員数はバイデン1217人、サンダース914人(撤退の段階では多くを郵送で行った4月7日のウィスコンシン州の結果はまだ出ていなかった)だったことを考えると、大逆転のチャンスがなかったわけではない。
サンダースがバイデンを破るためには選挙集会を繰り返し、支持者を広げていかなければならないが、未曽有の感染拡大の中では、十分な選挙運動は不可能となった。
歴史に「もし」は考えるべきではないかもしれない。それでも、もし感染のピークがずれ、コロナ禍があと2カ月早かったら、サンダースに対する見方も大きく変わっていただろう。
タイミング遅れての高評価
全米の中でも最も感染者数が多いニューヨーク市では、大型展示場を仮設病院に転用している(4月3日撮影)。
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撤退直後の4月8日のニューヨーク・タイムズの論説には、「サンダースは正しかった(Bernie Sanders Was Right)」という文章が寄せられた 。過去形だが、この論説が言いたいことは、現在進行形だ。
「1970年代にアメリカの医療制度の全面的な見直しを提唱したとき、サンダースは最初から正しかった。パンデミックが何百万人もの市民に対し、死に至るまでのストレスを与えている今も、彼は正しいままだ」
とし、さらにこう続けている。
「製薬会社が議会の助けを借りて致死性の疫病から利益を得ているのを見ても驚かない、唯一の政治家であることが、彼の今の姿だ」
さらに、
「サンダースがアメリカの貧困層、病人、市民権を奪われた人々の悲惨な生活に執拗に焦点を当てたことは、おそらく現代の政治的な記憶の中で、最大の賛歌となっている」
「嘘をついたこともない」
と高く評価している。
民主党を分断する世代間格差
サンダースの演説に熱狂するのは若年層が多い(3月6日撮影)。彼が主張する教育費、医療保険、気候変動対策という3つの争点が響いている。
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ではなぜサンダースは負けたのだろう。
それは、サンダースの主張する教育費、医療保険、気候変動対策という3つの大きな争点が、民主党内部を割ることになっていたためだ。
学費をすでに払い終わった層には、サンダースが訴える学生ローンの債務免除は「今後の余計な負担」と見えてしまう。医療保険については国民の9割程度が保有し、年齢が上の民主党支持者の大多数はすでに何らかの保険を持っている。
また、民主党の支持母体である労働組合の中には、充実した保険プランを企業側から勝ち取っているケースも少なくない。製造業が集中するいわゆるラストベルトの各州では、サンダースが環境政策を叫ぶほど、冷めてしまう。
コロナ禍がまだピークでない段階では、この民主党の中の分断が大きかった。一方で、サンダースを熱狂的に支持していたのは若者だった。
若者を動かした落語の名調子
サンダースの集会。参加者の多くが若者だ(3月7日撮影)。
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サンダースの選挙集会に何度か立ち寄ったことがある。そこにはいつも似た雰囲気があった。
参加者のほとんどが若く、20歳から30歳の若者だ。顔のあどけなさから推察すると、高校生か中学生もいた。猫背で白髪のサンダースの話を一言も聞き漏らすまいと耳を傾け、一言一言に拍手をし、喝采し、気勢を上げ、時には笑う。
その様子はまるで名人の落語家の名調子に合わせて反応する、寄席の客のようだった。
実際、サンダースの演説は落語に似ている。「枕」でのつかみはいつも似ている。
「私がしたいのは政治的革命だ」「権威主義が世界を席巻している」
意味深な言葉で「この人は何を話すのだろう」とまず、ぐっと引き付けられる。これに続き、
「億万長者が牛耳る世界にうんざりしていないか」
と畳みかける。
これに続く、落語の「本題」は毎回異なる。多くは若者向けに構成されたメッセージで、いずれも若者に切実な話題に切り込むことが多い。
例えば教育費だ。学費の高騰が続き、日本円にすると私立大学で年間600万円、公立大学で300万円という信じられない額になる中、進学をあきらめたり、苦学して卒業しても多額の教育ローンに苦しむケースが急増している。その若者に対して、
「公立大学は無償化する」「教育ローンもただにする」
と驚くような宣言をした。
「既存の発想そのものを変えるのだ」
若年層に多い非正規雇用の場合、医療保険も自己負担となる。
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アメリカには、高齢者向けの「メディケア」、低所得者向けの「メディケイド」という公的医療保険はあるものの、大多数は民間保険に入らなければならない。この民間保険はしっかりした企業に入れば、半額、あるいはそれ以上を企業が負担してくれるが、若者層に多い非正規雇用の場合、自己負担となる。
保険料は保障に合わせてまさにピンキリだが、十分なものを選べば、日本円で1人優に月額10万円を超える。「オバマケア」で既往症のある人も保険加入が認められるようになったほか、国や州からの補助も増えた。その結果、無保険者は10%を割ったが、それでも大変だ。
その若者に、国が運営する国民皆保険である「メディケア・フォー・オール」を語り掛ける。
「うれしいが実現は難しい」「いくらかかるかわからない」と思った参加者に対して、最後の「オチ」は強烈だ。それは新しい生き方の提案にほかならない。
「先進国の中でアメリカだけが国民皆保険でない。世界一の国がなぜできない」「不可能かと思うかもしれない。ただ、既存の発想そのものを変えるのだ」
と逆に問い返す。
「大企業や富裕者からの税金を増やす」「政府の救済で焼け太りした金融機関を分割」などの実際にはかなり難しそうな案も、その場の雰囲気で「ありえるかも」と思わせてしまう。
大きな拍手で集会は終わる。シンプルで曲げない。分かりやすい。妥協をしない。
コロナ禍後の明るい兆しとは
サンダース(右)の意思や政策は、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(左)らリベラル派が受け継いでいくとみられている。
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サンダースの主張は、切実な危機認識に裏付けられている。
移民して大変な仕事を経ながら、数世代かかり、子どもには自分よりも高い教育を受けさせ、一つ一つ経済的な階段を上がっていくのが、これまでの「アメリカンドリーム」だった。しかし、教育費用が高くなることで、可動性が低くなり、この「夢」が壊れていく。
その「夢」を立て直す必要性をサンダースは主張した。
若者にとって、サンダースは希望の象徴であり、熱烈な運動を生んでいった。
サンダース支持運動は、2008年のオバマの選挙運動に近いものがある。ヒラリーも、バイデンも、熱烈な「運動」を起こすことはできなかった。方向性は大きく異なるが、トランプの2016年の選挙運動も白人ブルーカラー層の息苦しさに支持された「運動」だった。
いずれにしろ、サンダースの2度の大統領選挙への挑戦は、アメリカ史で語り継がれるものだ。
サンダースにとっては、党大会で採択する今後4年間の民主党の党綱領などに自分の主張を含めるように働きかける一方で、撤退を決め、バイデンに託すしか方法はなかったといえる。
その意思や各種政策は、2016年にはサンダースの支援運動に尽力した、リベラル派のオカシオ=コルテス下院議員らが受け継いでいくのだろう。
冒頭のサンダースの寄稿は、次の一文で締めくくられている。
「私たちが経験している恐ろしいパンデミックと経済崩壊に明るい兆しがあるとすれば、今、アメリカの根底にある基本的な考えを見直し始めているということだ」
「コロナ後の世界」にサンダース的価値観はどのように広がっていくだろうか。(敬称略)
前嶋和弘(まえしま かずひろ):上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『アメリカ政治とメディア』『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』『現代アメリカ政治とメディア』など。