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ものづくりが変化を迫られている。社会の環境が大きく変わり、「機能偏重」のアプローチでは消費者の心に響かなくなっているのだ。大企業もその潮流を察知して新たな取り組みを始めている。パナソニックの「Game Changer Catapult」(ゲーム・チェンジャー・カタパルト、以下カタパルト) 代表の深田昌則氏と、その活動をデザイン面からサポートするIDL(INFOBAHN DESIGN LAB.)の井登友一氏に、これからのものづくりについて聞いた。
「生活の不便を解消する」方法が多様化
深田昌則さん。パナソニック アプライアンス社 ゲームチェンジャー・カタパルト代表。1989年松下電器産業入社後、米国松下電器およびカナダ松下電器に赴任。帰国後、AV機器国際営業担当後、海外宣伝課長を担当、LUMIX等の全世界市場導入、ハリウッド映画連携等による全世界販促を手がけた。オリンピックプロジェクト実務責任者。2010年よりパナソニックカナダ。2015年よりアプライアンス社海外マーケティング本部新規事業開発室長、2016年にデジタル変革時代の社内アクセラレーター「ゲームチェンジャー・カタパルト」を創設し現職。2018年、パナソニックが米VCスクラムベンチャーズと合弁事業支援会社「株式会社BeeEdge」を設立、取締役を兼務。神戸大学大学院経営学研究科卒(MBA)。
提供:Game Changer Catapult
—— カタパルトは、パナソニック社内のイノベーションアクセラレーターとして立ち上がりました。設立にはどのような背景があったのでしょうか。
深田昌則さん(以下、深田):2015年に、10年後のアプライアンス事業について社内で議論する機会がありました。それまで家電業界は、ハードウェアを中心に価値提供してきました。しかしGAFAなどのプラットフォーマーが出てきて、ハードウェアを介さなくても生活の困りごとを解決できる部分も増えてきた。そのような社会の変化に対して、大企業である我々は敏感に反応できていなかった。その反省から、翌16年に出島的な活動として立ち上げたのがカタパルトです。コンセプトは、プラットフォームとしての「カデン」を生み出すこと。いわゆる「モノからコトへ」「所有から経験へ」という潮流の中で新しい価値提供を目指しています。
井登友一さん(以下、井登):ハードウェア偏重は、機能偏重と言い換えていいかもしれません。かつての日本には洗濯機も冷蔵庫もなく、家事が大変でした。そこに「機能」を提供して生活者を解放したのが、パナソニックさんなどの家電メーカーです。しかし、家電がどんどん便利に、低コストに、高機能多機能になった結果、「機能」が飽和状態になってしまった。今は機能だけではない気持ちよさ、エクスペリエンスを求められる時代です。その変化をビビッドに感じて誕生したのが、ゲームチェンジャー・カタパルトという組織だと解釈しています。
深田:我々は、解消されるべき生活の不便がなくなったとは考えていないんです。ただ、インターネットが登場して、物理的機能の提供だけが生活の不便さを解消する唯一の方法ではなくなりました。データを使ったりつながることで、生活を豊かにする方法がさらに広がっていると思います。
最初は「意味」が曖昧でもいい
井登友一さん。インフォバーン取締役 京都支社長 INFOBAHN DESIGN LAB.(IDL)管掌。 デザインコンサルティング企業においてエクスペリエンスデザインの専門事業立ち上げに参画後、2011年に株式会社インフォバーン入社。京都支社を設立後、デザインイノベーション事業に特化した組織であるINFONAHN DESIGN LAB.(IDL)を設立。現在管掌を務める。特定非営利活動法人人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事 、京都女子大学 家政学部 生活造形学研究科 非常勤講師、同志社女子大学 学芸学部 メディア創造学部 嘱託講師。
—— すでにカタパルトからさまざまな企画が商品化されています。
深田:私たちは社員の内発的動機を開発のベースにしています。そこに、人々から共感を得ること、社会課題解決型であることが加わって商品になる。その意味で面白いのは、嚥下の問題を抱えた方のために、食べ物をそのままの形で柔らかくできる「DeliSofter(デリソフター)」です。
「DeliSofter」は、嚥下の問題で困っている家族がいる社員の発案で生まれました。面白そうだからと予算をつけてスタートさせたら、摂食や嚥下を研究している先生や現場の方たちが次々と応援してくれるように。
「今まで栄養のためにペースト状のものを食べていたが、これで家族と同じ食事ができる。生きる望みが湧いてきた」
という声もいただいて、それをビデオに撮って経営幹部にプレゼンしたら、「(売上規模は)まだわからないが、とにかくやろう」と言われましたね。
従来の家電の商品開発は、会議室で「マーケット規模は何万人で、単価がこう……」と数字で判断される部分がありました。しかし、「生きる望みが湧いた」と涙を浮かべる利用者の表情を見たら、従来の家電の商品開発のプロセスが見落としていた視点に気付いた。「意味」がガラリと変わってしまったんです。
—— ここで言う「意味」とはどういうことを指すのでしょうか。
井登:人が、商品を使うための新しい理由を提案するということです。「どのように」使うかではなくて、「なぜ」使うのかを追求する。それが新しい価値を生むことにつながると思います。
商品の持つ「意味」は、必ずしも最初から明確になっているわけではありません。企画者も最初は「なんとなく」が多いはずです。でも熱意を持って、お客様や現場にぶつけていく過程で価値と文脈が深く探索されて、意味がくっきり浮かび上がっていくんですよね。
カタパルトが開発した現代版ジュークボックスの「Howling Box」。
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例えば現代版ジュークボックスの「Howling Box(ハウリング・ボックス)」がそうです。最初は「音楽で人をつなぐ」というコンセプトがあるだけ。SNS時代ではむしろ当たり前の発想で、正直、落とし込みが足りないと感じました。そこで一人の音楽好きとして、「昔は音楽があるだけで恋が生まれたし、狂乱したようにフェスに人が集まって社会を変えた」という視点を提供したところ、開発チームは音楽が流れる「場所」に注目して、フィールドリサーチを繰り返しました。最終的にたどり着いたのはランタン型のデバイス。リアルの酒場に置くことで、「音楽で人をつなぐ」ことの意味がより鮮明になっています。
“狂乱”のタネは日常の中に潜んでいる
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深田:今、話に出てきた「狂乱」というワードは、とても大事です。どんな技術革新や商品企画も、結局は狂乱がないとイノベーションになりません。音楽で恋をするのも狂乱だし、家族と一緒の食事を諦めていた人が「生きる希望が」というのも狂乱。狂乱をいかに発見するかが、新しいものを生み出すときの第一歩です。
狂乱を発見するには、やはり会議室であれこれ言うのではなく、自ら狂乱のイノベーションの現場に足を運ぶべきでしょう。例えばSXSWなんて、狂乱のるつぼ。2年間出展していますが、いつも言葉にできない刺激を受けて帰ってきます。
井登:必要に迫られて合理的に動いている場では、狂乱につながるような熱量は生まれにくいでしょうね。ブライアン・イーノは「アートや文化は危険な体験をする安全な場所」と言いました。イノベーションを起こす人は、もっとそういう危うい場所に足を踏み入れたほうがいい。一方、さきほど事例として出てきた「DeliSofter」が着目した嚥下障害に対するチャレンジの例のように、日常の中にも狂乱はあります。日々の暮らしで狂乱の火種を見つけて、それを自分たちなりに解釈して世の中に提言していくという意識も大切です。
深田:狂乱を見つけられない人は、どうすれば見つけられるようになると思いますか?
井登:選択肢は3つあります。まずは「諦める」(笑)。それから「見つからなかったこと自体を自分の発見にすること」。つまり、なぜ何も見つからなかったのかを考えて、次に活かします。そして最後が「センスを磨く」。これは言うのは簡単で、実際は難しいですが……。
深田:センスは批判によって磨かれる面があるんじゃないですか。最近はみんな「褒めろ」ばかりで、組織の中では批判される機会がほとんどありません。それだと視野が狭くなってしまう。
井登:日本は正解を求め、失敗が許されないカルチャーが強くて、ついつい建設的な批判ではなく、「否定」が前に出てしてしまう。本来、「批判」とは新たな視点を与えたり、意味を深く考え抜くためのクリエイティブなものであるはずなんです。そういう「良い批判」であれば、本当はそこから議論が広がるはずなんですが……。
深田:ハードウェアの会社は金型に投資すると後戻りできないので、とくに失敗を恐れる傾向が強いかもしれません。最近、デザイン思考がブームになっていますよね。あれも一種の型になっていて、「デザイン思考なら、失敗しないイノベーションができる」と勘違いしている人までいる。
井登:デザイン思考は、問題を見出して解決しようとする創造的な営みです。しかし、たしかに最近は方法論だけが一人歩きしている印象があります。デザイン人材は、ThinkerであるだけでなくDoerでもあるべき。「ポストイット貼ってビジョンまとめました」ではなく、製品やサービス、事業を実際にアップデートしていくことが求められています。その過程で開発現場と議論をして、ときには失敗を恐れずに進んでいくことができれば、さらにイノベーションを起こせるのではないでしょうか。