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オンライン授業で学費は返還されるべきか。学生が署名運動に動いたICUで起きたこととは?

ICU

東京都三鷹市にある国際基督教大学。

撮影:臼井拓水

新型コロナウイルスの影響で、大学での授業のオンライン化が進んでいる。

東京大学では4月からの講義についてオンライン化の方針を3月31日に発表したが、国際基督教大学(ICU)は3月中旬にいち早くオンライン化を決定。

Wi-Fi環境が整っていない学生に対しては、無償でモバイルルーターを提供するなど柔軟な姿勢を示している。

一方で、学生の間からは「支払った学費に対して対等な授業を受ける権利がある」などとして、学費の一部返還を求める署名活動が起きたが、4月21日には学長名で「学費の返還はしない」とするメールが学生に送信された。

アルバイトができなくなり学費や生活費の支払いにも困る学生たちも増えている中で、施設を使わないオンライン授業では一部学費を返還してほしい、という声は他の大学でも起きている。

ICUではなぜ学生たちの要求は認められなかったのか。ICUの学生でもある筆者が、取材した。

ICU

雨上がりのICU本館。自然豊かなキャンパスが特徴的。

ICU学生提供

早かったオンライン対応

ICUパブリックリレーション・オフィス(広報担当)によると、2020年4月のICUの学生数は3190人(大学院生を含む)。 同大では3月12日の大学幹部会で、4月からの新学期からオンライン授業への切り替えを決定。オンラインでの授業が難しい実験などの科目は、夏休み以降に延期し、体育の実技科目は原則キャンセルになった。

オンライン化への切り替えがスムーズに決まった背景には、以前から一部授業にオンラインを取り入れてきたことがある。

同大では2018年、東京外国語大学と協働で、アメリカの大学とオンライン上で双方向の教育を行う取り組みを推進してきた。

「現在の状況がすぐには改善されないことも視野に入れ、最悪の事態を想定した対応を取ることになりました。

教養学部のみのリベラルアーツ大学であることもあり、教員が日頃から顔をあわせて話ができるという環境も、この決定を後押しした部分はあると思います」(広報担当)

1/3が「ネット環境整備に出費が必要」

shinusuiannek

実際にICUから送られてきたアンケート

出典:ICU公式HP

全面的なオンライン授業への切り替えにあたり、大学では学生に対し、通信環境やPC等の有無を尋ねるアンケートを実施。

アンケートの結果、「環境が整っていない学生数が少数いた」(同大広報)ことから、ポータブルWi-FiやノートPCを貸し出した。

「フォームの入力からWi-Fiルーターの到着まではわずか1週間だった。意思決定と初動は早かった。帰省先の長崎県の実家にWi-Fiがなかったため、すごく助かった」(同大4年の男子学生)

学生が自発的に、学生の通信環境を調べるアンケート調査も行われた。

教養学部の4年生、吉村卓也さん(21)はTwitterで同大の在校生に「インターネット環境の有無」について調査し、227人の学生が回答。

アンケートの結果、約3分の1の学生が「インターネット環境は、出費無しではそろえられない」と答え、通信環境が十分でない学生も少なくなかった。

「ICUの学生は寮生も多い。帰省した場合も含め、どのくらいの生徒がオンライン授業に対応できるのか把握することで、大学の今後のオンライン対応につながればと考えました」(吉村さん)

学費返還の著名運動始める

オンライン署名派

インスタグラム上で実際に拡散されたオンライン署名の呼びかけの一部。

ICU学生提供

ネット環境が整わない学生の支援は早かった同大。4月中旬からは学費の返還などを求める学生の署名活動も始まった。

署名活動は同大女子学生が始め、TwitterなどSNSで拡散された。署名活動に協力した同大3年の三輪彩紀子さん(21)は、「突然の状況変化で、『学費相当分の経費がかかっているの?』っという疑問があり活動に参加した。学生の素直な気持ちを大学に伝えたいと思った」と話す。

署名活動では、3月中旬からキャンパスが閉鎖されたことを受け、春学期(4~6月)の施設費の返還や、オンライン化による学費の返還を訴えている。

「払った金額に対して対等な価値のあるものを受ける権利がある。学生の中にはバイト代で自ら学費を払っていたり、そもそも家庭が経済的に困窮したりする中で、さらに追い込まれている人もいるはず。こうした人がいることを忘れたくありません」(オンライン署名への参加を呼びかけたSNSより)

一方で学生の間からは、学費などの返還について、「施設は使わなくても維持費がかかる」「大学は無償でWi-Fi貸与しており、教育機会の均等を補償してくれている」と慎重な意見もあり、TwitterやInstagram上では賛否両論が飛び交った。

学長が即座に対応

ICUmail

学長名で学生宛てに送られたメール。学費や施設費について説明されている。

パソコン画面を撮影

こうした意見に対する大学側の反応も早かった。

4月21日、大学側は岩切正一郎学長名で学生にメールを送信した。

「施設費にたいする正当性への疑問が学生の皆さんの間に生じていることを、大学行政部も認識しています」

と述べた上で、施設費については

「大学の運営に必要な施設の取得・維持費および物件費の支出に充てられている。キャンパスに戻ったときに、これまでと同じように、諸施設の機能を維持すべくご負担をお願いしている」(学生宛てのメールより)

経済的な理由でWi-Fiや機器の環境が整わない学生には物質的な支援をしていることや、オンライン授業のためのシステムについて、教員と学生の有料契約を行っている事を挙げ、以下のように説明した。

「Covid-19のために生じた問題にたいして、ICUは最善の対処を心がけています。施設費はそのための財政的な支えのひとつです。施設費の減額は現在のところ予定していないことをお伝えします」(学生宛てのメールより)

学費の返還には応じず

また学費の返還については、

「オンライン授業はICUが理想とする授業形態でないことは確かですが、現在の状況下で教育を維持するには最善の形態」

と指摘した上で、返還はしないと説明。

「オンラインだからといって、通常の授業よりも低いレベルの授業をするわけではありません。それぞれの先生が、ふだん通り、知的な刺激に満ちた質の高い授業を心がけ、提供しますので、ぜひ皆さんも創造的にそれに応えてください。

コースにおいて展開される高度な学術性は、教室とパソコンの画面上という違いはあっても保証されています」(学生宛てのメールより)

一方で、学費の納入が難しくなった学生に対しては、臨時奨学金の給付を検討していると説明し、今後詳細を発表するとした。

学費の返還を求める学生による署名活動は全国に広がっている。早稲田大や慶応大など都内の私立大学だけでなく、地方の国立大学などでも活動が始まり、 学生団体「高等教育無償化プロジェクト」の発表によると、4月21日時点で50を超える大学で署名運動始が行われているという。

オンラインの長期化に不安も

ICUの桜

毎年入学式の頃に満開となるICUの桜。オンライン授業のため通学できなくなった学生は、今年桜を見ることができなかった。(2018年に撮影)

撮影:臼井拓水

大学の決定について、同大の3年の男子学生はこう話す。

「さまざまな障壁がある中で、教育を止めることなく、どんな形であれ授業をほぼ予定通り行っていることは評価できます。

ただ、大教室の授業はともかく対話を重視するICUの授業は、少人数でのグループワークや教員との距離の近さが特徴。4月からオンライン授業を受けているが、対面での授業とは違って、なかなか対話が難しいと感じています」

いち早くオンライン授業に切り替えたICUでも、今後の教育に不安を感じている学生がいるのが現状だ。

これまで経験のない新型コロナウイルスが流行する中での大学運営だが、大切なのは教育を止めてはいけないということ。今後はオンライン化への対応はもちろん、学生への経済的な支援や、メンタル面でのサポートも必要になってくる。

東京の大学だけでなく、全国の大学、短大や専門学校も同じ問題を抱えている。各校が学生の学ぶ場を守るために行動しなくてはいけないのはもちろん、社会と政治が教育と改めて向き合うことが求められている。

(文・臼井拓水、横山耕太郎)

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